鉄拳令嬢は全てを拳で解決しようとする

久遠れん

鉄拳令嬢は全てを拳で解決しようとする

「問題が起こった? 暴力で解決すればよいのです!」


 その発言こそが問題発言では? という迷言を残して、颯爽と馬車に乗り込んだのは、私の主のクリスチーヌ公爵令嬢。御年十六歳の華の令嬢だ。


 美しい金の髪を靡かせて、トレードマークの真っ赤なドレスを身にまとったお嬢様は今日もお美しい。


 お嬢様のお淑やかな外見に反した突飛な言動は平常運転だ。

 慣れているのもあるので、慌てず騒がず御者に行き先を告げ、馬車に乗り込む。


「お嬢様、西からでよろしいでしょうか?」


 お嬢様の目的、それは西と東と北と南で起こっている問題の解決。

 距離の問題で一日では終わらないので、数日に分けて行う必要がある。


 まずはジャブとして比較的問題が軽い地域を提案すると、真っ赤な口紅を引いた唇を上機嫌に緩めてお嬢様が微笑む。


 その笑みだけならば、女神のように神々しくもあるのに、これからお嬢様が行うのは力でもった武力制圧なのだから、人を見た目で判断してはいけない。


「ええ。貴女はやっぱり有能ね、エヴァ」

「お嬢様付きのメイドですから」


 静かに頭を下げた私の前で、お嬢様がにこりと微笑む。馬車が目的地に向かって動きだす。


 そっとお嬢様を伺うと、毎日見ているのに目が焼けつぶれそうなほどの美貌が眼前にあって、そっと私は胸を抑えたのだった。


 お嬢様が美しすぎて、心臓が痛い!






 まずは西の地へ。


 この地で起きているのは住民同士のいざこざだという。

 新しく領地を受け継いだまだ若い男爵を認めるかどうかで、住民の意見が二分しているのだそう。


 認めるも認めないも、王家から領地を賜った男爵に領民は逆らえる身分ではない。

 それなのに揉めているのは、前任の男爵があまりに人が出来た人物だったのに対し、爵位を受け継いだその子供が遊び惚けているからだ。


 領民は領主を選べない。

 可哀そうだとは思うが、仕方のないことだ。

 子が親を選べないのと同じである。


 お嬢様と共に西の地に着いたのは夕方だった。町で唯一の宿に馬車をつける。

 御者を労ったお嬢様が、ドレスに合わせた緋色のピンヒールの靴で大地を踏みしめる。


「さあ、説得に参りましょう」


 お嬢様のセリフには、説得(物理)である。

 凛と背筋を伸ばし、さくさくと歩き出したお嬢様の一歩後ろをついていく。


「お嬢様、その角を右に。町長の家です」

「ありがとう、エヴァ」


 事前に調べていた情報を口にする。お嬢様に褒めていただくのは何よりの褒章だ。

 私は給金がなくても、お嬢様のお言葉だけで生きていける!


 町長の家に近づくと、玄関前に男たちが集まっている。計五人が二対三に分かれて言い争っていた。

 その周辺には心配そうに見守る女性や子供たちが大勢集まっている。


 町長らしき老人が、真ん中でおろおろとしていた。


「前男爵はまだご健在だ! 戻ってきてもらえる!」

「馬鹿いえ! ご高齢で隠居だぞ! いままでの恩を思えば、ゆっくり暮らしていただくのが恩返しだ!」

「そのために理不尽な扱いに耐えろと?! 子供はどうなる!」


 喧々囂々と罵りあう男たちは醜くて見ていられない。

 高貴なお嬢様にこんな空気を吸わせたくないが、ご本人は気にした様子もなくにこりと笑ってぎゅっと拳を握り締める。


「皆様! クリスチーヌ・アルルロワが参りました!!」


 凛と声を張ったお嬢様に、その場にいた全員が振りむく。

 ふぁさ、と髪を手で払ってなびかせたお嬢様が、にこりと微笑んだ。


「ここはひとつ、公平に勝負をいたしましょう」

「なんだアンタ!」

「よそ者はすっこんでろ!!」


 身の程を知らぬ男たちがお嬢様を罵倒する。

 けれど、お嬢様は笑顔を崩すことなく、アルルロワ家秘伝の武術の構えをとった。


「わたくしが皆様に勝ったら、この場を任せていただきます!」


 ああ、私のお嬢様がとってもカッコいい!







