第7話 崩壊と光

── もうあかん……


「どこで、なにが、どうなったんや?」


 違約金200万円?


「金なんか借りてないで!」


 天井の染みに怒鳴りつける。


「くっくっくっ……

 アホやな。

 まんまと騙されよってからに。

 お前みたいなもんに、あんな若いコが靡くわけないやろ?

 金か権力目当てにきまってるやん。

 権力なんかに無縁のお前やねんから、金目当ての他に何があるねん。

 大しておっとこ前でもないのに……

 鏡見てからもの言えや!」


 天井の顔はボロクソに直也を、こき下ろす。


「そんなんわかってた!

 わかってたんや!」


 ── 俺を見て欲しかったんや。


 ── 認めて欲しかったんや。


 ── 頼って欲しかったんや。


 ── 人並みの温もりが欲しかっただけなんや……


 直也は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。


 ピロリロン ピロリロン


「またや……」


 恐る恐る、直也はスマホを握る。


 相手は、差出人を確認しなくてもわかる……


 震える手でメッセージを開く。


「今日の振込どうなってんの?

 確認できてへんねんけど!

 迷惑かけんといてや。

 それとも、違約金200万、払うっちゅうんか?」


「ごめんなさい、ごめんなさい。

 すぐ、振り込みます」


 直也は、定期預金を担保に貸付を行い、すぐに振り込みの手配をした。


 つぎの日の夜、また、スマホが光った。


 今度は電話だ。


 言わすもがな、志代しよである。


 直也は震える指で、電話の着信アイコンをスワイプした。


「もしもし……」


 怯えながら、応答する。


「あー、直也くん?

 元気にしてるか?

 ありがとうなあ、お昼頃に入金確認できたわ。

 やればできるやん!

 ちょっと、聞いてんのかいな!」


「はい、聞いてます……」


 直也の口からは覇気のない言葉しかでてこない。


「それでやねんけどな。

 あんたがなかなか振り込みせえへんかったから、延滞金ついてもうて、今日中にあと10万振り込んでくれなあかんのよ」


「えっ?

 また、10万ですか?」


「当たり前やろ?

 あんたの責任やねんから。

 あんまり、迷惑かけんといてくれへんかなあ……

 客はあんただけちゃうねんで?

 私も忙しいねんからな!

 わかったか!」


 それだけ言うと、志代しよはプツリと電話を切った。


 直也は、まるで何かに操られているが如く、機械的に振り込みボタンを押した。


「今日は、これで怒られへん。

 安心して寝かせてもらえる……」


 直也はそっと目を閉じた……


 次の日、玄関を出ようとしたらクラクラっと目眩がする。


 直也は壁に頭を打ち付け、その場に倒れた。


 下駄箱の角で頭を切ったのだろう。


 直也の額から血が滴り落ちる。


「あかん、今日は歩かれへん。

 仕事はムリや」


 スマホを取り出し、畠山に連絡する。


「おはようございます。

 先輩!」


 元気よく畠山は電話にでた。


「ちょっとすまん。

 今日は、体調不良で休む言うといてくれ」


「先輩大丈夫ですか?」


 畠山の声が1オクターブ下がった。


「大丈夫や。

 大丈夫や。

 たぶん、まだ大丈夫や……

 まだ大丈夫なはずや……」


 直也はうわ言のように【大丈夫】を繰り返す。


「先輩!

 先輩!

 野田先輩!」


 畠山の叫びは届かず、電話はプツリと切れた。


 直也はそのまま玄関に倒れ込み、意識朦朧。


 やがて、現実から逃げるように眠ってしまった。


 直也の横に転がるスマホは、何度も何度も振動し、ピカピカと光っていたが、直也がそれに気づくことはなかった。


 畠山は仕方なく、会社に向かい、事情を上司に報告した。


 部長にはとりあえず、風邪ひいた言うといたけど、あの様子……


 ただごとやないな。


 畠山は午後から半日休をとり、直也の家に行くことにした。


 ピンポーン ピンポーン


「先輩!

 せんぱーい!」


 中からはなんの反応もない。


 ガチャリ


 カギはかかってないようである。


「先輩、お邪魔しますよー」


 畠山はそっと、扉を開けた。


「なっ!?」


 そこには、血まみれで正座して、スマホに頭を何度も下げている直也の姿があった。


「ごめんなさい。

 わかりました。

 すぐに振り込みます。

 ごめんなさい。

 わかりました。

 すぐに振り込みます。

 ごめんなさい

 すんません……」


 ブツブツと同じ言葉を繰り返す直也。


「野田先輩!

