円満と口悪

フジイさんち

第1話【恋人と相成りまして】

都市ノーダ。この街の冒険者ギルドは、いつでも賑わっている。

石造りの建物。正面の重厚な大扉をくぐれば、来訪者を迎えるギルドホール。

鉄と革の匂いに包まれたこの空間、右手の壁には依頼掲示板があり、様々な装いの冒険者たちが、日々の任務を探していた。


――ラドル・ルグランは、Dランクの冒険者である。

黒い髪に褐色の肌、瑪瑙めのうの瞳。低い身長と、男性ながらどこか色気のある風貌。これがなぜか女性よりも男どもから性的対象に見られることも多々。

本人は日々、辟易へきえきしていた。


対して、ダント・クラステルはBランクの冒険者である。

緑の短髪に鈍色にびいろの瞳。高い身長、無駄のない細身の筋肉。

温和で人当たりのいい性格は、対人関係を円滑に進めるには大変重宝したが、女性陣に対して思ってもいない好意の種を蒔くこともしばしばだった。

こちらもまことに、辟易していた。


そうした中、冒険者ギルドのノーダ支部、ギルドホールの掲示板前で、事は起こる。



「なぁ、ラドルいいだろ、次の依頼付き合ってくれよ?一回でいいからさぁ~」

「それ俺のランクじゃ行けねぇだろ!つかてめぇらぜってぇ目的ちげぇだろクソが!」

「んなことねぇよラドル~!ランクはほら、何とかすっから~」


数名の冒険者パーティーが、にやにやとラドルを追いつめ――。


「ダントさん、依頼手伝ってほしいんですぅ~!」

「ウチら女だけじゃ不安で~……」

「いやいや不安って……君たち女の子でも冒険者でしょ~……」


甘えた声ですり寄る女冒険者が、ダントに詰め寄り――。


ドッ、と、ラドルとダントの背がぶつかる。

咄嗟に互いに視線が合い、そうして互いに詰め寄られている冒険者にも視線が行き、ほんの一瞬だけ、目配せがされる。


……両者、初対面である。互いの名前すら知らない。けれども通じ合うものがあったのかなんなのか、瞬間、肩を組んだ。


「「お、俺こいつと付き合ってっから!!」」


――いや”パーティー組んだ”でよかったんじゃね……?と互いに思ったのは、その直後だった……。






「え?」

「マジ?」

「嘘だろ……!?」


――冒険者たちの声が、掲示板前で弾けた。


「いやラドルお前ッ、やっぱ男イケんのかよ!」

「散々俺らの事断っといて……しかも、だっ、ダント……ダントか……!!」


「やだダントさん、なんでラドルなの!!」

「そいつ態度も素行も……!やだぁぁ!!」


混乱極まるざわめきの中心で、肩を組んだふたりが微妙に硬直している。

――ヤッベ……!という互いの心の声は、互いにしか聞こえていない。選択肢を、盛大に間違えた。


「ダント”そっち”だったのか……!道理で女どもになびかねぇわけだ!」

「うそうそ、冗談でしょ!?よりによってラドルって、……ラドルって……!!」


周囲の冒険者の反応は、加熱の一途を辿っていく。


「ぶわっはっは、女ども残念だったなぁ!」

「何よ、アンタたちだってラドルに執着してたくせに!」

「いーや、男がイケるってわかったのはでけぇ!!」


ぎくっとラドルの肩が揺れる。思わずダントが見下ろせば、怖がっている、などではなく、……凄まじく嫌悪するような表情をしている。

そんなラドルの肩を抱くダントのほうへ、今度は男どもが視線を向けはじめた。訝しげな目、嫉妬混じりの視線――そのほとんどが、隣のラドルを狙っている。

笑顔のままだったダントが、引きつった頬をぴくつかせる。同じく引きつった笑顔のラドルを引き寄せ、わずかに身を屈めて、顔を寄せた。


「……ラ?ラドル~、ほら、アレだな、ふたりっきりになれるとこ行こっか……!」

「……っお、おう!……」


声は低く、けれど優しい調子で……ラドルの肩を包む腕に、少しだけ力がこもった。――もう引けない。少なくともこの場は。

