正気ですか?

 目を開くと、僕は魔法少女になっていた。いや、正確にはになっていた。

 手から足先まで見渡すが、どう見てもフリフリピンク色のフリルから出るスーツのネイビーカラーがミスマッチで到底正気ではいられない恰好をしている。

 ひどいすね毛を世間様に公開しなくて済んだのは僥倖ぎょうこうだが……。


「ほぉ……今度はお前が適合者ってわけか」


 店の調理場から、やたらとダンディで落ち着きのあるボイスが聴こえる。

 見上げると30㎝くらいの腕組みをした人型ぬいぐるみがふわふわと浮遊しながらカウンターに近づいてきた。

 頭にタオルを巻き、黒いTシャツを着て腰にエプロンをつけた、いかにもラーメン屋にいる威勢の良さそうなおじさんを可愛らしい3等身にデフォルメしたぬいぐるみ。それが仁王立ちのまま僕に向かって飛んでくる。

 そして、そのフェルトで縫いつけたような小さな口から、色気あるバリトンボイスが発せられる。


「しけたつらだな。こんなんで勤まるのか、なぁオサム」

「変身できちゃったから勤まるんでしょ。大体、決めんのはタイショウじゃないかよ。おらぁ知らねぇな」


 店員とぬいぐるみがしゃべっている。

 いや、僕置いてけぼりもはなはだしいんですけど。


「すみません。胡椒ってありますか?」


 いや、今聞くことはそれじゃないだろ。気が動転してうまく話を本題に近づけることができない。


『ここで速報です!! ○○町▽▽通り交差点でカイジュウが出現しました! 付近の住民は建物内に入るか地下のシェルターに避難してください!』


 テレビからけたたましい警報とアナウンサーのつんざくような鋭敏な声が濁流のように押し寄せた。

 周りでラーメンを食べていた客も、テレビにくぎ付けだ。

 そして、釘付けの対象は僕へと移り変わった。おっさんたちの熱烈な視線が僕の魔女っ娘衣装を突き刺す。

 羞恥心しゅうちしんに耐えかねて、僕は店員を問い詰めた。


「あの! これなんですか!? 僕もう休憩が終わるから帰ってもいいですか?」

「あぁ? その恰好で帰る気か?」


 タイショウと呼ばれたぬいぐるみが僕を嘲笑ちょうしょうする。

 確かに。このままでは精神科通院のための半休取得を勧められてしまいそうだ。

 僕は大急ぎでフリフリミニ魔女っ娘ドレスを脱ごうと藻掻もがいた。

 ……しかし、この服はどこにもチャックもボタンもなく、引っ張っれば破けそうなほど繊細な作りのようだ。


「どうした? 脱げよほら。仕事に遅刻するぞ?」


 タイショウの表情は変わらないが、これだけはわかる。

 この服はどうしてかどうにも脱げない。少なくとも、タイショウが思い描いているルートを辿らない限り、僕の自由がないことはなぜかわかる。

 僕の中の羞恥心と社会的立場の消失とが天秤にかけられ、今決着がついた。


「僕はどうすればいいですか……?」

「賢いな! さぁ、行くぞ!!」


 タイショウからの号令がかかると、さきほどまでラーメンを啜り僕の姿にくぎ付けになっていた他の客たちが、懐からハーモニカを取り出した。

 一斉にハーモニカが鳴り響き、不快な多重音が店内に響き渡る。

 僕は両耳を押さえ、店員は暢気にチャーシューを切る。


「ラーメン食べた後にすぐハーモニカって正気ですか!! 楽器が臭くなりますって!! 歯磨きしてからの方がいいですって!!」

「そこじゃねぇだろ!! いいから行くぞ!!」


 ハーモニカが好き勝手に鳴り響く中、タイショウが僕の懐に飛び込んできた。

 途端、僕の目の前は暗転した。




 ……僕の目の前には、巨大なタピオカミルクティーが屹立していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たまたま入った店で胡椒があるか聞いたら魔法少女的なことをさせられる羽目になった 蓮村 遼 @hasutera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画