第6話 良子という女
私の名前は
三年前に、地元、淡路島を追われるように大阪に出てきたんや。
うちの家は、昔でいうところの小作農みたいなもんやった。
本家に土地借りて、細々と米を作ってたんや。
あんなけ、お父ちゃん、お母ちゃんが頑張ってんのに、本家だけが、美味しいとこ取りや。
私は、許せんかった……
本家のジジイは大地主で、ここいら一帯の顔やった。
このジジイ、女癖が悪く、70を越えた今でも、あっちのほうはお盛んらしい。
本家に何度か足を運んだとき、このジジイは5つ上の姉の、
私は、姉ちゃんと、ある計画をたてた。
ジジイが姉ちゃんに手を出してるところをビデオカメラに収める……
これは、けっこう簡単な計画のはずやった。
ちょっと、若い子に色目つかわれたら、すぐに鼻の下伸ばしよるからな。
今まで、何人の女に手を出してきたことか。
そのたんびに、ジジイは、お金で解決してきた。
毎回、けっこうな額を払って、揉み消してきたらしい。
―― チョロいはずやったんや。
―― もうちょっとやったんや。
タイミングが悪かった……
じじいのベッドに、姉ちゃんが潜り込もうとした瞬間、部屋の扉がガチャリと開いた。
そこには長男夫婦が仁王立ちしてた。
せっかく、ピッキングしてまで、本家の屋敷に忍びこんだのに……
ベッドにさえ潜り込むことができたら、なんとでもでっちあげできたのに……
下着姿の姉ちゃんも、クローゼットに隠れてビデオ構えてた私も、あっという間に本家の使用人に拘束された。
そこからの流れはご想像の通りや。
おとうちゃんとお母ちゃんが、すぐに呼び出しを食らった。
大広間で四人正座……
両親はひたすら土下座を繰り返す。
「田んぼ取り上げられるか、こいつら追い出すか、どっちか今すぐ選べ!」
―― 私らに選択肢はなかった。
その日のうちに荷物をまとめ、カバン一つで淡路島をでた。
大阪の繁華街に着いたんは、日付も変わろうとしていた頃や。
―― 大きいカニの前でサラリーマン風のほろ酔い男に声をかけられる。
「姉ちゃんら旅行かいな?
そないな大きいカバン持ってからに」
「そうなんよ、泊まるとこ決めんと遊んでたから、今からどないしょうかな思ってたとこやねん」
とっさに、私は、今日のカモはこいつやと思った。
まあ、カモやいうても、この日はご飯、奢らすぐらいやけどな。
「時間あんねやったら、メシおごったるで。
行かへんか?」
「そうやなあ、ご飯だけやったら」
私らは、そのおっさんと、小さな割烹の店に入る。
「なんでも好きなもん食べたらええで」
遠慮を装い、高いものを注文する……
若い女、ふたりを前に、おっさんは、上機嫌や。
おっさんの会話が、酔いとともに、下の話しへと移行する。
そろそろ潮時やな。
私は姉ちゃんと目配せして、席をたった。
「おっちゃんごちそう様。
別行動してた、彼氏が迎えにきてくれたみたいなんよ」
「えっ?
彼氏って?
ふたりだけとちゃうかったんかいな。
そりゃないわ」
「彼氏らに挨拶してく?」
「あ、い、いや、それは遠慮しとくわ」
「ほな、さいなら」
私らは悔しそうな顔をしているおっさんをあとに店をでた。
―― 本家のジジイもそうやったけど、ほんま、男ってアホばっかりやなあ。
こんなん、真面目に働かんでも、なんぼでも金出しよる男、転がってるやろなあ。
―― マッチングアプリで詐欺……
私らが、そこにたどり着くんはスグやった。
―― あれから三年……
とある居酒屋で、姉ちゃんと、ふたりで生ジョッキを傾けていた。
背中の仕切り越しに、新規の客が入ってくる。
「畠山、お前なんにするねん」
「俺はビールっす。
河ちゃん先輩もビールでいいっすか?」
「おう、頼むわ」
「ちょっと早よ来すぎたかな?」
「そうですね。
肝心の主役がまだ来てませんやん」
「直也は何しとんねん?」
「野田先輩は、なんや書類まとめるいうて、少し遅れるみたいですわ。
マリは?」
「マリさんは、池さんと一緒に、花束買ってから来るいうてました」
「かーっ、花束かいなあ……
さすが、面太郎やなあ。
モテる男は違うのう」
―― となりの席は、どうやら送別会でもするんやろか?
「で、どないですのん?
