第3話 始まりは雷鳴と共に
あの日以来、マッチングアプリを介さない、メッセージのやり取りが始まった。
俺は
――彼氏彼女になったわけやない……
でも……
――こうやって、一日も絶やさずに、直接、メッセージ交換をしてくれるってことは……
――
いやいやいや、早まるな直也。
まだ、そうと決まったわけやない。
あれだけ素敵な人なんや。
他にもマッチングアプリでやり取りしてる人がおるかも知れん。
ここは、まだ、焦ったらあかん。
職場のロッカールームで、作業着に手を通しながら、扉に取り付けられた小さな鏡の中の自分に言い聞かせる。
着替え終え、入り口のドアを開けて、ロッカールームを後にした。
――でも、
それって、やっぱり、俺のこと……
「あかん、あかんって。
単なる社交辞令かも知れへんやん」
ブンブンと左右に首を二三回振り、俺は朝礼に向かった。
ここ一週間、仕事中も、やたらソワソワしてまう。
直接のやり取りを始めてからは、以前のように、朝と晩だけでなく、不定期ではあるが日中も、
【お仕事頑張ってますか?】
【私も今仕事中ですが、少し休憩とれたんで、直也さんにメッセージ送りたいなあと思ってしまって……】
【なんか、直也さんと知り合ってから、単純やった生活に張り合いが出てきて、イキイキしてる自分がいます。
ありがとうございます】
【ほんと、直也さんて、誠実で、素敵なかたですよね。
好きになってしまうかも……
あっ、ごめんなさいm(_ _)m
私なんか、ご迷惑ですよね。
今のは忘れてください】
甘いメッセージが毎日届けられる。
こんなん、惚れるなということのほうが無理やわ。
モノクロやった生活に添えられていく素敵な花たちは、赤、青、黄色と徐々に俺の世界に色をつけ始める。
――昼休み……
いつものように、社員食堂で、スマホを開く。
「あれ?」
今日はメッセージが届いていない。
まあ、こんな日もあるよなあ……
少し残念に思ったが、あちらも仕事をしているし、自分の生活もある。
そりゃ、忙しくてメッセージを送れないときもあるはずや……
気持ちを切り替え、俺はスマホを閉じた。
「セーンパイ」
またまた畠山である。
「どうしはったんですか?
今日はいつもと違って、寂しそうな顔しはって。
彼女さんと喧嘩でもしたんですか?
その顔は、今日はメッセージが届いてないんちゃいます?
ちゃんと謝ったほうがいいですよ(笑)」
喧嘩した覚えはないけど、メッセージが届いてへんのは事実や。
ほんま、勘が鋭いやっちゃで。
それをもう少し仕事に活かさんかい!
心のなかで愚痴を言う。
「お前なあ……
そんなことあらへんわ!
早よ、コーヒー買うてこい!」
その場を誤魔化すように、俺は畠山に、500円玉を渡した。
「ごっちでーす」
畠山は嬉しそうに自動販売機に向かう。
これがお決まりのルーチンワークや。
畠山が入社したとき、俺がアイツの指導係になった。
それ依頼の付き合いやから、かれこれ15年ぐらいの付き合いや。
俺が課長に昇進したときも、めっちゃ喜んでくれて、個人的2お祝いもしてくれた。
他の社員が俺のことを野田課長と呼ぶ中、ふたりのときは、いまだに俺のことを先輩と呼ぶ。
気が置けない、かわいい後輩である。
買ってきてくれたコーヒーを飲みながら、畠山と他愛もない話をする。
昼からの仕事は忙しく、残業を終えて、いつもより遅く帰宅したのは、23時をまわっていた。
軽くシャワーを浴びて、牛丼弁当の蓋を開ける。
出汁の香りがフワッと漂う湯気は、鼻孔をくすぐり、食欲をそそる。
プシュッ
缶ビールのプルリングを折り、一気に一本目を飲み干した。
「プハーッ!
仕事頑張ったあとのビールは最高やなあ」
パリンッ
割り箸をふたつに割って牛丼を頬張る。
「旨い!
