スプロケット
藤沢ローリング
スプロケット
「はい、チーズ。」
カシャ。
「真紀、どんな感じ?」
俺は彼女のスマホをのぞき込んだ。
「うん、いい感じに撮れてる。」
そこには、大自然を背景に俺と彼女の真紀が笑顔で写っていた。
「うーん。やっぱりここは空気が気持ちいいね。」
ぐーっと伸びしながら彼女が笑う。
「久しぶりの旅行だし、ゆっくり楽しもう。」
俺がそう言うと、彼女はくるっとこちらを向いて、
「うん!!」
とにっこり笑った。
名も知らない丘の上にあるちょっとした駐車場。
俺らはここで休憩を挟んでいた。
「こうやって昌くんと旅行に行くのも久しぶりだね。」
「普段は仕事でなかなか時間取れないからな。」
お互いに顔を見ることなく、どこまでも広がる自然を眺める。
「こうやって楽しい時間だけが続けばいいのに。」
俺がそう呟くと、真紀は俺の顔を見ていた。
「それだったら、お仕事クビになっちゃうでしょ。
たまにあるから喜びも大きいってものよ。」
言い終わって彼女はニコっと笑った。
俺はゆっくりと頷いて、再び前を見た。
そよ風が頬を優しく撫で、鳥のさえずりだけが聞こえる。
「確かにそうかもな。
次に行くならどんなところがいい?」
「富士山でご来光見たい!!」
彼女は間髪入れずに元気よく答えた。
俺はため息をついて、
「嫌だよ。山を登るだけなんて辛いだけだ。
楽しい時間を過ごしたいのに、何でそんなことしないといけないんだ。」
「えー。昌くんとなら楽しいと思うんだけどな。」
頬を膨らませながら、彼女は下を向いていた。
「よし、そろそろ次に向かうか。」
「うん。次の俵町はお蕎麦が有名なんだって。」
あっという間に機嫌を直した彼女を乗せ、俺は車を出した。
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「はい、食べていいよ。」
「え?」
気が付くと目の前にはオムライスがあった。
しかも何故か文字が逆さまだ。
「あれ、俺、今。」
部屋を見渡すと、そこは彼女の部屋だった。
「何今更私の部屋を見ているのよ。
そんなことより食べてみてよ。」
俺は言われるがままオムライスを食べた。
「うん、これ美味しい!!
お店に出せるレベルじゃないか。」
「え!!やった!!」
彼女は小さく拍手しながら、飛び跳ねていた。
「実はこっそり練習してたの。
初めて食べてもらう料理だから、失敗したくなくて。」
その言葉を聞いて、俺の身体が温かさで満ちた。
「うん、最高!!こんな彼女を持って俺は幸せだ。」
この時間がいつまでも続けばいいなと、俺はゆっくりとオムライスを食べた。
「あ、真紀。口にケチャップが。」
「え?いけない。」
「もうおっちょこなんだから。」
俺はティッシュで彼女の頬を触れる。
その瞬間、なぜだか背筋がぞわったとした。
「昌くん、どうかした?」
「ううん。ほら取れたよ。」
「ありがとう。」
ニコっと彼女が笑った。
しかし、俺の胃の中には何かモヤモヤとしたものが残った。
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「お誕生日おめでとう!!」
「え?え?」
俺の周りには10人くらいの人が集まっていた。
ここは、どこかの居酒屋の個室のようだった。
「サプライズ大成功!!
ほら、主役が何ぼーっとしているのさ。」
右に座っていた友達の澤部がジョッキを俺に渡す。
「俺の誕生日なの?」
「何言ってんだよ。もう酔っぱらっているのか?」
「けど、もうやった気が…。」
「そんなわけないだろう。ほら行くぞ乾杯!!」
みんなで輪になってカチンとグラスを合わせた。
「今日の日に合わせるの大変だったんだぞ。」
「そうそう、みんな仕事の中どうにか時間作ってな。」
高校時代の友達がそう語っていた。
見渡すとそこにいる全員が俺がよく知る人たちだった。
「こんなに集まったのも、お前の彼女が頑張ったんだからだぞ。」
「え?真紀いるの?」
よく見ると、彼女はビール瓶片手にお酌をして回っていた。
普段人見知りの彼女が、慣れないことをしていた。
それを見たらじわっと体が痺れ、体が温まった。
「よし、みんな。今日は飲むぞ!!」
「おー!!」
しばらくみんなとお酒を飲んでいると、突然電気が消えた。
「では、ここでサプライズプレゼントです!!」
その声とともに、ロウソクの明かりが入口に灯る。
そこには大きな生クリームのケーキがあった。
「ほら、吹き消して!!」
俺の前までケーキが来ると、誰かが叫んだ。
「いくぞ!!」
俺は大きく息を吸って一気に吐き出した。
ロウソクの火はすべて消え、
「おめでとう!!」
と暗闇の中、拍手と歓声が響いた。
明かりが点くと、正面には真紀が立っていた。
その手にはラッピングされた箱があった。
「昌くん、誕生日おめでとう。」
再び拍手の嵐が沸き起こり、俺はプレゼントを受け取った。
箱を開けると、そこには黒いマフラーが入っていた。
「来週から12月でしょう?