河ちゃん先輩、最近は?」
「最近はって、なんやねん。
なんも今までと変わりないで」
「違いますやん。
こっちのほうですやん」
そう言って、畠山は小指を河ちゃんの前に押し出した。
「そんなん、なんでお前に言わなあかんねん」
「ほんま、風俗通いはそろそろやめときましょ。
それより、ええもんがあるんですわ。
【ハッピーライフ】いうてね。
今、巷で流行ってるマッチングアプリですわ。
これ、めちゃいいっすよ」
楽しそうに、畠山は河ちゃんにスマホの画面を見せた。
「入れ食い状態ですわ。
明日も俺、女のコと会うんですよ」
「へえ、今、よう宣伝してるもんなあ」
「ちょっと、スマホ貸してください。
俺がインストールしますわ」
河ちゃんは迷うことなく、畠山にスマホを差し出した。
「これで良し、まあ、家帰ってからやってみてください。
でも、中には、たまに変な女おるから気をつけてくださいよ。
美人局とかネットビジネス詐欺、マルチとかね」
「大丈夫やって、そんなんにひっかかれへんて。
そんなんひっかかるヤツはどこか抜けてるねん」
―― 【ハッピーライフ】かぁ……
あいつ人良さそうやし、ちょっとお調子もんやな。
確か、河ちゃんいうたな。
次のカモはこいつやな。
私は河ちゃんと呼ばれる男の顔をしっかりと目に焼き付けた。
それから、あの畠山……
こいつはあかん。
遊んでそうなだけあって、隙がない。
近づいたらこっちが痛い目みる……
女の勘が、そう言うとる。
色々と考えを巡らせていると、ひとりのオカマが、隣の席にやってきた。
真っ赤なコートに身を包めたその巨漢はピンク色のボブウイッグを被っていた。
何がボブ・ウイッグやねん!
ボブ・サップみたいな図体してからに!
「ごめん、ごめん、遅くなってもうて」
「おっマッキー来たな。
座れや」
「マッキーさん、お疲れっす」
「走ったから、汗かいてもうたわ。
ちょっと失礼するわね」
そう言うと、そのオカマはおもむろに、ピンク色のウイッグを外し、座布団の上においた。
「ブハッ!」
「どうしたんよ、桃子。
ビール吹いてからに」
背中越しの姉ちゃんは気づいてない。
「春夫や!」
思わず、声がでた。
私は急いで手のひらで口を隠す。
「姉ちゃん、後ろのオカマ、春夫やで」
「えっ?
春夫って、淡路島でカマキリ憲法やってた、あの春夫?」
姉ちゃんも、そっと後ろを見る。
「ほんまや、春夫やんか」
「やばいな、あいつ、あの噂ほんまやったんやな。
タクヤのことが好きやっちゅう話し」
「多分マジやってんな」
私らがヒソヒソ話しをしていると、次に、野田という男が現れた。
「野田先輩、こっち座ってくださいよ。
生中でええですよね」
「おう、ありがとな。
面太郎とマリもあと5分ぐらいで着くいうて連絡あったから、あいつらの分も注文しといたってくれ」
「よろこんでー!」
「お前は店員か!」
そのやり取りに、私も思わず笑いそうになる。
あかん、あかん……
今はカモのリサーチや。
この野田という男、誠実そうなやっちゃな。
こういう男は、困ってる人間を放っとかれへんタイプや。
うまいこと情に訴えたら、手を差し伸べるはずや。
私は、この男の顔もしっかりと脳裏に焼き付けた。
野田をじっと眺めていると、カップルらしき男女が現れた。
「マッキーちゃーん」
「あら、マリちゃん今日はありがとう」
「マッキー、寂しなるなあ。
今日はとことん飲もうぜ!」
「あらー、面太郎ちゃんも、お仕事忙しいのにごめんなあ」
―― 典型的な美男美女や。
こういうヤツらが一番嫌いや。
滅びろ!
「ほな、これで、全員揃ったな。
よっしゃ、乾杯や。
それじゃあ直也、乾杯の音頭たのむで」
河ちゃんが野田にバトンを渡した。
「新宿二丁目に行っても、頑張ってなマッキー!
ほんならみんな、ルネッサーンス」
「「「「ルネッサーンス!」」」」
あちらのテーブルは、今から盛り上がりを見せるんやろうな……
楽しそうにしてるヤツらは、みんな私らのカモや。
せいぜい、今は楽しんどいたらええ……
―― あれから二ヶ月後
「姉ちゃん、あの河ちゃんいうやつからは、これ以上、もう引っ張られへんと思うわ。
もう、これで、私は【良子】引退や」
「うまいことやったなあ。
今どき、田舎の親が倒れたからいうて、金出すアホおるねんなあ」
「それがおったんよ、アハハハハ」
「春夫と鉢合わせしいひんかだけが気がかりやったけどな」
「姉ちゃん、それは大丈夫やで、河ちゃんからは、オカマの友達が東京に行ってもうてんて聞いてたからな」
「あとは直也のほうの仕上げやね。
こいつから、金引っ張れるだけ引っ張ったら、北陸へでもトンズラやな」
「ほんま、うまいこと、直也は引っかかってくれたなあ」
あの日、居酒屋の隣の席で、私たちはカモの情報収集をした。
好みの容姿、性格、ヤツらの会話からヒントを探す。
「どうアプローチしようかと思ってたけど、まさか、あっちからコンタクトを取ってくるなんてね。
まさに鴨ネギやね」
「ほんま、アホなヤツらやわ。
ほないいくで、桃子!
ボイスチェンジャーの準備はええか?
しっかり上司の役つとめてや」
―― 直也に電話が繋がる。
姉ちゃんからキューの合図!
「黒鷺君、君が大丈夫ですって、言ったんだよね」
「申し訳ございません、部長」
「どうするんだよ。
もう、発注は済んでるんだよ。
この在庫はどうするんだい?」
「申し訳ございません。
申し訳ございません」
―― チョロかった……
「俺がなんとかしてみる」
期待通りの答えが返ってきた。
こんな小芝居に騙されるなんて……
さあ、あとなんぼ引っ張れるかな?
覚悟はええか?
最後のケツの毛一本まで、むしり取ったるからな!
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