となりのヘイト作家A

トウジョウトシキ

となりのヘイト作家A


「そうだ、有馬は? なんかこっちに戻ってきたってきいたけど」

 気まずそうに友人二人が目を見合わせたので、話題を変えた。

 そのまま居酒屋でハイボールを二杯入れて、唐揚げとシーザーサラダでお腹が膨れた帰り道。いつからテナント募集なのか覚えていない、レトロなスーパー跡前のバス停で、スマートホンの検索ボックスを開いた。


『会いたかった友達が』『同窓会に呼ばれなかった時』『正解』


 入力した文字を、全部消す。どんな結果でもちょっとうんざりしそうな未来が想像できたし、AI先生のご意見も今は聞きたくない感じだ。

 僕、明日葉京太と呼ばれなかった友人、有馬夏の関係はふわっとしている。

 僕らの町はニュータウンという名前の全然ニューじゃないタウンで、どちらかというとランダムに人を集めて作った孤島のような場所だ。

 特に、移動距離の短い子供にとっては完全なクローズドサークルなので、絶妙な連帯感がある。僕も彼も小学校の頃からお互いの存在だけは知っていたと思う。

 僕は本が好きで、近くの図書館の分室に棲みついている妖怪のような子供だった。一方で有馬は友達が多くて、ちょっと女の子にモテる軽い感じのイメージがあって、嫉妬混じりの反感があった。

 最初に話したのは、そう、高校生の頃だった。

 物思いに浸りそうになったところで、バスが最寄りの停留所に着いた。寒い、バスから降りて、コンビニに向かう。コンビニではあるが午後九時閉店なのでコンビニエンスパワーはやや控えめだ。

 欲しい雑誌の最新号が入っているはず、後はヨーグルトとあんパンでいいかな。なんて考えながら自動ドアに向かうと、開いたそこから有馬が出てきた。

「あ、有馬。久しぶり。今ちょうど君のこと考えててさ。今暇? ちょっと飲もうよ」

 見間違いではなかったはずだけれど、黒いフードを被ったその顔はそっぽを向き、街灯の先の闇へと消えていった。


 翌日、仕事帰りに控えめコンビニに寄った。エンジンを消して、有馬こないかな、なんて待ってみた。かなりストーカー指数の高い行動だが、メールアドレスは不通だし、SNSのつながりも途切れて久しいので、これがダメなら突撃しかないのだ。

 寒い中、コートの前を閉めて車内で凍えていると、昔のことを思い出す。

 ファーストコンタクトは十五年前、高校二年生の冬の日だ。

 僕は相変わらず本の虫で、毎週図書館で本を借り、図書館で稼いだバイト代からも本を買う生活をしていた。

 今は廃刊になったけど、当時は小説ヰフという雑誌があり、プロの連載に混じって素人の投稿も掲載していた。当時の僕はその雑誌に書評、今思えば感想もどきみたいなモノを投稿するが生きがいで、紙媒体で買ってコレクションみたいに部屋に並べていた。

 そこに小説で投稿を載せていたのが有馬だ。

 平成レトロを感じで校舎裏に呼び出された僕に、彼はヰフを突きつけてくる。

「明日葉! もっと優しく批判してくれよ!」

「あ、やっぱり有馬君だったんだ」

 なんだか見覚えのある町の高校で起こる殺人事件。なかなか作り込んだ短編小説だったけれど、途中から奇抜が過ぎてなんだか無理のある風刺小説みたいになっていた。それが有馬の投稿作で、次の号で風刺要素が邪魔でしたという僕の書評が掲載された。

 あっちはアリマナツのアナグラムで、なんとなくこれ有馬君なのでは? と思ってたし、こっちは本名なのでノーガードだ。

 でも、本人に言えるなら文字数制限なしってことだ。書評には入りきらなかった感想を赤裸々に伝えると、彼は涙ぐんで座り込んだ。

「お前そこまで言うなら、次から下読みやらせるからな」

「え、そんな役得いいの? やるやる!」

 そんな感じで、僕たちの関係は始まった。文章力をつけるなら本を読むといいし、図書館で働くといろんな本が読めるよ、という僕の悪魔的な誘いで彼も図書館でバイトをはじめて、先日あったのはバイト同期の同窓会で。

