跳梁跋扈桜花式部隊
古河さかえ
序章
第1話
「キミ、名前は?」
今年の春から男女共学校となった都立桜花高校。在校男子生徒四二八人に新入男子生徒二〇三人。対して新入女子生徒は三十八人。亜莉那もそのうちの一人だった。
女子の人数が極端に少なかった為、急遽作られた女子クラス。女子の新入がない二、三年生男子は、この時とばかりに新入生の女子に声をかける。
中には女子に対して不埒な真似をする者もいて、そんな生徒を取り締まる為や、校内の秩序を守る為に結成されているのが、生徒会長真田響一郎率いる『桜花式部隊』であった。
校内でも指折りの問題児時任に声を掛けられても亜莉那は返事をしようとしなかった。逆に極端に時任を避けようとしている様にも見えた。そろそろ自分の出番がくるかな、と英吾は握っていた竹刀に力を込めて、校舎の陰から亜莉那と時任を見ていた。
「シカトしてんじゃねーよ。このっ……」
時任はついに亜莉那の腕に手を伸ばす。英吾は飛び出そうとして一瞬ためらう。なぜなら、亜莉那は咄嗟に手に持っていた竹刀で時任の足を払ったのだった。
校庭にいた生徒達はいささか驚きの表情でその光景を見ていた。
一方の時任は、無様にも校庭に転げ、このような失態を知らしめさせた亜莉那を食いつく様に睨みつけた。
「この野郎……」
時任はポケットに手を入れる。時任と同じ目的で校庭にいた男子生徒達はギクッとして身を引く。生徒達は時任がどんな男であるか知っていたからだ。時任は、この学校では二年生であるが、実際は十九歳であった。それは、何度も校内外で傷害事件を起こし、退学にはならなかったものの、二年も留年していたからだった。
亜莉那は時任の行動を見透かしていたに違いない。見せつけるようにポケットからナイフを出しても微動だにしなかった。ただ涼しげな瞳で時任を見ていた。そして静かに竹刀を上げると時任に向ける。
回りの生徒はざわめき始め、一部の生徒は職員室に駆け込む。こうなってしまってはもう時任に同情する余地はない。英吾は竹刀を握り締めて時任と亜莉那の間に割り込む。
「時任センパイ、いや、もうタメか。……式部隊の一員としてお前に命令する。時任、ナイフを捨てろ」
「ケッ誰が」
時任は吐き捨てる様に言う。しかし英吾はニヤリと口の端を歪めると、自分の竹刀を後方へ投げ飛ばした。
「?」
新入生の亜莉那には理解できなかったが、これは英吾が本気を出したときの合図だった。在校生とでも、英吾が本気で怒った所は二、三度しか見たことがない。なぜなら、本気を出す前に、他の人物が英語を止めるからだった。そして今も。
「おい、その位にしとけ。綾代」
「会長……」
在校生生徒の空けた道を通るかのようにして登場したのが、生徒会長の響一郎だった。
英吾の肩にポンと手を置いて、英吾の闘気を鎮める。『只者ではない』。亜莉那は直感でそう感じる事ができた。
響一郎はまるで王が民を見下すような流し目で時任を見据えると、ふっと笑みを漏らす。
「な……なんだよ真田」
「いや、何でもない……それにしても時任。こんな可愛げのかけらもない未熟な女に手を出すほど、女に飢えていたのか? なんだったら俺が相手してやってもいいぞ」
「なっ……」
時任は顔を真っ赤にして口をぱくぱくと開く。全校生徒が、そのあっけに取られた時任を見て大爆笑する。すぐに立ち上がると時任は響一郎と英吾に「覚えてろ」とお決まりの台詞を吐くと、猛ダッシュで正門から走り去っていってしまった。
「ほんっとにもう救い様のないバカだなあいつは。」
呆れたような顔で時任を見送る響一郎の背後で、英吾は亜莉那を振り返る。
「大丈夫?」
「何が」
そっけない返事に、響一郎も亜莉那を振り返る。亜莉那は何の表情も出さずに二人の顔を見ていた。
「お前、名前は?」
「佐藤……亜莉那」
時任のヘタなナンパとは違うと思った亜莉那は口を開く。『ありな』。その珍しい響きに、響一郎と英吾はきょとんとする。
「『ありな』? どっかで聞いたことあるな。会長は?」
「ああ俺も……ない事はないが……」
「人の名前聞いといて、お前は誰だよ」
響一郎を『お前』呼ばわりする新入生に回りの在校生は耳を疑う。そんな恐れ多い事をして、今まで無事でいた生徒はいなかった。せめて響一郎が女を大目に見るような寛大な心の持ち主であったらと願うだけだった。
「これは失礼お嬢さん。私は真田響一郎と申します。よろしく」
差し出す響一郎の手を、亜莉那はパシンと叩く。
校庭内がざわめく。一年間響一郎と付き合ってきた英吾でさえも、亜莉那の命の保障はできないと思った。
人を憎む猫のような瞳を向ける亜莉那に、響一郎は何かを感じた。過去、このような瞳に出会ったことがあるような、ないような。
しかし響一郎は亜莉那を嘲笑するかのような目で見ると、目で英吾に合図した。そのまま響一郎が校舎に向かうと、英吾は亜莉那を気にかけながら響一郎の後を追いかけて行った。
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