(ふきだし)

宮本みらい

第1話

あれは私が26歳の秋、とうとつに人の顔のすぐ近くに(ふきだし)が浮かんで見えるようになった。


(ふきだし)。 


マンガ好きな人なら誰でも知ってる、 登場人物の近くに ふわふわ浮かんでいる、 セリフの入ったあれである。


見えると言ってもテレビや映画で使われる CG のように鮮明ではなかった。

そして 漫画と同じく(ふきだし)の中にはちゃんと文字が入っていて、はっきりと読めたのである。 漢字、ひらがなの区別もついた。


(ふきだし)が浮かんでいるのはなぜかは分からないが顔の右側であった。



最初に見えた人は会社の仕事で訪れた市役所の職員だった。

順番待ちで椅子に座っていた私は何となく カウンターの中の人々を眺めていた。

すると その中の一人の若い男性の顔の近くに文字の入った(ふきだし)が浮かんでいたのである。


(あの書類はどこだ?いつもの場所に置いたと思ったのにな)


…この現象は、もしかしてテレパシーの一種かな?人が言葉ではっきり考えたことが、(ふきだし)の中の文字という形で見えているのかも?


そう思ったのがその当時の私は大して気にしていなかった。もっとたくさんの(ふきだし)が見たいとも、消えてほしい、 見たくないとも思わなかった。


ただ、原因は思い当たることがあった。

数ヶ月前から渋谷にある呼吸法の道場に通い始めていたが、多分それがきっかけになったのではなかろうか。


呼吸法や気功を学ぶと潜在能力が顕在化することがあるという。


…でも 、これじゃない!

こういう能力が欲しくてわざわざ 渋谷まで時間と交通費 約6000円をかけて通ったんじゃないのに。


はぁぁ…。ため息をついて イスの上で脱力する私であった。



次に見えたのはパン屋の若い女性店員である。

(ふきだし)はまた顔の右側に浮かんでいて、入っていたのは こんな文字だった。


(おなかすいたな お昼なんにしよう)


その後も数日に1回くらいのペースで(ふきだし)が見えたが、全てたわいもない 短い文章 ばかりだった。

見えた人はどんな人かというと、初対面か2、3回会ったくらいの人だけであった。


家族や親しい友人の隣に浮かんでいるのは 一度も見たことがない。

親しい人の方が見えそうな気がするが、無意識に読むのを避けていたのだろうか?


今の私なら、本当に考えていることが文字として読めているのか、確かめるために本人に話しかけてみただろう。


一度 洋服売り場で女性が悩んでいたのを見たことがある。


(赤いセーターと茶と どっちがにあうかな?)


あの人に 「赤い方が似合いますよ」と言ってみたかったな。

    

             つづく






           

             





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