 あ、有馬だ。

 昨日と同じくらい、閉店ギリギリの控えめコンビニからフード姿の三十二歳同級生が出てくる。

「有馬ー、久しぶり、ストーカームーブしてごめんね、ちょっと話さない?」

 顔に温いモノがかかる。うわぁ、人の顔に唾を吐くのはさすがにマナー違反だよ。

 そうそう、あの真冬の日の、第三種接近遭遇のとき、この人意外とガラスのハートだなって思ったんだった。


 翌日、有馬の家に行くことにした。

 有馬家はこのニュータウンが未開発惑星だったころからの家で、和風な感じの一軒家だ。両親は無くなっていて空き家になっていたけれど、今は人の気配がある。

 夜八時。ブラックジャックにつかえそうな缶飲料入りのエコバッグを持って門の前に立つ。

 僕の犯罪指数は今や限界突破。多分通報されたらめでたく初犯のトロフィーが手に入る状況だ。

 でも戻ってきた、という噂から過去住んでいた家にいるのかなって思ったし、友達だから遊びに来たんです。理論武装よし。

 有馬の生活習慣がわからないが、午後九時のコンビニに二日連続で来たことを考えると夜は家にいる可能性が高い。初歩的な推理だよ、アリマソンくん。

 高校時代、何度も夜を徹して原稿を読む内に見えてきた彼の作風は、湖の上に張られたガラスのような物語だった。

 一つ一つの言葉が見えない傷を感じさせた。やがて偽物の氷が砕けると知っていてもスケートをやめない子供たちのような、優しくて悲しい線がとおっていた。

 印象的なエピソードを何度か思い返して、勢いでドアホンを押す。本当に押したのか僕。よくやったぞ。

 覚悟よし。退路なし。我が人生がここで社会的ゲームオーバーを迎えようと、友の顔をいま一度拝まん。

「入れよ」

 あっさり有馬本人が出てきて、招き入れてくれた。

「お邪魔します。お酒とおつまみ買ってきたけど、有馬飲める人?」

「いらない。もう飲んでる」

「そのようだ」

 有馬は酒臭くて、家の中はゴミだらけで暗かった。

「電気つけないの?」

「切れてる」

「LED照明が、全部?」

「何しに来たんだ」

 大変不健康な生活をしていることが一目瞭然なソファに座って、大変不健康なアイテムの煙をふかす友人。

「実はさぁ、この前図書館バイトの同窓会があって、鈴木のヤツ声かけなかったでしょ? 久しぶりに話したくなっちゃって」

「座れよ」

「先にこのGの死骸拭いていい?」

「ティッシュそこ」

「一枚もらうね」

 生活破綻してるなぁ。僕は有馬の前に座った。

「近況報告から始めるのはどうかな。紳士協定に基づき、こっちから手札カードをフルオープンするけど」

「鈴木からは連絡あった」

「あ、そうだったんだ」

 すまぬ鈴木、いらぬ疑いをかけてしまった。

「いけるワケねえだろ」

「来ればよかったのに。鈴木も泉もかなり相変わらずだったよ」

「俺が今何してるか知らねえだろ!」

 高校卒業後、有馬は小説家になる夢を叶えて東京に行き、僕は地元の大学に行った。

 十一年後の彼は叫ぶ。

「クソみたいなもん書いてたんだよ! 売れねえから!」

 近所迷惑にならないといいなぁ。隣空き家だっけ。

「学校にいる頃にやっとけよってくらい勉強した。広告と心理学。それでわかったんだよ、適当に失敗したヤツ叩くのが一番宣伝になるし、狭い視野で生きてるヤツほど信者になる、そういうヤツに文章売らなきゃ、生きていけないって、思って」

「うん」

「俺も失敗する側になったから、もう全員敵なんだよ!」

「東京、辛かったね」

「夢みるガキだった頃の仲間に、見せられるもんなんて書いてない」

「知ってるよ、君の書いた文章は全部読んでるからね」

 有馬が顔を押さえた。

「前回のコラムは酷かったね。あんなこと書かれたら遺族が傷つくよ。最後に出した小説もさ、読んであの事件のことだなってすぐわかったよ。君が炎上した後、ネットニュースのコメント欄で有バカって隠語をみたときは感心しちゃった。ナツをカと読むのはなかなかの罵倒力だよね」

「馬鹿にしに来たのかよ!」

「そうだよ。バカだなぁもう。浮気して家追い出されて養育費払ってる鈴木よりバカ。でも、酔っ払って高校生と喧嘩して執行猶予中の泉よりはバカじゃない」

 しゃくり声が聞こえないふりをするのはなかなか難しい。誤魔化すためにビールを開ける、あ、これノンアルコールだ。酔っ払った演技で乗り切ろう。

「やらかしてるなぁ、って思ってたけど。僕はね、君が本当はガラスのハートのチキン野郎だって知ってるから。やらかしてるなぁって思って読んでたよ。大丈夫、人生で一度も失敗しない人間はいない。そこまで沈んだなら、あとはリスポーンするだけだよ」

「京太、大学出て、今何やってんの?」

「少年院の先生みたいな仕事。労働環境はハイパーブラックダークネス。それなのに、君のせいで三日も続けて定時で帰ったから、今月はもう徹夜ラッシュが確定だよ。君のせいで。君のせいでね」

「嫌なヤツ」

「思い出した? 僕は君より嫌なヤツだから、こっちからは友達辞めないからね。おやすみ、明日起きたら風呂入って、掃除しなよ」

 フェイクあくびなどはさみつつ、僕は有馬の家を後にした。

 友よ、僕にできることは多分これだけだ。どこの岸を目指すのかは知らないけれど、冷たいガラスの湖に呑みこまれるなよ。


 二ヶ月後、家に帰ると封書が届いていた。切手はない。ヘイト作家Aより、嫌味な友人Aへ、の文字。中身はSNSのアカウントコードが印刷された名刺一枚。フィッシングの可能性を考えると読み込むのはためらうところだ。

 あんパンをヨーグルトにディップして夕食にしつつ、一緒に控えめコンビニで買ってきた雑誌を開く。特集記事は有馬夏独占インタビュー、炎上作家は、新作に何を語るのか。

『今までと全く違う作風にチャレンジしました。新境地ってヤツですね。今までのファン全員を敵に回しても、返り討ちにするような壮絶な物語を見せつけてやりますよ。たとえ誰にも許されなくても』

「一人でも味方がいる限りは、俺は最高の作品を書き続けるんで、か」

 ガラスのハートのくせにまた挑戦的な言い回ししやがって。まってろ、感想文もどきをDMで送りつけてやる。


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