 お嬢様が花のように舞い、蝶のように踊る。

 素晴らしい足さばきでタップを踏みながら、状況を把握せぬまま流されて襲い掛かってきた男たちを伸していく。


 金の髪と赤いドレスが優美に舞うさまは、何度立ち会っても幻想的ですらある。

 可憐な拳を振り上げて顎を砕き、ターンを決めて腹に掌底を当て、くるりと回ってかかと落としを食らわせる。


 舞踏のように美しいのに、その実、一切の容赦のない猛攻に、大の大人の男が五人集まっても手も足も出ない。

 瞬きの間にも感じる短時間で、全員を地面にひっくり返し、お嬢様は華やかに笑った。


「さて、これでわたくしの意見が正義ですわね!」


 野次馬をしていた全員が震えているが、お嬢様は間違いなく気づいていない。

 お嬢様にとって武力で解決イコール正義なので!






 お嬢様が地面の転がした男たちは放置して、町長の家に上がった。


 町長の奥様が怯えながらも出してくれた紅茶と手作りのクッキーを前に、お嬢様は彼らの訴えに耳を傾ける。


「前の男爵様は大変良きお方でした。ですが、放蕩息子のほうが領主となり、土地は荒れ、税は増え、我々は搾取されております。どうか、どうか、お助けを……!」


 必死の訴えだ。いくら身分の差があるとはいえ、公爵令嬢が男爵家の領地問題に首を突っ込むのは、本来お門違いである。


 だが、王家からの特命でお嬢様にはそれが許されている。

 お嬢様に与えられている特命、それは「我儘令嬢のふりをして、国内を安定させる」こと。


 主を「我儘令嬢」などと言われるのは我慢ならないが、お嬢様自身が拝命している王命でもあるので、異論など口にできない。


 お嬢様自身は『大義名分でもって、殴り飛ばしてよろしいのね?!』と目を輝かせていらっしゃったので、不満もお持ちではないのだろう。


 お嬢様の幸せが私の幸せなので、お嬢様が王命で人を殴るのであれば、後処理をするのが私の役目!

 町長の訴えに、お嬢様はにこりと微笑む。皆が信仰している女神より、絶対に美しい笑みをかんばせに乗せる。


「お任せください。拳をもって説得してまいりましょう!」

「どうか穏便に……!」

「穏便ですわ。魔法は使いませんもの」

「はぁ」


 どこか納得しきれていない町長へ、もてなしの礼を告げてお嬢様が立ち上がる。

 さっと玄関を開くと、お嬢様がにこりと微笑んでくださった。


「では、ごきげんよう」


 ヒールを鳴らしてお嬢様が玄関から出る。その後をついていきながら、私はそっと口を開く。


「宿と男爵家、どちらに行かれますか?」

「解決は早いに越したことはないわ。男爵家へ」

「かしこまりました。歩かれますか?」

「そうね、お散歩をしましょう。町の様子も見て起きたいわ」


 この世界で最も美しい笑みを向けられて、私の心臓が止まりそうだ。

 お嬢様に長らくお仕えしているが、お嬢様の美貌はどんどん増すばかり。

 そのうちお嬢様の笑みひとつで死人がでるだろう。


「僭越ながら、男爵家まで先導いたします」

「まかせたわ」


 これまた前もって調べて頭に入れていた地図を頼りに、お嬢様の一歩前を歩く。

 周囲の街並みを興味深そうに見つめているお嬢様の歩幅に合わせて、ゆっくりと問題の屋敷へと向かう。


 ああ、ただ歩いているだけなのに、お嬢様の所作が優雅すぎてたまらない!!