もう無理やりにでもこの場を離れなければ。周りの冒険者連中に足を引っ張られる前に、なんとか。






喧騒から一旦距離を置き、ギルド奥へと通じる廊下の柱の陰。


ラドルとダントは、それぞれに頭を抱えていた。


「なんで”付き合ってる”っつったんだよ……!」

「いやそれは……そっちもじゃん……!」


互いに似た状況にあったことで、互いの状況が手に取るようにわかってしまった。

だからこそ、互いに”利用しない手はない”と思ったのは、否定しない。


「”パーティー組んだ”でよかったじゃねぇか!」

「だからそれはこっちのセリフ、いや、まぁまぁまぁ、うん、そうなんだけどもね!?」


ヒートアップしているが、しっかりと小声である。

そうして両者、はた、とやっと正面から顔を見合わせた。


ノーダ支部に出入りしていれば、双方ともよく見る顔。

片や黒髪褐色肌のシーフ。口調と態度の悪さが非常に目立ち、ソロでの行動を好む男。逆毛を立てた猫のような反応が、なぜか男どもにウケがいい。


片や人当たり抜群すぎるテイマー。常に人混みの中心におり、特別顔がいいわけではないが、女性冒険者からしょっちゅうアプローチを受けている男。




チッ、と盛大に舌打ちをしたラドルが、――ぐっと色々を飲みこんで、ため息をつく。


「……くそ、わるかったな……」

「いや俺も……どうしよ、全員本気にしてたけど」


ぽつぽつと、沈黙が流れる。

あの場の全員、衝撃を受けていたが、疑ってはいなかった。それも少々不服ではあるが、……頭の中の天秤が、グラグラと揺れる。


「……なぁ、お前さ」

「……ラドル……」

「あ、ごめん俺ダント、えっとラドル……いっそのこと俺と組まねぇ……?」


はァ?と牙をむきだした顔に、ダントが眉尻をさげた。いやそうだよね、と肩も下がる。

が、あからさまな表情をしていたラドルも、む、と口をとがらせて、しばし考えた。

――ただでさえ、『ラドルは男もイケる』が広まりかけている。これで数日後『ダントとは別れた』とでも方向転換してみろ。……その先の展開など、予想するまでもなくクソである。


――どう考えても、”お付き合い”継続が最善だった。


「…………くっそ……組むぞ!」

「ええ、こわ……」

「人前でだけ、お前と恋人だ……!そうじゃねぇ時は、寄んな!触んな!いいか!」

「おっおう、了解、了解」


すい、とダントが両手をあげ、いかにも人畜無害ですという顔で上体を引いた。けれどその顔には、なぜか妙に楽しげな色が滲んでいる。


「いや~、男と付き合うのは初めてだなァ……俺、他の奴に刺されねぇ?」

「”フリ”だろ、”フリ”!!」

「わかってるって~」


さも調子に乗ったような口ぶり。だがその言葉の下には、相手の苛立ちや警戒心を軽く受け流すような、独特の柔らかさがある。

わざとらしく肩をすくめながら、チラ、と様子を見るような目線。猫が爪を立ててきそうな距離感を、計算しているような。


「女の子たちもちょっと引いてくれてたし、俺的にもすっげぇ助かるよ、ラドル」

「……チッ」

「あぁ!”彼氏”に舌打ちしなーい!」


半ば笑ったようなダントの声が、ラドルの正面から降る。その眼差しは――もうラドルのことを”無関係な他人”では見ていなかった。

眉根をしかめたラドルが踵を返そうとして、……足元、ダントの影の中で何かが動いた。静かな気配が蠢き、音もなく、また沈黙へと溶けていく。

ぴく、とラドルの視線がそこへ落ちる。それを見止めたダントが、ぱちりと目を見開いた。


「……あ、ごめん俺テイマーね。影に三体入ってる」

「……は?」


その聞き返しはほぼ反射だったが、ラドルの視線はダントの影から離れなかった。テイマー……確か職業としては、下位のビーストテイマーと上位のモンスターテイマーがいたはず。

