第5話: 決戦、そして...

鳥居を抜けた瞬間、世界の時間は動き出した。


「いくぞ!オラアアアアア!」


素早く左のアンダースローでシロを送り出し、雄叫びを上げながら潰した右目の死角になるように左に回り込みつつ切りかかる。

時間が止まっていたアオバ熊からしてみれば、逃げ回っていた獲物が、突然、叫びながら切りかかってきたことに驚き、僅かに体が硬直して隙ができる。


「大振りの左手が来るわ!風遁の効果で刀の切れ味が上がるはず!逆にその手を狙って!」


耳元から聞こえる声に反応して体を伏せると、頭の上をアオバ熊の左手が掠める。冷や汗ものだが、当たらなければ、どうということはない!

体を捩じって刀を渾身の力で振り上げる。本来とんでもなく硬いはずの筋肉と骨をものともせず、刀がアオバ熊の左ひじの部分を切断する。


「熊の頭が僅かに下がったわ!嚙みつきが来る!全力で後ろに跳んで!」


余韻に浸る間もなく怒声が飛び込んでくる。顔を上げる。目の前に大きく開かれた口と牙。全力でバックステップ。体が軽い。これも風遁の効果か!

距離を取りながら ぶつかる目線。怒りに滲む隻眼。


「オーケー、いい感じよ。相手が少し怯んだわ」


怯んだとは言われても、その巨体が放つ威圧感に心臓は高鳴る。額には冷や汗が滲み、手に握る刀がわずかに震えた。

相手の方が満身創痍のはずなのに、こちらの方が追い詰められているように感じてしまう。


「いい?風遁の効果は徐々に薄れるわ。援軍を待つという選択肢もあるけど、さっき言った通り短期決戦で攻めるべきよ」


援軍を待つのは駄目だ。それは分かってる。心が後ろ向きになった途端に一気に畳み込んでくる気迫を感じる。

それに人数が増えたって命がけには変わらない。いま風遁の効果が残っている間にカタをつけるべきだ。


「そうだな。攻める気持ちを途切れさせちゃ駄目だ」


刀を握り直す。そうしてアオバ熊を見据えると、前傾姿勢から更に態勢をゆっくりと低くしている。


「おそらく向こうは既に自分の死を受け入れているわ。でも怒りに任せてあなたを道連れにする気なんじゃ...」


なんて迷惑な...。ただ、声の言う通り、雄叫びを上げながら残った3本の足で突進してくる。


だが、その時、澄んだ声が彼の耳に届いた。


「迅斗、落ち着いて。風を感じて、その流れに身を任せるの。」


その声は不思議と俺の心を落ち着かせた。息を吐きながら刀を構え、アオバ熊に向かって走り出す。

衝突する瞬間、アオバ熊は低い姿勢のまま俺を捉えようと右手を振りかぶってくる。

俺は不思議とスローモーションのようにゆっくり流れる時間の中で、うまく攻撃をいなして体を捩じりながら飛び上がる。


アオバ熊は振り向きながらその鋭い牙を向けてくるが、空中にいる俺には届かない。

後ろに回った俺は、上半身のバネだけでアオバ熊の下腹に刀を突き立てていく。

風の術素の残渣でいくらかの鋭さを残した日本刀は深々と刺さり、硬い感触の何かを砕いてアオバ熊の下腹を貫通した。


アオバ熊は、ゆっくりと俺と自分の腹を見た後、横に倒れていった。

俺はその場に膝をつき、疲労と緊張で全身の重さを実感する。逃げたり戦ったりで気づけば体中が細かい傷だらけだ。

勝利というよりは安堵で全身の震えと共に力が抜けていった。


その時、背後から複数の足音が近づいてきた。振り返ると、武装した瑞稀と村の大人たちが駆けつけてきた。

彼らの表情には驚きと安堵が入り混じっていた。


「迅斗、大丈夫!?」


瑞稀が駆け寄り、俺の顔と全身を注意深く観察する。シロも寄ってきて頭を俺の足にグリグリと擦りつける。

その安心感に包まれた瞬間、今度こそ視界はぐにゃりと歪み、俺の意識は途切れた。遠くなる意識の中で、お疲れさん、そんな声が僅かに聞こえた気がした。


---


夕方、俺は自分の布団の中で目を覚ました。シロが寄り添っていた。みゃーんと鳴くと、瑞稀が飛んできて心配そうに声をかける。


「よかった、目が覚めたのね。丸2日寝てたわよ。無茶しすぎ」


俺は苦笑いで頷いた。と同時に全身が筋肉痛で悲鳴を上げた。気にせずシロは俺の脇腹を頭でグリグリしてくる。痛い、けど、癒されるな...。

頭がぼんやりするけど、アレって何だったんだろう。全身が痛いけど、実は全部が夢だったりということも?


そう思った瞬間、首輪の鈴から声が響いた。


「おはよう、迅斗。そして改めてこんにちは。私はセイラ、あなたたちが言うところの『かつての時代のAI』よ」


なるほど。そう来たか。なるほどね、AIね。じいちゃんそのまたじいちゃんの時代の『科学の粋』ってやつね。体は痛いけど頭も痛くなってきたかな。

ねえさん、俺への心配と驚きとワクワクで顔の表情が三分割されてます。俺への心配、少数派になってるよ!まあ、無事だったからいいけど。

シロ、お前は悪くないんだけど、お前の鈴がお前をちょっと怖くさせてるかな。


俺は現実逃避気味に窓を眺めた。とは言っても、正直なところ、その視線の先には、まだ見ぬ冒険の予感が芽生えていた。

そして俺の胸には、不意に始まった非日常への期待と不安が膨らんでいた。

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大半の科学がなくなった未来の日本で緩めな冒険譚 [雷禍の落日] @so14

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