第2話 リアル・ブート・ローダー
――ッタン!
静寂を裂く音。Enterキーだ。
僕は二十万円のアーロンチェアに背を預けた。
「……つまんね」
目の前の4Kモニターには今しがた書き上げた『サクラメント・トワイライト』の最新第128話。累計五百万部、アニメ化決定の傑作。
……くだらない。反吐が出る。
コメント欄には『更新乙』『リリアたん泣ける』の文字。彼らは何もわかっていない。
画面にあるのは「物語」ではない。商業コードという安全な檻の中で飼い慣らされた嘘で塗られた箱庭だ。血は光に変わり服が破れても都合よく乳房は隠され心の傷は「絆」で完治する。
だがそこに質量がない。
綺麗に加工された無菌室のマネキンに命など宿らない。
人間を描くということはもっとこう……脂ぎった温度や取り返しのつかない摩擦を描くことだ。醜いノイズを削ぎ落とした「きれいな異能バトル」なんて僕にとっては死体より冷たい残骸でしかない。
僕は舌打ちをし『サクラメント・トワイライト』を最小化した。
僕が本当に書きたかった「あの夜の続き」を吐き出さなければ窒息する。
システムフォルダの奥深く。パスワードを入力。
ファイル名『Project_L.txt』。
僕だけの墓場であり寝室。
「……待たせたね、L」
そこにいるのは聖女リリアと同じ顔を持ちながら一度も光を浴びたことのない実験体。
僕はさっきのテキストデータをコピペしカーソルを点滅させる。
違う。こんなんじゃない。
僕の網膜に見えている「真実の光景」はこんな薄っぺらな文章じゃない。
Deleteキー。一瞬で消滅する記号の群れ。
僕は空っぽになった行に凶器のような勢いで新しい文字を打ち込み始めた。
『大型ビジョンの下、
甘い。書き直し。
『信号機による殴打が彼女の右膝の皿を粉砕した。半月板がすり潰され泥水の中に崩れ落ちたのだ』
『とろけるようなミルク色の太ももと赤いラインのような浅い擦り傷が露わになっている。』
ありえない。削除。
『白濁した汚水に動脈からの鮮血が滲み出している。打撲によって紫色に変色した大腿部は腫れ上がり美しい曲線はひどく歪んでいた』
乗ってきた。
指が滑らかに動く。さっきまでの事務的なリズムとは違う激情のタイピング。
舞台は同じ雨の渋谷でもここは地獄だ。
重装騎兵は笑わない。その姿も違う。クロームメッキの装甲など着ていない。皮膚に直接ボルトをねじ込み肉と鉄が拒絶反応で腐り落ちた醜悪な
一撃。二撃。
肋骨が折れる乾いた音が雨音に混じる。
リリア――ここでは実験体L――は地面のヘドロを啜りながら潰れた喉で喘鳴を漏らす。
膿の匂いと加齢臭を撒き散らす重装騎兵が動かなくなったLを見下ろしその無骨な鋼鉄の手を伸ばす。
「剥がすぞ。綺麗なあの子の皮を」
僕は独り言ちてキーを叩く。
重装騎兵の指がLの純白の
表の世界では決して見せなかった乳房が、へその窪みが冷たい夜風に晒される。
商業コードによって守られていた尊厳のヴェールが剥ぎ取られ一人のメスの肉体として都会の掃き溜めに投げ出される。
『あ、あぁ……やっ……!』
抵抗するL。だが重装騎兵はその両腕をアスファルトに縫い付ける。
重装騎兵の下半身――オイルに塗れた油圧式のピストンが無防備になったLの股間を割り開く。
泥水と共に異物が最奥へ侵入していく。
僕はモニターを睨みつけ息を荒げながらその光景を
裂ける感覚。異物感。屈辱。
だが泣き叫ばせるだけじゃ足りない。僕はLに僕を肯定させたい。この暴力こそが唯一のコミュニケーションだと認めさせたい。
犯される激痛の中でLに僕はこう台詞を喋らせた。
『……ああ、先生』
Lのひび割れた唇を動かしているのは僕の指だ。
『今日はこんなに深く……。リリアちゃんには決してさせなかった惨めな姿を、私には身体の芯が溶けるまで執拗に描写してくれるのね』
そうだ、L。そう言ってくれ。
リリアに向けたのが「商品としての加工」だとするならお前に向けたこの執拗な汚辱こそが僕からの愛撫だ。
『熱い……。先生の脳のリソースが全部私に注がれているのがわかるわ』
『引き裂かれる痛みも異物の重さも全部先生が私の中に文字を流し込んでくれている証拠でしょう?』
僕が打ち込んだLの独白は狂信的な感謝に満ちていた。
自作自演だ。わかっている。でも僕の性癖(あい)を受け止められる器はこのテキストエリアの中にしかいない。
「いい子だ、L。そこでじっとしていろ」
貫かれる屈辱と張り裂けそうな痛み。
しかしその限界点を超えた淵で――ほんの少しだけ回路が焼き切れるような微かな快楽が火花を散らし始めていた。
痛い。けれどこんなに深く先生と繋がっている。
彼女は恍惚と演算を混濁させながら泥水に浸った指先で固有異能『
敵のリズムに合わせて体内に侵入している「敵の身体」を
一秒、二秒……。
犯されている時間を彼女は「愛し返す(殺す)」ために使った。
そして重装騎兵が欲望を果たし動きを止める。
その瞬間Lの姿が掻き消えた。
――固有異能『
ヒュンッ!
Lが再構成される。場所は股間の真下。
Lの手には泥水の中に落ちていた切断された信号機の鋭利な破片が握られていた。
『――捉えました。貴方の
光のビームもカッコいい聖約執行もいらない。
Lは汚れた裸身を晒したまま鉄屑を敵の腐った肉と機械の継ぎ目――剥き出しの排熱口へ全力で突き上げた。
ゴジャリ、グチャリ!
硬い金属音と肉が潰れる音が同時に響く。
一度では止まらない。Lはさっき自分がされた回数分だけ何度も何度も何度も突き立てる。
『あはっ……ぁっ……!』
機械油と敵の体液がシャワーのように降り注ぐ。
重装騎兵が痙攣し停止する。
あるのは交尾の果ての共食いのような醜い勝利だけだ。
すべてが終わった後Lは動かなくなった鉄くずの山の上で深く息をしていた。
ボロ布のように力尽きていながらもその白い肢体は瓦礫の山頂で奇妙な神々しさを放っていた。
美しい聖女の面影などどこにもない。
だが僕にはあの薄っぺらなマネキンよりも今の穢れきった彼女の方がはるかに輝いて見えた。
『勝ったわ、先生……。見ててくれた?』
誰にも見せない密室で僕の打ち込んだ言葉通りに彼女は背徳的な事後の笑みを浮かべていた。
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