新宿二丁目の奇跡=雪解けは君と 〜孤独の海に立つモン・サン=ミシェル〜

Marry

第1話 雪の路地で見つけた赤い影

「私、いつか行ってみたい場所があるの……」


 モン・サン=ミシェルはフランス西海岸にあるサン・マロ湾上の孤島、そしてその上にそびえる修道院。


 潮が満ちれば孤島となるが潮が引けば陸続きとなる島。


「孤独の中にも希望を感じられる奇跡の場所──そう思わない?」


 去年のクリスマス、君は、はにかんだ笑顔を俺に向けた。


 12月初旬、例年よりも早く、東京に初雪が降った。


 あの夜、新宿二丁目にも、ふわふわと雪が舞っていた。


 白い息はやがて、その冷たい綿と融合し、ネオンの光に溶け込んでいく。


 どこかの店からクリスマスソングがテンポよく流れてくる。


 半ズボンにタンクトップ、片手にはアイスクリーム──


 季節外れの格好なのは自覚している。


 けれど俺は、寒い夜が好きだった。


 人なんて深く信じれば、必ず裏切りの日がやって来る。


 ほどほどでいいんだよ。


 冷たい外気は、俺の虚無感を凍結してくれる気がする。


 だから、寒さなんて気にしない。


 新宿二丁目──


 俺はこの夜の街を散歩するのが好きだった。


 みんな楽しげで、それでいて儚さを隠すように一生懸命で、強さと脆さが同居する街。


 俺はこの街を自分自身に重ねていたんだと思う。


 行き先も決めず、いつものように俺はこのお気に入りの街をぶらついていた。


 そんな時だった。


 路地の隅に、小さな赤い影が落ちているのをみつけた。


「……サンタクロース?

 まだ、クリスマスには少し早いよな」


 近づいて、首を傾げる。


 赤いのは、コートだった。


「う……うーん」


「ひゃっ、動いた!?

 人?

 ちょ、ちょっと……君、大丈夫!?」


 その人は、短く刈った丸坊主に少しズレたピンクのボブウィッグ。


 寝ぼけ眼でこっちを見る。


「あ……れ……あんた誰?」


 その口調には関西のイントネーションが混ざっていた。


「大丈夫?

 どこか痛くない?」


 手を差し出すと、その人は迷ったあと、そっと握り返してきた。


「……ありがとう。

 助かったわ」


 フワリッとウィッグが揺れた。


 その顔は、美人というわけではない。


 けれども、どこか暖かく、それでいて寂しそうな笑顔だった。


「俺、マイケル。

 新井・マイケル・良太郎」


「……私は南藤・マッキー・春夫。

 見ての通り、おかまよ。

 お店では『ナダル』って呼ばれているわ」


「マッキーだね?」


「ええ、そう呼んでもらってかまわへんよ」


「関西出身なの?」


「わかる?」


「イントネーションがね」


「東京は長いんだけど、どうしても、たまに関西なまりが出てまうんよ。

 出身は淡路島の洲本ってところなのよ」


「そうなんだね。

 ところで、どうしてこんなところで倒れてたの?」


 聞くと、マッキーは視線をそらした。


「ちょっと、いろいろあってな。

 ……しんどくなってもうて」


 マッキーは右手の小さなの封筒を握りしめながら、それ以上は語ろうとはしなかった。


 だから俺もそれ以上は聞こうとはしなかった。


「家まで送ろうか?

 それとも今から仕事?」


「ごめん……ありがたいけど遠慮しとくわ」


 マッキーはゆっくりと首を横に振った。


「今、これ以上は他人の優しさに触れたくないのよ。

 なんだかそのまま駄目になっちゃいそうで」


 寂しそうに笑う。


「甘えてもいいんじゃないかな?」


「あかんよ。そんなん……」


 マッキーは自分に言い聞かせるようにか細い声で呟いた。


「けど……ありがとな。

 ほんまに、助けてくれて」


 マッキーは立ち上がると、赤いコートの襟をきゅっと握った。


 今、俺の目に映る彼女とは正反対の赤いコート。


 本来の彼女はどんなだろうか?


 何故だろう……初対面なのに、なんだかどんどん彼女のことが知りたくなってくる。


 不思議な感覚だ。


「じゃあ、そろそろ行くわ。

 もう大丈夫やから」


「また会える?」


 思わず聞くと、マッキーの後ろ姿が静止した。


「……どうやろな」


「俺は会える気がするよ」


「……そうなんや。

 ほんなら、そうかも知れんなあ……」


 振り返ったマッキーのウィックが風に揺れる。


「会えるさ」


「……また、会えたらええな」


 言葉を残し、マッキーは歩き出した。


 赤いコートは白い雪に浮かび、やがてネオンの向こうへ消えていった。


 その後ろ姿の余韻に俺は呟いた。


「マッキー……きっと会えるさ」


 ――あのとき偶然見つけた赤いコート。


 俺も君もまだ気づいてなかったよね。


 あの偶然の奇跡が……


 雪解けは君と……

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