第7話 あなたと向き合うために

 新幹線と高速バスを乗り継ぎ、生まれ育った淡路島に向かう。


 かつて、淡路島の岩屋港と本土の明石港を繋ぐ、たこフェリーと呼ばれ親しまれた船ではなく、明石海峡大橋を高速バスで渡っている。


 私はバスの窓を少し開けてみた。


 懐かしい潮の香りが、おかえりなさいと頬を撫でる。


 洲本に着いたのは、お昼過ぎやった。


 バスのドアが開く。


 懐かしい風景。


 懐かしい香り。


 ――人知れず、秘密を胸に抱えながら過ごした青春の日々……嘘をついたまま、この島で過ごしたほうが良かったんやろか?


 そんな訳ないよな?


 でも、男のままでおったなら……


 他人に裏切られることもなかったんやろか?


 どちらの人生を選んでても、楽しいことや辛いことはあったんやろうな。


 でも……


 マイケル……


 ――苦しいねん……


 あんたのこと考えたら、胸の奥がぎゅっと締めつけられるんよ。


 ――お父ちゃんと喧嘩して、ここを飛び出したのが8年前。


 そっから頑張って、小さいながらも、自分の店を持てたのが、5年前。


 そのうち、いっかい家に帰らんとあかんなと思いつつも、足が遠のいたままやった。


 その矢先、お父ちゃんが倒れたっていう、お母ちゃんからの手紙。


 このままお父ちゃんと会えへんようになってもうたら……


 それでも、淡路島に帰るのが怖くて怖くて、なかなか決心がつかへんかった。


 私は西から東にゆっくりと流れる白い雲を見上げる。


 あの雲はあの人がおる、あの街まで流れていくんやろか……


 ――マイケル……


 お母ちゃんからの手紙を握り締め、路地裏にゴミのように倒れていたあの夜……


 寒空の中、タンクトップと半パン姿で、アイスクリーム片手に新宿二丁目を徘徊する変人……


 私のこと、なんも知らんくせに、会いたい、会いたい言うで近づいてくる男。


 挙句の果てにストーカーみたいに待ち伏せしてからに……


 けど……


 けど……


 けど……


 気づけば、私の瞳からは、とめどなく涙が溢れだしていた。


 こんな私に……


 ……手を差し伸べてくれた人……


 こんな私に……


 ……くったくのない笑顔を向けてくれた人……


 こんな私に……


 ……真っ直ぐな目を向けてくれた人……


「新井・マイケル・良太郎……」


 なんだか不思議で……


 それでいて……


 暖かくて……


 気が置けない人……


 ――私がこの島に戻ってきた理由……


 もちろん、お父ちゃんのことが心配やったから。


 ――でも、それだけやない。


 彼にもう一度会うためには、ちゃんと過去と向き合わなあかん。


 いつまでも逃げ回ってたらあかんねん。


 そう思わせてくれたんは……


 マイケル……


 ……あんたなんやで……


 気がつけば、この島にも白い粉雪が舞い始めていた。


 それは優しく、赤いコートを包み込む。


「マイケル……今頃、あなたのタンクトップの肩口にも、白い雪が降っているんかしら?」


 彼を想い、私は手のひらを天に仰いで、そっと目を閉じた。

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