第4話 気づかぬ沈下

 雷鳴が轟く夜、俺は志代しよさんの、か細い声を必死に拾っていた。


「ちょっと、仕事が大変やって……

 いっばいいっばいやって……

 メッセージ送る余裕もなくって……

 それで、直也さんの声が無性に聞きたくなってしまって……

 気づいたら、メッセージアプリの電話ボタンを押してしまってました。

 ごめんね……

 ずっと連絡しなかったのに、自分の都合で、突然電話してしまって……」


 その弱々しい縋ってくるような声は、俺の心を大きく揺さぶった。


 ―― ズキンッ


 心の奥が締め付けられる。


 今、この人の心を救えるんは俺だけや。


「大丈夫ですか?

 志代しよさん?

 俺が話し聞きますよ。

 なんか、俺にできることがあったら言うてください!」


 できることがあるんやったら、なんでもやってあげたい。


 少しでも、この人の胸の痛みが和らぐんやったら……


「ありがとう、直也さん。

 ……もう大丈夫やから……

 ほんま、自分でなんとか頑張ってみるから……

 ゴメンなさい。

 ほんなら、切るね。

 お休みなさい……」


 今にも壊れて消えてしまいそうな、彼女の声に、俺は再度待ったをかける。


「あかんて!

 今、電話切ったらあかん!

 頼むから!」


 電話の向こうからは、グスン、グスンと鼻をすする音が聞えてくる。


 泣いてるんか!?


「ほんまに、ゴメンなさい。

 こんなつもりやなかったんです。

 直也さんの声聞けたらって思っただけなんです……」


「俺にどれぐらいのことができるかわからんけど、とりあえず話しだけでも聞かせてください。

 人に話したら、少しは気が晴れるかもしれんしな」


「こんなこと、話しても、直也さんの負担になるだけですから……

 ほんま、声聞けただけで十分です」


「俺のモノクロ人生に志代しよさんは鮮やかな色をつけてくれた。

 今度は、俺がお返しする番や!」


 決まった!


 決まったでー!


 直也!


 そのときの俺は恥ずかしくなるぐらい、自分に酔ってた。


「ほんまに、ありがとう……

 直也さんがいてくれて、私は幸せです」


 いてくれて、幸せって……


 俺の心臓は、早鐘を打った。


 頼られている。


 必要とされている。


 俺に幸せを感じてくれている。


 ―― 俺は、先程まで渋っていた志代しよさんから、なんとか話しを聞きだすことができた。


 志代しよさんの会社は健康食品やサプリメントを輸入してる会社らしい。


 この度、事業拡大ということで、ネット販売において、オーナーを募りフランチャイズ展開することになった。


 志代しよさんは、そのプロジェクトの中心人物のひとりで、なんとしても、この事業を成功させねばと、プレッシャーを感じている。


 責任感の強い、誠実な人やなあ。


「ああ、それでオーナーになってくれる人を探すのが大変で、連日連夜頑張ってたわけなんやね?」


「そうなんです。

 お得意さんに声はかけてはいるんですけど、なかなか新事業には皆さん、靡いてくれなくて、とりあえず様子見ってかたがほとんどなんです」


 元気のない声で彼女は答えた。


「ちなみにやけど、なんぼぐらいで、そのフランチャイズのオーナーになれるん?」


「初回だけ保証金10万必要ですけど、

 あとは、一口5万円からです。

 他人から見たら、海のもんとも山のもんともわからない状況やし、自分でも、なかなかの大金やと思います。

 でも、私はこの事業は絶対成功すると思ってるんです。

 どうやったら、皆さんに伝わるんでしょう?」


 志代しよさんからは、熱い情熱が伝わってくる。


「それって俺でもオーナーになれるんですか?」


「えっ……

 もちろん、なれますけど……

 それって……」


「うん。

 とりあえず、二口ぐらいでよければ、協力させてよ」


「えっ!?

 そんなん……

 私の戯言に乗っかってくれるんですか?

 私を信用してくれはるんですか?」


「もちろんです。

 志代しよさんやから、信用するんです。

 俺にとって大切な人やから、協力したいと思うんですよ」


「ほんまに、ありがとうございます。

 直也さん!」


 先程とは打って変わって、志代しよさんの声は明るいトーンになった。


「それじゃあ、すぐに資料と送金先をメッセージアプリに添付して、送信しますね!」


 そう言うと、そそくさと彼女は電話を切った。


 ―― 5分後


 志代しよさんからメッセージが届いた。


 俺は資料を適当に斜め読みし、すぐ、指定口座にお金を振り込んだ。


 ―― 1回目


 入金 20万円(保証金10万+2口)