こうして影に帰属させることができるということは……。


「お前、モンスターテイマーかよ……」

「うん、そう。今のは、戦闘用のクィン=シィ」


合図もなく、ダントの足元からぬらりと一体、猫型の中型魔獣が這い出てきた。

ラドルの腰あたりまである体高で、すらりとしなやかで――それでいて、身体ごとラドルにすり寄ってくる。


「うっわ、なんだよ!」

「えっ……えっ、なんでだろ、こらシィ」

「マジ寄せんなこっち、おいてめぇの従魔だろ引っ込めろ!」


クィン=シィ、と呼ばれたその猫型の従魔が、ぴたりと動きを止めて、す、とダントの影の中へ収まっていく。

不意にすり寄られたラドルも、呼び出した本人のダントも、唖然としている。


「……普通、契約者以外に寄って行かないんだけど……ラドルお前動物に好かれるタイプ?」

「知るか!俺は好きじゃねぇんだ、寄ってこさせんな!」

「いやごめん……え、ラドル獣人の血ひいてるとかある?」

「あるか、んなもん!!」


ダントは苦笑しながらも、影に視線を落とした。クィン=シィはもうそこには見えない。けれど気配はある。静かで、従順で、しかし明確に――ラドルに対する“好意”が、あった。


「うーん、まぁ威嚇されるよりはいいかぁ。恋人が従魔に唸られてんの見たくねぇしなぁ」

「こッ……っ、……チッ!」

「あ、ほらまた!舌打ちしない!そんなんで恋人のフリできんの?」


ダントの指摘に、ぐっとラドルが息をつめた。瑪瑙のような瞳が……ぎろり、とダントを見上げる。……この見上げる身長差もまた、大変に憎々しい。


「……ドちくしょうが……くそやってやらァ……!」

「こわぁ……」


これは”猫”どころかもはや”狂犬”なのでは……とダントが気付くのに、大して時間はかからなかった。






ふたりが意を決して物陰から出て行けば、ギルドホールの視線は再び集中した。


ラドルを僻む声もあれば、ダントに文句を言う声もある。――が、所詮本人たちに面と向かって言ってくるような輩はいない。それはなによりも、ダントの”Bランク冒険者”という肩書が、防波堤として一役買っていた部分もあった。


「……さ、さぁラドル~♡もう宿に帰ろうな!」

「……あ、ああ、そうだな!早く帰ろうぜ、ダント♡」


互いに”俺ら演技ヘタだな”と思っていたことはさておき――。


――あの、誰にでもツンケンとして、一切なびかなかったラドルの笑顔と。

――あの、誰にでも公平で、交友に優劣をつけなかったダントによる特別扱い。


歩みを揃えてギルドの大扉に向かいながら、トドメのように、ダントの腕がラドルの腰にまわり……ハッ、といいことを思いついた顔をして、再びクィン=シィを呼び出した。

影からするりと出てきたその従魔が、ダントよりも先に、ラドルのそばに侍る。わずかに引きつった笑顔で、ラドルがぎこちなく、その頭を撫でる。


「ぐっ、おいおい、お前もすり寄んなってぇ……ダントだけで手いっぱいなんだからな♡」

「おいシィ、ずるいぞ~!」


「やだ、ダントさんの従魔がラドルに……!!」

「まじかよ……!ガチじゃねぇか……ッ!!」

「うそぉっ!!」


周囲の冒険者たちが、次々と膝をついていく。

どうみても付き合っている。従魔まで懐くなんて、聞いたことがない。あれはもうマジだ、と。




ぎこぎこと軋んだ動きでギルドの大扉を出て、冒険者らの姿が見えなくなった辺りで、ぴゃっとラドルが跳ねあがった。夕方の街の往来――声には出さない。けれど視線で言う。”従魔をしまえ!!”と。