昌くん、まだ買っていないと思って。
私の赤とお揃いなんだよ?」
視線を横に向けながら、たどたどしく彼女は言った。
すると何かが頭を過り、首元に冷たいものを当てられたような気がした。
「う、うん。ありがとう!!
最高のプレゼントだよ。」
彼女は俺を見つめ、パッと笑った。
「今日は人生で最高の日だ!!
みんなありがとう!!」
沸き立つ歓声が起こり、俺はみんなと遅くまで楽しんだ。
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「メリークリスマス!!」
気が付くと俺は外にいた。
賑やかな駅前のイルミネーション。
俺の背後にはクリスマスツリーが輝いていた。
「うん、いい感じに撮れてる。
これはここに入れて…。」
隣では彼女がスマホを何やらポチポチ触っていた。
「お、おい。真紀。」
「あ、ごめん、昌くん。
そろそろ行こうか。」
そう言って彼女は俺の手を握った。
「え、いや。そうじゃなくて。」
彼女が引っ張られて少しよろける。
「今日は私が行きたいって言ってたお店予約してくれたんでしょ?
もうすっごい楽しみ。」
「あ、うん。予約取るの大変だったんだぞ。」
そのキラキラとした瞳の前では、知らないとは言えなかった。
「ほら、こっち。」
俺の手を離した彼女は、赤いマフラーをひらひらさせながら駆けていく。
すると、
ドン。
彼女は忽然と消え、代わりに黒い車がそこにはあった。
その左手の地面には、彼女が倒れていた。
「真紀!!」
俺は慌てて駆け寄ると、車は猛スピードで走り出した。
「おい、真紀。大丈夫か?」
抱き上げた彼女からは返事がない。
額からは一筋の血が流れていた。
「おい、嘘だろ?」
俺は両手を見ると、彼女の血でべっとりと濡れていた。
「そ、そんな。真紀!!おいしっかりしろ!!」
彼女の顔は雪のように白く、眠っているように穏やかだった。
俺は彼女をギュッと胸に抱きかかえた。
「うおぉぉぉ。」
俺の叫び声とともに、涙が止めどなく流れた。
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「はい、チーズ。」
カシャ。
気が付くと、俺は緑豊かな景色に包まれていた。
聞こえるのは鳥のさせずりだけ。
そして横には、彼女がいた。
「うん。いい感じに撮れてる。」
いつの間にかワンピースになっていた彼女は、満足げにスマホを見ていた。
「お、おい。大丈夫、なのか?」
声を震わせながら俺は、彼女に近づいた。
「うん、大丈夫。綺麗に撮れてるよ。」
「真紀!!」
ニコっと笑う彼女に俺は抱き着いた。
「ちょっと、昌くん。どうしたの?」
「よかった、よかった無事で。」
突然泣き出した俺に、彼女は「え?え?」と言うだけだった。
「そう、それは怖い夢だったわね。」
これまでのことを話すと、俺はやっと息ができた。
大自然の空気を肺の奥まで吸い込むと、全身に力がみなぎるようだった。
「お前が事故に遭う訳なんてないよな。」
「そうよ、私はいなくならないから安心して。」
その言葉が、俺の肩の力を抜いてくれた。
「よし、そろそろ行くか。」
「うん。次の俵町はお蕎麦が有名なんだって。」
俺はその聞いたことがある言葉で頭が真っ白になった。
「俵町の蕎麦は去年食べただろう?」
「何言っているの?二人で旅行行くのはこれが初めてでしょ。」
俺の頭の中の何かにヒビが入り、そして割れた気がした。
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「はい、食べていいよ。」
気が付くと、俺は彼女の部屋にいた。
そして、目の前には逆さ文字のオムライスがあった。
「お、おい。真紀。これって。」
スマホを触っていた彼女がこっちを向いた。
「うん、初めて昌くんのために作ったの。」
俺の心臓はドクンと大きく脈打った。
額からは一筋の汗が流れ落ちた。
「そんなことより早く食べてみてよ。」
俺は震える手でオムライスを口に運んだ。
「うん。美味しいよ。とっても。」
俺は味が分からないまま、そう答えた。
「え!!やった!!」
彼女は小さく拍手しながら、飛び跳ねていた。
オムレツの下にあるケチャップライスが見えた。
すると、彼女が血を流して倒れる姿が目に映った。
「そんな。まさか。」
「どうしたの?」
彼女の口に着いたケチャップが、あの日を蘇らせた。
ずっとニコニコしながら食べる彼女に、俺は何も言えなかった。
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「お誕生日おめでとう!!」
俺は居酒屋の個室で祝われていた。
見覚えのあるメンバーが一人も違わず、俺を祝う。
「サプライズ大成功!!