「ごめんください」


 小さな町の中心にある男爵家について、私は門兵に声をかける。

 お嬢様の来訪を知らせると、彼は慌てて屋敷に取り次いでくれた。公爵令嬢の肩書が聞いたのだろう。


 だが、お嬢様を待たせた挙句に屋敷から出てきた壮年の執事は「旦那様はお会いにならないとのことです。お引き取りください」などとのたまった。


 お嬢様ではなく私の拳が出そうだ。

 ピキリと青筋を立てた私の肩に、お嬢様の華奢な手が乗る。私は自身の立場を弁えているので、頭を下げて後ろに下がった。


「ジェームズ男爵はご在宅なのね?」

「はい。ですがお会いにはならないと」

「押し通らせていただきます」

「は?」


 凛と背筋を伸ばしたお嬢様が構えをとる。

 間の抜けた声を発した執事ごと、お嬢様の拳が門を吹っ飛ばした。


「行きますわよ、エヴァ」

「はい、お嬢様」


 地面に叩きつけられた衝撃で目を回している執事を乗り越えて、私はお嬢様の後を追う。

 屋敷の中は存外静かだった。使用人が少ないのだろう。男爵という地位を考えれば、妥当だが、それにしては飾られている絵画やツボは高級なものばかり。


(領民から税を搾り取って、豪遊しているのね)