最高や!」
俺は牛丼が大好きや。
早い、安い、旨い!
昔から、ここの牛丼チェーンは庶民の味方や!
「あっ、そうや。
スマホをカバンから取り出し、メッセージアプリを開く。
「初めてやなあ、
そうや、ひょっとしたら【ハッピーライフ】のほうに届いてるかも知れへん!」
慌ててマッチングアプリのボタンを押した。
…… 。
無反応……
「そりゃそうやんね。
わざわざマッチングアプリにメッセージ送る意味なんてないもんな」
わかってはいたけれど、少し落ち込み、スマホを閉じる。
その日は、相当疲れていたようで、俺はそのまま、歯も磨かずに眠りについてしまった。
やがて朝が来る。
しかし……
メッセージは一向に来ない。
そんな日が三日続く……
ポツポツと雨音が窓を叩くある日の夜、俺は意を決して、自分からメッセージを送ることにした。
自分から送ることに躊躇いがあった。
嫌われたらどうしよう……
鬱陶しく思われてしまったら?
そう考えると、なかなか自分から、メッセージを送ることができひんかった。
でも、今は、そんなこと言うてられへん。
「
――たったそれだけの短い文……
送信する手が震えた。
――あれから、また三日……
いまだ、
お得意の牛丼を頬張りながら、スマホに目をやる。
「はー……」
ため息をついた、その刹那……
――着信!
スマホが光る。
「
ガシャーンッ!
思わず立ち上がると、ひとり用の折りたたみテーブルがひっくり返り、食べかけの牛丼とビールが床に散乱した。
――そんなことより、
ゴクリとつばを飲み込み、メッセージを開く。
【新発売!
キリッと爽やか缶チューハイ!】
「なんやねん!
宣伝かよ!
なにがキリッと爽やかやねん!
俺は胃がキリッキリッしとるわ!」
俺はスマホに悪態をついた。
「あーあ……
せっかくの晩御飯が台無しやん……」
しばらく、散乱した牛丼をボーッと眺める。
「掃除せんとなあ……」
情けなく、トボトボと、タオルを取りに洗面所に向かう。
泣きそうになりながら、タオルを掴んだ瞬間、リビングからスマホの着信音が聞こえてきた。
ピロロロ ピロロロ
ピロロロ ピロロロ
俺は三歩しかないリビングまでの距離を、全速力で走った。
なんでかわからんけど、
慌ててスマホを拾い上げる。
――
メッセージアプリには、そう表示それていた。
俺は電話マークを右にスワイプする。
一瞬の沈黙……
心臓が口から飛び出てきそうや。
「もしもし、直也さん?」
消え入りそうな声で彼女が呟いた。
「そうです……
「……はい……」
彼女は今にも泣き出しそうだった。
「どうしたんですか?
突然電話なんて?
元気やったんですか?
仕事忙しかったんですか?
まさか、病気やったとか?
大丈夫ですか?」
まるで、堰を切ったように、俺は矢継ぎ早に質問を彼女に浴びせた。
「あ、あの、あの……」
「あ、すんません。
こんな質問攻めにされたら、困りますよね。
ハハハ……」
「直也さん、ずっとメッセージ送れなくて、ゴメンなさい」
「なんかあったんですか?」
「……」
「遠慮せんと言うてください。
俺にできることがあったら、なんでも協力しますよ」
「ありがとう、直也さん……
大丈夫よ……
ちょっと、仕事が大変やって……
直也さんの声、聞きたくなってもうたんです。
ほんとゴメンなさい……
もう、大丈夫やから、切りますね。
失礼します」
明らかに、彼女の様子が普通やなかった。
「ちょっと待って!
切らんといて!
俺はほっとかれへんかったんや。
今にも消えて無くなってしまいそうな、彼女の支えになりたかったんや。
このとき、そのまま電話を切ればよかった……
全てが罠……
それに気づいたんは、ドップリ、底なし沼に嵌まり込んで、もう後戻りできんようになってからやった……
ゴロゴロ
ピカ ピカ ピカッ
窓の外はいつしか大雨となり、雷鳴が轟いていた。
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