 なにしてはるんですか!」


 畠山は直也からスマホを取り上げ、そっと抱き起こした。


「あかんねん、あかんねん……

 早よ振り込みせな、彼女に迷惑がかかんねん……」


 畠山はスマホの画面に目をやった。


「なんや、このメッセージ!

 それに、この内容……」


 畠山は画面をスクロールして、メッセージを遡る。


黒鷺志代くろさぎしよ!?

 誰やこいつ?

 先輩が言うてた、マッチングアプリの彼女か?

 真っ黒やんけ!

 典型的な詐欺や!」


 直也に目をやると、まだブツブツ、ブツブツと同じ言葉を繰り返している。


 畠山は、虚ろな目をした直也をまっすぐ見つめる。


「先輩、大丈夫や、大丈夫やからな!

 俺に任しとき!

 絶対に俺が先輩助けたるからな!

 辛かったやろ。

 辛かったやんなあ……」


 畠山は涙をながし、思いっきり直也を抱きしめた。


 ── みんなに連絡せな。


 畠山の顔つきが変わった。


 まずは、会社に先輩の有給申請せんと。


 あんまり、大事にしたらあかん。


 本当の理由を会社に言うんは最終手段や。


 とりあえずは、風邪こじらせてることにしとこ。


 次に……


 こんなときは、河ちゃん先輩よりも、各方面にネットワーク持ってはる面太郎さんやな。


 直也に可愛がられている畠山は、幼馴染三人衆、直也、河ちゃん、面太郎の飲み会にいつしか顔を出すようになった。


 持ち前のキャラクターも手伝い、河ちゃんや面太郎にも可愛がられている。


 プルルル プルルル


 お願いや、面太郎さん、電話にでてくれ。


「もしもし、なんや畠山、こんな時間に珍しいな」


「め、面太郎さん!

 先輩が、先輩が、先輩が……」


 畠山は、泣きながら面太郎に状況を訴える。


 ── 面太郎は最後まで畠山の話しを聞き、冷静に指示をだす。


「畠山、まずは深呼吸しろ。

 気持ちは痛いほどわかるけどな。

 俺も同じ気持ちや。

 でもな、俺らも一緒に狼狽えてたら、救えるもんも救えんからな。

 わかったか」


「はい」


「よし。

 会社への連絡は?」


「とりあえずは、風邪やいう事で、有給の申請をしてます」


「よっしゃ、上出来や。

 そんなら、今からすぐに救急車呼べ。

 病院がわかったら、すぐに俺かマリに連絡くれ。

 着替えやなんやは、マリに手配してもらっとく。

 河ちゃんへは俺から連絡いれとくから、お前、直也のそばにおったってくれ。

 警察や弁護士なんかの手配は並行してやっとく。

 まずは、直也のスマホ見てみんことにはなんとも言えんけど、十中八九詐欺で間違いない。

 海外拠点の組織犯罪やったら、犯人捕まえんの難しいかもなあ。

 個人的な詐欺やったらなんとかなるかもやけど……

 犯人がいったいどれくらいお金残しとるかやなあ。

 被害者が多かったら、みんなで分配になってまう。

 他の被害者おったら、そいつらには申し訳ないけど、直也の分はとっとと先に取り返すで!」


 ── 一方、古びたビルの一室のソファに腰掛け、黒鷺志代(和泉丸子)と新井良子(和泉桃子)は次なる地を求めて、マップを広げていた。


「姉ちゃん、今回、大阪最後のカモが一番簡単やったなあ」


「そうやな。

 あの河ちゃんいうやつはしみったれてたけど、直也はなかなか、金持っとうたな」


「今度は北陸やなあ。

 やっぱ金沢あたりかな」


「そうやな。

 食べもんも美味しそうやしな」


「でも、大阪ほどお客さん(カモ)おるやろか?」


「まあ、それは行ってからやな。

 この三年で、たんまりお金は貯めたんや。

 しばらくノンビリするんもええしな」


「それもええ考えやな」


「ほんま、直也さまさまやな」


「「ハハハハハハ」」


 ── このときはまだ、丸子と桃子は気づいていなかった。


 直也をターゲットにしたときから、自分たちの運命は終焉に向かっていたことを……


 ── その頃、直也は畠山の献身的介護によって、病院のベッドでスヤスヤと眠っていた。


 病室の窓からは、もう大丈夫と優しい陽の光が差し込んでいた。

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