軍人さんは引退したい

クルックー

第1話 戦場に現れる男

北の丘陵地帯は、朝霧に包まれていた。

歩兵と騎兵が整然と並び、敵軍は完璧な陣形を形成している。王国軍の前線は緊張に包まれ、幹部たちは互いに視線を交わした。


「このままでは……全滅もあり得る」

副官は淡々と報告する。冷静な声だが、戦況の深刻さを伝えている。


丘の向こうから一人の男が現れた。

鋼のように硬い黒髪。深い青の瞳に宿る冷徹な光。長身で筋肉質、無駄のない佇まい。

身にまとう軍服は簡素だが整然としており、隊列の中でも自然に視線を集める。


彼の名は――アルトゥール・フォン・ヴァルグリム。王国軍最高幹部。戦場に立つ姿は、戦士というより“指揮そのもの”のように見えた。


副官が陣地の最前線を指し示す。


「閣下、敵の加護持ちが突撃の準備を……」


アルトゥールは静かに頷いた。

「任せろ」


霧の向こう、敵陣の加護持ちが未来を読むように身構える。だが、アルトゥールの視線の先で、空気が凍りつく。


地面から水分がゆっくりと集まり、霧が白く結晶化する。

次の瞬間、彼の手のひらから放たれた氷柱が、敵兵の陣列を一閃で突き崩した。


敵兵は訳が分からず、混乱する。加護持ち指揮官は未来視を働かせようとしたが、何が起きるか読めず、陣形は乱れ始めた。


アルトゥールは歩を進める。霧は彼を包み、彼の存在だけが鮮明に浮かんでいる。

氷の柱は次々と敵兵を貫き、陣形を崩す。兵たちは直感的に信頼し、前進する。戦場全体が、彼の存在を中心に回転しているかのようだ。


丘陵地帯は、王国軍の旗で染まった。

敵軍は混乱のまま崩れ去り、加護持ち指揮官は理解できずに立ち尽くす。


部下たちは笑みを浮かべ、互いに目を合わせる。

「やったな、完勝だ!」

「こんなに一気に押し切れるとは」


だがアルトゥールは、微動だにせず戦場を見据えた。

使用した能力の全貌は誰にも知られていない。部下の浮かれた声にも、彼の瞳は冷徹に光る。


戦場の空気が戻る中、アルトゥールは静かに言った。


「戦局は、まだ終わっていない」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る