第3話: 獣魔の襲撃

獣道を下りながら、背後に感じる視線が俺の心をざわつかせる。


「……いるな」


俺は小声で呟き、早歩きしながらシロを抱き上げる。シロも何かを察したのか、大人しく俺の腕の中に収まる。

その視線の主が何者なのか、俺には分かっていた。獣魔――村の大人たちから何度も聞かされてきた、山に潜む危険な存在だ。

じいちゃんと一緒に山を散歩して遭遇したときのことを思い出す。たしかその時は、じいちゃんの斧の一撃に沈んでいたはず。


ちらりと腰の日本刀を見る。真面目に鍛錬をしているつもりだが、俺はじいちゃんのように人間離れしているわけじゃない。

普通は大人が5人とかで挑む相手だ。1対1でまともにやりあったら無事じゃ済まない。

夜行性でこんな時間には滅多に現れないはずだが、背後に確かな気配を感じる。まさか魔獣にルール違反を訴えるわけにもいくまい。


「刺激しないように……ゆっくりだ」


俺は自分に言い聞かせるように呟きながら、焦らず急いで歩を進めた。全身に冷や汗が流れるのを感じる。

茂みの中の気配は、こちらの動きをじっと観察してゆっくりと付いてくるがが、今のところ襲ってくる気配はない。


「シロ、静かにしてろよ」


俺はシロを抱える腕に力を込めた。シロは不安そうに俺を見上げたが、鳴き声を上げることはなかった。

その賢さに感謝しつつ、俺は慎重に足を進める。だが、坂道を降りきったあたりで――。


――コツンッ。


俺の足元で小石が転がる音が響いた。その音に反応するように、茂みの中の気配が低い唸り声を上げる。


「くそっ……!」


その瞬間、俺は弾けるように全力で駆け出した。


背後から迫る雄叫びと足音が、俺の心臓をさらに早く打たせる。シロを抱えた腕が震えるのを感じながら、俺はただひたすら前を見て走り続けた。

夢中で足を動かす。シロが不安そうに鳴き声を漏らすが、俺はそれを振り払うように走り続けた。


「くそっ、なんでこんな目に……!」


息が切れ、足が重くなる。それでも、背後の気配が近づいてくるのを感じるたびに、俺は無理やり足を動かした。

植物に覆いつくされた壊れかけの橋を渡り、ようやく視界の先に鳥居を捉えた。

川と神社を挟んだエリアには鳴子が張り巡らされている。そいつを踏み抜けば、ねえさんが気づく。そしたら応援を呼んでくれるはず。


「こいつだ!」


からんからん!

鳴子の乾いた音が鳴り響く。ようやく第1段階を突破した。でもまだ命の灯は簡単に消されてしまう状態だ。


更に少し進んで、ジャンプして着地してばっと後ろを振り返り、ちらちらと見えていた魔獣と相対する。なんか凄い跳べたな。火事場の馬鹿力か。

そして、はやりアオバ熊。野生化して狂暴化した大型の熊だ。

ふいに咆哮が響き渡る。こわい。足がすくみあがりそうになるが、抱えているシロの感触で自我を維持する。


神社付近は俺の庭だ。鳴子の他にも罠をいくつも仕掛けているのだ。シロをそっとおろし、腰の日本刀を引き抜く。

唐突に迫ってきたアオバ熊が唐突に視界から消えた。落とし穴にかかったのだ。こんなことなら穴の底に竹やりでも仕掛けておけばよかった。

そんなことを考えながら急いで近づき大上段から付き気味に振り降ろす。


素早く身を躱されてしまい入り方は浅い。ただ、うまくアオバ熊の右目を潰すことができた。その刹那、再び咆哮が来る。反射的に体が一瞬硬直する。

怒りを片目に宿したアオバ熊が突っ込んできた。避けられない!なんとか後ろに跳びのきつつ、突進を足で受ける。

10メートルくらい吹き飛ばされたが、じいちゃん直伝の受け身で衝撃を和らげる。


その距離を助走期間にして再びアオバ熊が突っ込んでくる。やばい。俺は再び背を向けて逃げる体制に入る。シロがアオバ熊と俺の間に割り込んでくる。

俺のことはいいから逃げるんだ。そう叫ぶ間もなくアオバ熊の牙がシロに襲う。俺はシロを救うためにアオバ熊の方に全力で向かっていく。間に合わない!


チリーーン、再び鈴の音が鳴り響く。


その瞬間、シロに突撃するアオバ熊の右足を水の細い光線?が射抜いた。一瞬の間をおいて、再び怒りの咆哮を上げるアオバ熊。

吹っ飛ばされたシロを直線上にいた俺が受け止めたが、水のクッションに包まれ、少なくとも命に別状はなさそうだ。


なんだ今のは?水遁の術?なんで?誰が?どこから?シロ?それともあの鈴...? いや、そんなことよりもまずはーー。


刀を鞘に納めてシロを抱き直し、再び家に向かって走り出す。アオバ熊は怒りに震えているが片目と片足をやられて動き自体は鈍くなっている。

なんとか神社の前までたどり着いた。石段を登り切れば護衛の人がいるはず。現に、上の方では慌ただしい大人の怒声が聞こえる。

もうすぐ。もうすぐだ。短期的に過度な運動をした体が悲鳴を上げている。だが、すぐに目の前の鳥居を見上げ、再び足に力を込め直して走る。


ふいに視界が ぐにゃりと歪んだ。

それと同時に、はっきりと聞こえていたアオバ熊の怒りに満ちた雄叫びと足音が遠くなっていく。あれ?これ、やばい?



シロを抱く腕に力を籠める。チリーーン、再び鈴の音が鳴り響く。

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