描く書くしかじか

みそ

描く書くしかじか

私の創作の原点は中二まで遡る。

祖母が亡くなりそのことを作文に書いた。その作文が市の作文コンクールで賞に選ばれて、私は全校生徒の前で表彰された。

皆の前で表彰状とトロフィーを受け取り拍手を浴びながら、私は罪悪感に包まれていた。

それから数日後の昼休み。開けっ放しの教室の出入口から髪をひとつ結びにした女の子が中を覗き込み、誰かを探してキョロキョロしていた。

「神林栞さんいるー?」

隣のクラスにまで聞こえるくらいの大声で名前を呼ばれて頬がカッと熱くなった。私は昔から引っ込み思案で内気だ。

俯いて存在感を消していたものの、友だちに手を引かれてその子の前まで連れて行かれた。その子、鈴里甘奈は学校一の有名人だった。

某海賊漫画の影響をもろに受けて、漫画王にうちはなると言って憚らない子。放課後にはタブレットとタッチペンを手に持ち、町の至る所で発見されてきた唯我独尊な存在。

そんな子が日陰のダンゴムシのようにひっそり生きてきた私にいったい何の用なのか。

「栞ちゃん、一緒に漫画描こっ!」

びくびくしていた私は思いもがけない一言と、人懐っこい犬みたいに笑う彼女に呆気に取られた。


「上がってー」

「お邪魔します」

甘奈の家は私の家と似たりよったりの一戸建てで、部屋は二階にあった。

「うわあ」

部屋に入って圧倒された。壁際の本棚にはズラリと漫画が並びまるで小さな書店のようだった。読みたかったあの漫画も全巻揃っていてまるで宝の山だった。

読みたくなるのを我慢して小さめのローテーブルに向かい合って座ると、甘奈はタブレットを操作して渡してきた。そこに表示されていたのは漫画だった。

「何も言わずに読んで」

コクリと頷いて読んだ。絵は水墨画のような独特の柔らかいタッチで味がある。でも話がちょっと。

「つまんないよね?」

どう伝えようか迷っているとズバリと切り込まれて言葉に詰まった。

「え、絵は上手だと思う」

「それは知ってる」

言い切れるその自信が眩しかった。自分に得手があると言い切れるのはどんな気持ちがするのだろう。

「問題はストーリー。どうやっても面白い話を思いつけないんだ」

「鈴里さん」

「甘奈でいいよ。うちも栞って呼ぶから」

「じゃあ、甘奈ちゃん」

人見知りな私は初対面で呼び捨てにできない。

「一緒に漫画描こって、私に原作を書いてってこと?」

「正解!」

ニッコリ笑う顔にノーを突きつけた。

「ムリムリ!私なんかに書けるわけない!」

オタクの常として妄想を膨らませるのは好きだったけどそれとこれとは話が違うと思っていた。それこそ創作の萌芽なのに。

「そんなことない!あの作文めっちゃ上手だったじゃん!うち感動して泣いちゃったもん!おばあちゃんのことそんなに大好きだったんだって!」

表彰式で作文を朗読させられていた。私にとっては地獄そのものの時間だった。

「あれは、違う…」

「違うって、何が?」

「私おばあちゃんのことちっとも好きじゃなかった!むしろ嫌いだった!なんか臭くて口うるさくて大嫌いだった!だけど作文にそんなこと書けないし、思ってたのと真逆のこと書いてみたの!そうすればちょっとはおばあちゃんのこと好きになれるかなって思って!だからあれは、ただの嘘なの!」

荒い息をつく私を甘奈はポカンとした顔で見ていた。

「ごめん失望させて。そういうわけだから他当たって」

早口で言って立ち上がった私の肩を甘奈がガシっと鷲掴みにした。その強さに驚き甘奈の顔を見ると、その目がギラギラと輝いていた。

「凄い!あれ全部創作だったってこと!?」

「いや、出来事は事実だけど、私の感情だけ真逆にしたっていうか…」

「それでも凄い!栞才能あるよ!」

大きな声で言い切られて、罪悪感は綺麗にぶっ飛んでいった。そして罪悪感のあった場所には快感が生まれていた。誰かに褒められて認められたことによってしか抱けない、麻薬のような快感が。


市内で開かれる小さな同人誌即売会が私たちのデビューになった。サークル名は描く書くしかじか。イラストと原作で分かれているのと、色々描いてみるかっていう挑戦的な気持ちを表したダジャレのようなサークル名。

でも可愛くて気に入っていた。描く書くしかじかで億万長者になってやろうぜって、二人で熱く燃えていた。

内容は二次創作じゃなくてオリジナル。栞なら書けるよとおだてられて書いたほろ苦い感じの青春群像劇。てっきり甘奈は冒険物とか派手なのを書けと言ってくると思っていたので驚いた。