 内心でぼやくが、顔には出さない。そんな貴族は珍しくない。

 ここもまた、国が抱える問題の一つだ。だからこそ、お嬢様にお声がかかる。


 貴族の屋敷は、大きさこそ爵位でことなれど、構造は同じだ。

 だからお嬢様は全くの迷いなく、男爵の執務室の扉を叩いた。


「ジェームズ・ロバン男爵、クリスチーヌ。アルルロワが拳をもってお話に参りました。開けてくださいませ」


 扉を開けるのは本来メイドである私の仕事だが、久々のお仕事に楽しそうにしているお嬢様の邪魔をするのは忍びない。

 そっと背後に控え続けていると、中から大声が響いた。全くもって品がない。


「どうしてここにいる! 執事はどうした!!」

「寝ておられますわ」

「はぁ?!」


 お嬢様に対してなんて口の利き方だ。あまりに無礼な態度に、私のほうが切れそうだ。

 しかしながら、お嬢様は眉ひとつ動かさず、笑顔のまま「では」と優しげに声をかける。


「三秒以内に開けていただけないのでしたら、勝手に開けますわね」


 扉にはこざかしくも鍵がかかっているのだろう。お嬢様が「いち、に、さん」と数え終わったと同時に「失礼します!」と声を上げて、独特の構えの後、正拳付きで扉を壊した。


 ふっとんだ扉を前に、目を白黒させているのがジェームズ男爵だ。人相は事前情報と一致する。

 それにしても、貧弱で弱そうな男である。本来、お嬢様をその眼球に刻み付ける 資格すらない。


「初めまして、ジェームズ男爵。お話がございます。わたくしが拳でもって勝ちましたら、色々と手放していただきますわ」


 領地も領民も、男爵の地位も。

 歌うように告げられた宣告に、ジェームズ男爵の顔色が変わる。


「小娘が! 公爵令嬢だからと舐め腐って!!」


 右手を突き出し左手で手首を支える。

 魔法を放つときの予備動作だ。笑みを深めたお嬢様が、地面を蹴る。

 ふわりとドレスが宙に舞い、一足飛びに男爵の前に着地して、お嬢様が笑う。


「あら、魔法より拳の方が早いですのに」

「なっ」

「失礼しますわ」


 どごん、と人体からしてはいけない音がした。

 お嬢様がジェームズ男爵の腹を殴った音だ。なすすべもなく、泡を吹いて白目のまま倒れたジェームズ男爵に冷たい視線を注ぎつつ、私はお嬢様に静かに近づいた。


「お嬢様、お疲れ様です。――何者っ?!」


 咄嗟に体が動いた。お嬢様の前に立ち、防御陣を張る。

 私が展開した魔法障壁に、何者かの魔力がぶつかった。


 重たい音を立てて、弾丸のごとく発射された魔力を弾き飛ばし、私は入ってきた扉を睨み据える。

 覚えがある、どこかとてもよく見知った魔力だったが、攻撃してきたのはあちらからなのだから、どさくさに紛れて反撃して殺してもいいだろうか。


 ぱちぱちぱち、と柔らかな拍手の音が耳朶に届く。

 殺気を込めて、メイド服に仕込んでいたナイフを抜く。


「やっぱり君たちは強いね。そしてエヴァは容赦がない」


 遮るものがない扉の向こうからひょこりと姿を現したのは、この国の王太子にして、お嬢様の婚約者。


「まあ、殿下。どうしてこちらに?」

「愛しのクリスチーヌの働きぶりが見れると聞いてね!」


 にこにこと人好きのする笑みを浮かべているシルヴァン王太子の言葉に、お嬢様が頬を染める。

 正直面白くないが、ここでこれ以上攻撃を加えると、後で旦那様に叱られる。


 怒られること自体はどうでもいいが、お嬢様の婚約者のシルヴァン王太子を目の前で害して、お嬢様の好感度を下げたくはない。


 私はナイフを戻し、乱れたメイド服を軽く手で整えて、脇に退いた。

 自身の立場は、私自身がよく理解している。


「今日も見事な働きだ。この領地は明日にでも王家直轄地として併合し、民の暮らしを改善すると約束しよう」

「素敵ですわ。さすが殿下です」

「ふふ、クリスチーヌのためだからね」


 甘い言葉を囁きあうお二人だが、その実会話の裏では攻防が繰り広げられている。

 お嬢様はいつだってシルヴァン様の首を狙っているし、魔法が得意な彼は魔力の弾丸をお嬢様に打ち込むタイミングを伺っている。


 決して仲が悪いわけではないのだが、お嬢様が婚約時から口にしている「婚約は受けれいましたが、わたくしより強い方としか、本当の意味で結ばれたくありません」という条件のために、どうにか結婚したいシルヴァン様はお嬢様に一撃を入れようと必死だ。


 攻防は今のところお嬢様が勝ち続けており、いつもシルヴァン様は床に転がって、あとから従者に回収されている。


「隙ありですわ」


 ああ、ほら。やっぱり今日もだ。

 一瞬の隙をついて、お嬢様が手刀をシルヴァン様の首に叩き込んだ。


 その場に倒れる彼を一応抱きとめる。打ち所が悪くて死んでも自業自得だが、一応これでも仮にも王太子なので。


「エヴァ、さっきはありがとう」

「差し出がましい真似をいたしました」

「気にしないで」


 私が出しゃばらなくても、お嬢様は拳一つで全てを魔弾を無効化できた。

 それでも咄嗟に体が動いてしまったのだ。深々と頭を下げて、私はシルヴァン様を手放す。


 ごん、と良い音を立てて床に転がったが、まあこの程度なら許容範囲内だろう。

 私が言うのもなんだが、お嬢様に心底惚れ込んで、決闘を挑み続けるシルヴァン様も中々の変わり者である。


 見た目は王子様然としているのに、中身が残念なのも合わせて、この国の将来がちょっとばかり心配だ。

 でも、私にはあまり関係ない。


 お嬢様のいるところが私の居場所。お嬢様こそが主であり、私の国。

 幼い頃、裏路地で盗みをして生きてきた薄汚れた子供を拾ってくれたあの時から、私にとってお嬢様こそが唯一の女神だ。


 魔法の才がない、と半泣きだった幼いお嬢様が、いまでは魔法すら拳で黙らせるほどに成長され、時の流れが速すぎて驚いてしまう。


「お嬢様、本日の宿では何をいたしましょう」

「そうね、久々にエヴァのご飯が食べたいわ」

「かしこまりました」


 シルヴァン様と短い会話ができて上機嫌なお嬢様が、踊るように歩き出す。

 その後ろをついていく途中で、諦めた顔をしたシルヴァン様の従者とすれ違った。


 まあ、あの王太子には強固な防護魔法がかかっているので、気を失ったまま一人にしても心配はないが、従者としては立場も心境もそうはいかないだろう。


 私には関係ないが。

 だって、私の主は、世界でただ一人、高潔で美しく、国で一番強いお嬢様だけだから!



 ああ! 今日も!

 お嬢様の後ろ姿が凛々しくて立派です!!




 主に武闘の心得を叩き込んだ張本人は、今や自身より強くなった主にメロメロだ!



◤ ̄ ̄ ̄ ̄◥

 あとがき

◣____◢



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面白い!  と思っていただけた方は、ぜひとも

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短編をコンスタントに更新していく予定ですので、ぜひ「作者フォロー」をして、新作をお待ちください~!!!

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