 収支 ▲ 20万円


「俺って頼られたら、ほっとかれへんタイプなんよなあ……」


 その夜は、満たされた気持ちで、ぐっすりと眠ることができた。


 翌日からは、 志代しよさんとの楽しいメッセージが再開される。


 ただ、今までと違うのは、時々、電話での楽しい時間が追加されたということや。



 ―― 一ヶ月後


 俺の口座には、二口分の20%、2万円が振り込まれていた。


「たった一ヶ月で、元金の20%も儲けあるんですか?」


「ごめんね、直也さん、たった20%しか儲けがなくて……

 この事業が起動に乗ったら30%も夢じゃないと思ってるんよ」


 ここ一ヶ月で、ごっつう彼女との距離が近くなったと思う。


 それが証拠に、彼女の喋り方がフランクになった。


「このあと、どうしはります?

 まだ続けてやりはります?」


「引き続き、オーナーなってくれる人は探さなあかんねやろ?」


「そらそうやけど……」


「それやったらこのまま続けるわ。

 あと4口追加したるわ」


「ほんまありがとう、直也さん。

 頼りになるわあ」


 女の人からこんなに頼りにされるんは、初めてやった。


 ―― 2回目


 追入金 20万円(4口)


 保有口 合計6口


 収支 ▲ 38万円


 ―― 今、思えば、頼りにされてたんやない。


 カモにされてただけなんや……


 それから、三週間ほど経過した。


 今日は、いよいよ、、志代しよさんとデートの日や。


 どれほど、この日をまちのぞんでいたか。


 今日に備え、昨日はいつもより、早めに布団に潜り込んだ。


 シミュラクラ現象……


 昨日も、天井の三つの染みでできた顔が、夢うつつな俺に話しかけてきた気がする。


「なあ、良かったろ?

 マッチングアプリって最高じゃないか!

 明日はしっかりと告白するんだぜ。

 健闘を祈る」


 俺はウンと頷き、昨日はそのまま意識を手放した。


―― 駅前のロータリーに午後7時……


 これが志代しよさんとの待ち合わせ時間。


 そっと腕時計に目をやる。


 現在、午後8時……


 俺が、一時間間違えたかな?


 首を傾げたそのとき、スマホがプルッと震えて光った。


志代しよさんから!?」


 俺は急いで電話に出る。


「もしもし」


「あっ、直也さん!」


「なにかあったん?」


「ゴメンなさい。

 仕事でちょっと……

 今日は行けなくなっちゃったの。

 必ず埋め合わせはするから。

 また、電話します」


「あっ、ちょ、志代しよさん!?」


 ガチャリ


 あーあ、切れてもうた……


「仕方ないか。

 今日は久々、【ロゼ】に顔出してみよか」


 ロータリーから10分。


 線路沿いを京都方面に歩くと、2つ目の交差点横に【ロゼ】がある。


 店の前の看板は、こっちやでー、と可愛くピンク色に光り、まるで、道行く人を手招きしているようや。


 カラン コロン


「あー、直也さん、久々やんかあ」


 声をかけてきたのは、この店の一番人気、マリやった。


「直也!

 こっちこっち!」


 カウンターでママと喋っていた河ちゃんが、俺を見つけ、呼んでいる。


「お前、最近付き合い悪いぞ!」


「そういうおまえかって、マッチングアプリで知り合った、良子りょうこちゃんにべったりやんか。

 そういえば、今日は彼女、どないしてん」


「なんや、田舎のおやじさんが病気で手術や言うてな、先週から帰省してるんや」


「そうなんかあ。

 寂しいのう」


「お前のほうはどないやねん?

 それがなあ、こないだ言うてたコとけっこうええ感じやねん」


 その会話にマリが入ってきた。


「聞いたでー、ふたりともー。

 なんや、マッチングアプリで、ええ人とであってんやって?

 でも気つけや。

 詐欺が多いらしいからなあ」


 マリの言葉に一抹の不安を覚え、俺は尋ねてみた。


「どんな、詐欺が流行ってるん?」


「そうやねえ、今はネットビジネスや言うてお金引っ張られるんが多いらしいなあ」


 俺は鳩尾みぞおちあたりに、鈍痛を覚えた。


 マリは話しを続ける。


「何十年も前やったら、田舎の親が倒れたから手術代貸してくれいうんが定番やったけど、今どきそんなんで騙されるバカはおらんやろうな」


 河ちゃんの目が、一瞬泳いだ気がしたけど、俺はそれどころやなかった。


 志代しよさんに限って、そんなことはあらへん。


 俺はグラスに注がれたビールの泡が、ひとつ、またひとつ、壊れていく様子を眺めながら、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせていた。

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