もはや半笑いでクィン=シィを影に帰しつつ、ダントが空になった腕を振った。どうやら、黙って腰を抱かれるくらいは大丈夫らしい。

もしくはそれを我慢するほどに、冒険者連中からの声掛けに困っていたのか。


「チッ、てめぇ……」

「いや、勝手にシィ出して悪かったって……説得力あるだろ~!」

「くそが……!」


一つ悪態をつき、ラドルが鋭く踵を返す。その背を、ダントが慌てて追った。


「ちょ、ラドルどこ行くんだよ!」

「宿帰んだよ!」

「えっ……?さすがに”恋人”なんだし一緒の宿じゃなきゃマズくね……?」

「…………はっ、はぁ??」


ダントが距離を詰めれば、すぐさま跳ねるようにして距離を取られた。だが、……逃げきられない。なにせ”付き合っている”のだから。


「いやだってさ、あの勢いで交際宣言したし……もう宿までセットで思われてんじゃね」


悪びれた様子もなく、けれど声は沈ませるように、低めに繋ぐ。

その言い方は、提案というより、観察の末に選んだ最善を静かに指し示すものだった。ラドルがなにを一番嫌がるか――それが“望まぬ噂”だと気づいたからこそ。


「できる限り仲いいフリしといたほういいだろ。”俺がいない隙に”って奴も、いないとも限んないだろ」


その台詞と同時に、ちょいと肩をすくめて、ふっと笑う。冗談めかしながらも、その瞳はまっすぐ。

”付き合ってる”と言ったから、という責任からというよりは、“ここまで来たなら、最後まで盾になる”という空気すら滲んでいた。

だから、ラドルがどれほど牙を向けようと、……引くつもりはない。


「……そ、れ……はッ……!」

「……な?……ほら、どこの宿がいい?俺、常宿じょうやどあるけど、お前は静かなの好きそうだよなぁ」

「……っ……!!」


……そこまでは、考えていなかった――!!と、ラドルは頭を抱えたい思いだった。往来のため、それは胸中に留めるが。

面前の男は、人畜無害な笑顔で、至極正当なことを言ってのける。……正当か……?いや、この状況下であれば、正当か……。だんだんと、混乱してくる。


「……くっそ、わかった……俺は、常宿はねぇ……静かならいい」


苦虫をかみつぶしたような顔。渋々の声色。百歩譲りましたの表情だった。


「あ、ほんと?じゃ、街はずれの宿でいいな!部屋取りに行こうぜ」

「……おい、部屋!部屋別だぞ……!」

「はいはい~!」


歩き出したダントの後ろを、二歩ほど間を開けて着いて行くラドル。ダントの視線が、肩越しにわずかだけ、振り返る。


「……晩飯一緒に食うだろ?」

「……飯食いに行った先に冒険者居たら面倒だな」

「んじゃ、宿の食堂で食うかあ!」


ん、今のやり取りちょっと恋人っぽかったな、とダントが思うが、ぱちりとラドルと目が合うと、ギッと睨まれた。

どうやら同じことを思ったらしく、そして、”それを言ったらぶん殴る”らしい。苦笑するに留める。






「ああ、残念だが今夜は一人部屋が空いてなくてねぇ……。二人部屋なら一室だけ空きがあるが、どうする」


街の西のはずれにある、年季は入っているが一定の質が保証された宿。……その宿の主人の言葉に、――ラドルの眉間のしわが、いっそう深くなった。

一人部屋を、二つ取る予定だった。それが二人部屋ときた。ダントが困ったように頬をかき、小さく唸る。帳面を開いていた主人が、ハッと帳場のカウンターをペン先で叩く。


「あっいやいけねぇ、ダメだ、二人部屋だが夫婦用で、でけぇベッド一つしかねぇんだ」

「なっ……」


さすがにそれは、とラドルとダントが顔を見合わせた。……仕方なし、じゃあとりあえず今日は宿はとらず、元のままの別々の宿で、と、なりかけたあたりで……宿の玄関が開き、ギルドにいた冒険者が数名入ってくる。