ほら、主役が何ぼーっとしているのさ。」
右に座っていた友達の澤部がジョッキを俺に渡す。
「ありがとう。」
俺は受け取りながらも、俯いた。
「それじゃあ、みんな乾杯!!」
勢いよくぶつかるグラスの音の中で、俺のが一番小さかった。
「何だ?元気ないな?飲んでるか?」
澤部が再び隣にやってきた。
「な、何か胸がいっぱいでさ。
こんな祝ってもらって。」
「そうか、そうか。
これもみんなお前の彼女のおかげだよ。」
遠くでは彼女がたどたどしくお酌をしていた。
見ていると、胸がギュッと締め付けられて、涙が出てきた。
「おいおい、泣き上戸かよ。」
澤部が笑いながら、おしぼりを渡してきた。
そして電気が消えた。
「では、ここでサプライズプレゼントです!!」
その声とともに、ロウソクの明かりが入口に灯る。
そこにあのケーキがあった。
俺は息を吹きかけたが、ロウソクの火はすべて消えなかった。
そして、明かりが点くと目の前に真紀がいた。
「昌くん、誕生日おめでとう。」
俺は彼女からマフラーが入った箱を受け取った。
「あ、ありがとう。」
俺は涙がこぼれ、うまく言うことができなかった。
「何だか今日の昌は泣き虫だな~。」
箱を抱きかかえる俺に、温かい拍手が送られた。
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「メリークリスマス!!」
俺は彼女とクリスマスツリーの前にいた。
彼女は嬉しそうに今撮った写真を見ている。
その見覚えのある光景に、俺は唾をごくりと飲んだ。
間違いない。
あれは今日起こる。
俺は彼女の手を握り、駅へと向かった。
「ちょっと昌くん。レストランこっちじゃないよ。」
「すまん、真紀。予約本当は取れてなかった。
家でご飯食べよう。」
「え~。昌くんの嘘つき。」
頬を膨らます彼女に構わず、俺は改札へと向かう。
ドサッ。
突然右手が軽くなった。
振り向くと彼女が倒れていた。
「おい。真紀!!」
駆け寄って抱きかかえると、腹にナイフが突き刺さっていた。
「ま、さ、くん。」
力なく彼女が俺の名を呼ぶ。
しかし、半分開いた目は俺を見ていない。
「そんな!!何でこうなるんだよ!!」
俺の涙が彼女の頬を何度も伝う。
やがて眼を閉じた彼女は、動かなくなってしまった。
「真紀ーー!!」
俺は大声で泣き叫ぶしかできなかった。
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----------------
・
・
・
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「はい、チーズ。」
カシャ。
俺はまたあの丘の上にいた。
何もない田舎の景色。
鳥の鳴き声がうるさいだけだ。
「ねえ、昌くん。大丈夫?
何かやつれてない?」
のぞき込んだ彼女を見ることができなかった。
「ああ、大丈夫。
今から俵町で蕎麦を食べに行くんだろう?」
「うん!!楽しみ。」
笑顔の彼女を乗せて車を出した。
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俺の目の前にはオムライスがあった。
「はい、食べていいよ。」
彼女が初めての手料理を前に、ニコニコしている。
俺はスプーンを触ることさえしない。
「なあ、真紀。」
「うん、どうしたの?」
「俺たち、別れよう。」
その一言で、彼女から表情が消えた。
「え?何で?私のこと嫌いになったの?」
そして両目から一気に涙が溢れる。
「ああ、もう嫌気がさした。」
抑揚のない俺の返事に、彼女は声を上げて泣き出した。
「どうして、私嫌なところ直すから。
そんなこと言わないでよ。」
ドン!!
俺は机を拳で叩いた。
「もう、こうするしかないんだよ!!