「栞って人の心の機微に敏感だし、そうゆう柄じゃないでしょ。うちの絵もそうゆう方が合ってると思うんだ」

性格はガサツだけど甘奈の絵は繊細なタッチが魅力的だった。芸術に関して甘奈の目は確かだった。

最初の即売会では十冊用意したのが五冊も売れて、売れるたびに二人して飛び上がって喜んだ。自分の書いたものにお金を払ってくれる人がいることは、脳髄が痺れるほど甘美で大きな自信に繋がった。

春と秋の年に二回開かれているその即売会には中三の時と高一のときにも参加して、年々ファンが増えて販売部数も伸びていった。

そして高二の夏。私たちは満を持して東京で行われる日本で一番有名な即売会に乗り込んだ。高二の子ども、一世一代の大勝負の意気込みだった。

独特な臭いと暑さにやられそうな中、私と甘奈は出版社への持ち込みに挑んだ。列に並ぶ人たちは皆大人で私は尻込みしてしまった。でも甘奈は違った。

「大丈夫だよ、栞。うちの絵と栞のストーリーがあれば誰にも負けないよ」

いつもと同じ笑顔を見せてくれる甘奈にこういう人が大成するのだろうなと確信した。

「へえ、高二でここまで」

出版社の人は頷きながら読んでくれて、これはひょっとしてと思って甘奈と視線を交わした。

「大したものだと思うよ。でももう一歩足りない。絵はこれでも通用すると思うけど問題はストーリーだね。原作はどっちの子」

「あっ、私です」

泣きそうになりながら手を上げた。

「もっと内面に踏み込んだ描写ができるといいかな。繊細な世界観は魅力的だけど、もうちょっと深みが欲しい。内面を鋭く抉ったものが読みたい」

「はい」

うなだれて聞く私の背中を甘奈がさすった。その手に優越感が滲んでいるように思えて私は乱暴に振り払っていた。

「そういうのだよ。そういう気持ちをもっと書いて。書けたら見せて」

出版社の人はニヤリと笑いながら名刺をくれた。


修行僧のようにパソコンに向かい続けた。

踏み込んだもの。深いもの。内面を鋭く抉ったもの。

それを意識して書くほど薄っぺらく、ふわふわ浮ついたものが出来上がった。血の滲むような様を描写したいのに、心を上滑りする表現しか出てこない。

甘奈は認められたのに私は認められなかった。その事実に追い詰められ、胸を焼かれるほどの焦燥に駆られた。

早く私もいいものを書かかなきゃ甘奈に置いていかれる。それだけは嫌だった。二人で辿り着きたい場所があった。

だけど何も書けない。

絶望しているとスマホが震えた。甘奈からの着信。時間は深夜。出たくないけどしつこく鳴り続けるので仕方なく応じると、泣き声が聞こえた。

「どうしたの」

「がんもが、がんもが死んじゃった」

部屋着のまま自転車に飛び乗って駆け付けると、庭先に甘奈が立っていた。その手に茶色の毛玉を抱いて。

「甘奈!がんも!」

横倒しになる自転車に構わず駆け寄ると、ボロボロと涙を流しながら甘奈がぶつかってきた。茶色の毛玉、猫のがんもごと抱きしめると私の目からも涙が零れ落ちた。

がんもは私にもよく懐いてくれて、甘奈の家で作業していると構え構えとしょっちゅう邪魔された。もうちょっかいを出されないと思うと、嗚咽が止まらなかった。

甘奈は激しく泣きじゃくり、まるで生まれたての赤ん坊のようだった。

心を深く抉る、鋭い悲しみ。

「そっか、これを書けばいいんだ」

涙を流しながら呟いていた。おばあちゃんが死んだときとは比べ物にならないくらいのこの悲しみを作品にすれば、心を震わせる物が出来上がるはず。その確信が私にはあった。

「描くってがんものこと描くの!?無理だようち、そんなの描けないよ!」

「でも必ずいい物になる!きっと殻を破れる!甘奈感じてたんでしょ、がんもが死んでゆくその瞬間を。消えてゆく命を。私にその感触を教えて!そしてそれを描いて!」

「痛い!離して!」

いつの間にかがっしり肩を掴んでいた手を振り払われた。

「あんたのエゴのためにがんもを利用しないで!」

その言葉はナイフのように私の胸を抉り、震える背中は二度と振り返ることはなかった。

だけど私にはわかる。いつの日か必ず、甘奈はがんものことを描く。描かずにはいられなくなる。だってそれが作るもののエゴで、本性だから。

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