第3話
それから 20年以上がたち、(ふきだし)が見えたことなど、 ほとんど忘れていた 夏のある日。
私は家からだいぶ 離れたところにある、知人に紹介してもらった鍼灸所に通っていた。
雑居ビルの2階にあり、アラサーの鍼灸師が1人で開いていた。
今日が2回目であった。
1回目と同じく 丁寧な問診をし 脈を見た後 マルミさんは言った。
彼女は先生と呼ぶと
「先生なんてやめてください」 と、照れたように言う。
「今日は マッサージからやりましょう。
そこに横になってくださいね。」
彼女は 鍼灸師の他にマッサージ師の免許も持っていた。
治療用のベッドに横になった私を、彼女の太くたくましい指がじっくりとマッサージする。
少し痛いがとても気持ち良い。
2日続けて夜更かしをしたうえ、 何度も目が覚めてしまい熟睡できず、寝不足だった私は、 血の巡りが良くなるとともに、かなり眠くなっていた。
その時、私の前に浮かんだのは、久しぶりに見えた(ふきだし)であった。
マルミさんの顔の右横に浮かんでいた。
(なんでこんなに動悸が強いんだろう?)
ぼ〜っとした頭でその文字を読んだ私は、 ついうっかり その疑問に答えてしまった。
「あ、それは2日続けて夜更かししてマンガを読んだせいだと思いますよ。」
「…宮本さんって、心が読めるんですか?」
しまった!
つい クエスチョンマークがついてたんで答えてしまった。 なんて言えばいい?
つうかやっぱ(ふきだし)の中の文字って人が頭の中で考えた言葉だったんだ!
30秒ぐらいの間、いろんな考えがあせる頭の中を渦巻いたが、寝不足で半分眠りかけた脳が上手い言い訳を考えつくはずもなく。
不自然な間を開けて、私がやっと言ったのは、
「いや、違いますよ。」
という芸のない苦しまぎれの言葉だけだった。
マルミさんは私の返事を否定することも追求することもしなかった。
大人だし接客業でもあったからだろう。
その後は何事もなかったかのように淡々と治療を進めていった。
今の私なら実は昔、(ふきだし)が見えたんですけど、見えなくなってて、今日久しぶりに見えたんですよ、と正直に話しただろう。
そうしていたらどんな反応を見せたんだろうか?
もしかしたら他にも心が読める人がいますよ、と教えてくれたかもしれない。
後から知ったが、彼女は色々な相談を受けていたことがある人だった。
しかしその時の私は、人にこの妙な能力について話す気がなかったのである。
あの夏から2026年の今日、1月4日で12年以上たつが、(ふきだし)はそれ以来一度も見ていない。
おわり
(ふきだし) 宮本みらい @miyamoto21
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