「おやっさんたっだいま~……おっ、ダントにラドルじゃねぇか!」

「おお!?っくぁ~~!やっぱり宿も一緒なんだな!」

「くそ羨ましいなぁ、ダント!聞かせろよあとで!」


それぞれが好き勝手言いながら、宿の主人から自室の鍵を受け取り、ふたりに視線を寄こす。

それを受けたふたりも、一瞬だけ固まっていたが……。


「……そっそうそう、やっぱ帰ってからも一緒にいたいもんな~!な、ラドル!」

「……っおう……!」


即座に、ラドルがダントの腕に身を寄せる。笑顔はもはや、引きつっている。宿の主人が、お?といった顔で、ふたりを交互に見た。


「なんだぁ、兄ちゃんたちそういうアレかぁ!んじゃ二人部屋でいいじゃねぇか。ほれ、部屋の鍵。二階の一番奥な、汚すなよ~」


とんとんと話もチェックインも進んでしまい、冒険者連中には見送られ、呆気にとられたままに足並みを揃えて階段を上る。


”そういうアレ”で通るのか。

”んじゃ二人部屋でいい”ってなんなんだ。

”汚すな”ってなんだ。


そんな様々が疑問が、ふたりの頭に浮かんでは消えていく。

そして先ほどの冒険者、間違いなくギルドで、”あいつらやっぱり同じ部屋に泊まってた”と言いふらす。


「……ひとまず、部屋確かめたら……それぞれ元の宿に荷物取りに行くか」


かすかに笑ったダントに、――ラドルは痛む頭を押さえ、舌打ちとともに頷くので、精いっぱいだった。




ちゃり、とダントの手の中で鍵が鳴る。木札に記された部屋番号と扉の番号を照らし合わせて、重たそうな木扉の錠を空けて中へ入る。

テーブル、椅子、棚、ソファ……とても余裕のあるベッド……。まるで”新婚初夜”でも始まりそうな空気に、沈黙。

ふざけているわけではない。ただ、もう、互いに流れに流されすぎてよくわからなくなっている。


「……広いね~……」

「……俺ァ……ソファで寝る……」

「いや……、……いや、うん、うーん……」


たとえば、ならば自分がソファで寝る、と言ったところで、互いに「ベッドを使え」と言い合いになるのがもう目に見えた。

ダント、黙考。……どうせ無駄に広いベッドなのだ、並んで寝たって問題はなさそうである。


「……よしわかった、ラドル」


ト、と肩にダントの手が置かれて、ラドルは再びギッと睨みつけた。触るな、と叫ばなかったのは、先ほどの冒険者たちがどこの部屋にいるかわかったもんじゃないから。


「……んだよッ」

「いいか、俺らは、昔からの、ダチだ」

「ああ?」


ラドルの片眉が吊り上がる。恋人に続いてダチときた。これ以上”設定”が増えるのか、といった視線。


「だいぶ気心の知れたダチだ。互いの歴代の彼女も知ってるような……昔近所の家の植木ぶっ壊して一緒に怒られたような」

「そりゃ体験談か……?」

「んッまぁいいんだ、とにかく、そんな感じの……もう互いに空気みてーになってるダチだ。だから、寝れる!ベッド同じでも……しゃーねぇなっつって」

「…………あー……」


わずかに細まったラドルの眼差しが、ベッドへ流れ、正面のダントに戻ってくる。言わんとすることは分かった。どういう気を回したのかも、わかった。

何より、……態度が悪いという自覚すらある自分に、こうして歩み寄ってくるあたり、……悪い奴ではないということも、わかった。


「……わかった、じゃあ、ベッドでいい」

「……そか!よかった!……じゃ、アレだな、元の宿に荷物取りに行かねぇと!」


ぱ、とダントが明るく笑い、ラドルの肩から手を放す。努めて明るい口調で扉へと向かい、……一度だけ足を止めた。


「……でもさ、マジで、悪かったな。巻き込んでさ」


振り返らず、背中だけで言った。肩を竦めて、気楽そうに見せて――それでも、ほんの少しだけ沈んだ声。

ラドルもあえてその背から目を逸らし、同じように扉へと向かう。


「……それは、まぁ、俺もだし」

「助かったのはホントな。……ありがとな、ラドル」


そこでようやく目が合って、鈍色の瞳がニッと笑った。ふざけたようで、どこか真面目な顔だった。彼がどれほど人懐っこく見えても、群がる声の一つ一つに辟易していたのは、あの掲示板の前では明らかだったからこそ。

ふん、とラドルがひとつだけ、鼻を鳴らす。


「……なんにしろ、……俺の恋人の演技、キモがんなよ」

「キモくねぇって!男どもの嫉妬の視線も案外優越感だぜ~?」

「は……きも……」

「おい!」


どこか吹っ切れたようなやり取りの中、二つの影が軽い足取りで廊下を歩き出す。

まだ”恋人”としてはだいぶぎこちないかもしれない。


……だが、今夜はそれで十分だった。






――【円満と口悪 ~恋人と相成りまして~】

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