何度お前を救おうとしても死んでしまうんだよ。
もう何十回も試したよ。
けど、無理なんだ。」
「何を言っているの?」
彼女は目を大きくして俺を見ている。
「俺は何度も何度も同じ時間を繰り返してる。
けど、最後にはお前は死ぬんだよ。
もう俺には無理なんだ!!」
俺の固く握った拳からは、血が流れていた。
すると、彼女はゆっくりと立ち上がり俺の側に来た。
そして、そっと俺を抱きしめた。
「分かったよ、昌くん。
私たち別れよう。
何を言っているか分からないけど、私の為ってことは伝わった。
もうこれ以上苦しまなくていいよ。」
俺は彼女に抱かれたまま、いつまでも泣き続けた。
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「はい、チーズ。」
カシャ。
気が付くと、俺はあの夏の丘の上にいた。
それは俺にとって、美しいとは呼べない景色だった。
「何で、また戻るんだよ。」
俺は膝から崩れ落ちてしまった。
「ちょっと昌くん。大丈夫?」
スマホをポケットにしまって彼女が駆け寄って来た。
「ごめん、もう無理かも。」
「分かった。私が運転するからもう帰ろう。」
返事もできないまま、俺は彼女に担がれて車に乗った。
その後、俺はオムライスも誕生日会も、すぐに退席した。
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「メリークリスマス!!」
恨めしく輝くツリーの前にまたやって来た。
彼女のはしゃぐ顔を見ると、胸が締め付けられた。
「今日は私が行きたいって言ってたお店予約してくれたんでしょ?
もうすっごい楽しみ。」
何度も聞いたセリフを言いながら、彼女は走り出した。
俺はもう追いかけることもしなかった。
ドン!!
そして彼女は車に轢かれた。
俺はゆっくりと彼女の元に歩いた。
見下ろすと、力なく彼女は倒れていた。
「何度見ても慣れるものではないな。」
そう呟きながらも、胸は締め付けられるようだった。
「あれ、これって。」
彼女の右手にはスマホが握られていた。
それを手に取ると、そこには先ほどのクリスマスツリー前の写真があった。
「なんだ、このファイル?
『昌くんコレクション』?」
そこには変わった名前のフォルダがあった。
「おい、これって!!」
そこには写真が4つだけあった。
丘、オムライス、誕生日、そしてクリスマスツリー。
俺の手は震えていた。
背中には何かがうごめき、脳まで駆け上った。
そして、ある言葉が頭をよぎった。
『おい、真紀。写真撮ろうぜ。』
「そうだ、この4つだけ俺から撮ろうと言ったやつだ。」
彼女のスマホには何百もの二人の写真があった。
しかし、この4つだけはフォルダに移されていた。
「これはお前にとってそんなに大切なものだったんだな。」
俺はもう乾ききったと思った涙が溢れてきた。
そして膝をつき、彼女を抱きかかえた。
「ごめんな、真紀。たったこれだけしか写真がなくて。
もっともっと写真を一緒に撮りたかったな。
楽しい時間を作りたかったよな。」
涙で濡れた彼女の顔は、とても穏やかに見えた。
それを大事に抱え、俺はいつまでも泣いていた。
そして、俺は次の日を迎えた。
----------------
ザッザッ。
暗闇の中、俺は一人歩いていた。
吐く息は白く、肺が冷たく感じる。
「あ、あと少しだから。」
俺はよろめく足を叩いて、ゆっくりと一歩を重ねる。
頭がくらくらする。
もう体中が軋んで、悲鳴を上げている。
「ここで、引き返すわけにはいかない。」
俺は最後の力を振り絞って、ついに上り切った。
そこは何もない真っ暗な空間だった。
冷たい風が容赦なく俺に襲い掛かる。
「もう、息ができない…。」
俺は俯いて小さく言葉をこぼした。
すると、暗闇の遥か向こうに光が灯った。
それはゆっくりと闇を退け、丸みを帯びていく。
「やったぞ、真紀。」
俺の目は、その光で煌めいた。
「ここに来るまで、何度も失敗したけど。」
それは少しずつ世界を照らしていく。
「やっと見れたよ。」
やがてその光は、日本で一番高い山を温かく包む。
「ほら、新しい一日の始まりだ。」
俺はカメラを取り出し、彼女の笑顔のような太陽とツーショットを撮った。
「確かに、苦しいけど、いいものだな。」
そうして、俺は彼女のフォルダに5枚目を追加した。
「俺はもう、思い出に逃げ込んだりしないから。
そこで笑って見ていて。
また会いに来るから、何度でも。」
煌々と光る朝日は俺を温かく包んだ。
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