仏の道のたづねかた

夏目猫丸

禅の用語解説

 この用語解説は、拙作『夜鴉は虚空に啼く』(https://kakuyomu.jp/works/822139840801632701

をより深くお楽しみいただく為、蛇足ながら付記するものです。

※ご注意:筆者は臨済宗の修行者ではない(実家は日蓮宗の檀信徒です)ため、厳密には意味や解釈が異なるかもしれません。あくまで作品をより楽しむためのサブテキストとしてお使いください。歴史の試験で間違っても、それはちょっと責任がとれません。なお本編の重大なネタバレが含まれる可能性がありますので、お気をつけください。


序幕:

夜坐やざ……日没後、夜に行う坐禅。禅宗において坐禅は重要な修行であり、宗派によって作法が異なる。また曹洞宗では坐禅が特に重要視される(只管打坐しかんたざ)。


雲水うんすい……行雲こううん流水りゅうすい。一所に留まらず各地を巡って修行する禅僧。寺に属さず師が定まらない僧の意味でも用いられるが、一休さんにはちゃんと師匠がいます。風雅な言葉ですね。


風狂ふうきょう……本来であれば破戒的な行いを、悟りの境地として肯定的に捉えた禅的表現。肉食、飲酒、女犯などは禁忌であるが、敢えてやっちゃう一休さんの禅スタイル。禅的反定理アンチテーゼといえるかもしれない。


結跏けっか趺坐ふざ……足の裏を上に向け、両足を反対の足のももの上に乗せて組む座り方。坐禅の作法。


半眼はんがん……完全には閉じず、目を少し開けておくこと。坐禅の作法では一メートルほど前方の一点を見つめる。更に手を重ねて親指を軽く合わせて輪を作る法界定印ほうかいじょういんを結ぶのが坐禅の基本姿勢。


志能備しのび……=忍び。我が国最初の忍者を大伴おおともの細人さびとといい、聖徳太子によって志能便と名づけられたという。朝廷にだって諜報機関はあったはず。本作登場のサビトは創作上の人物。


祥瑞しょうずい(庵)……資料によっては禅興庵ぜんこうあんとの記述もありますが、本作ではこちらを採用しました。


不浄ふじょう……トイレ。便所。禅寺では東司とうすとも。


生老しょうろう病死びょうし……人が生まれながらに持つ四つの苦しみ。生苦、老苦、病苦、死苦。これに愛別あいべつ離苦りく怨憎おんぞう会苦えいく求不ぐふ得苦とっく五蘊ごうん盛苦じょうくを加えて四苦八苦となる。誰かのスピーチで聴いたことありませんか?


五山ござんそうりん林……室町幕府が制定した寺格制度(五山十刹諸山)に組み込まれ、その保護・統制下に置かれた禅宗寺院。こうした権威主義を華叟老師や一休さんは嫌ったのかもしれません。


師兄すひん首座しゅそ……兄弟子・一番弟子の意。こういう権威を傘に着るやつは、大抵がロクでもないやつ。


公案こうあん……禅僧が師から与えらる課題。臨済宗ではこの公案に取り組みながら坐禅する。千七百則あるといわれる公案はどれも難解で、答えはあるようでない(ようである?)。頭で理解するのでなく体得していくものとされ、個人の直接的な体験が重要視される。


参禅さんぜん……取り組んだ公案について師と問答すること。入室にっしつ参禅さんぜんとも。師と弟子の二人だけで激しいやりとりが行われる。師はその内容によって弟子の修行度合を推し量る。


   ***


第二幕:

四弘しぐ誓願せいがん……読経後に僧侶が唱える誓いの言葉。衆生を救い、煩悩を断ち切り、仏の教えを学び、悟りを開くという決意が込められている。臨済宗では三度唱える。日蓮宗では四誓とも。


愛別あいべつ離苦りく……序幕:生老病死の項を参照。


印可いんか(証)……印可状とも。師が修行の成果を認めて弟子に授ける悟りの証。免許皆伝の書であるとか卒業証書のようなもの。こうした証文もある種の権威であると、一休さんは考えたのかもしれない。


豁然かつねん大悟たいご……迷いや疑いが晴れて真理を悟ること。日本の禅宗における悟りは、頓悟とんご禅と呼ばれ、ある時ふっといきなり悟るものらしい。一休さんは鴉の鳴き声を聴いて悟りました。頓悟に対する言葉は漸悟ぜんごであり、詳細は京極夏彦の傑作小説『鉄鼠の檻』をお読みください。


作家さっけ境涯きょうがい……「さっけ」は「そけ」とも。作家とは優れた禅匠を意味し、その心境や心持ち。作家に比されるのは羅漢らかんであり、これは小乗の覚者のこと。要するにより大きな悟りを得た者を作家という。宗純は師に「(自分の悟りが羅漢の境涯というのであれば)羅漢を喜んで作家を嫌うのみ」と啖呵を切ったそうですから恰好良いですねぇ。


作務さむ……禅寺における掃除や炊事や農作業といった肉体労働全般。読経や坐禅以外にもこれらの労働すべてが修行とされる。


般若はんにゃとう女郎じょろう小屋ごや……お酒と売春宿。一休さんの風狂禅に欠かせないものとか。


ねん持仏じぶつ……個人で私的に礼拝するための小さな仏像。持仏やまくら本尊ほんぞんとも。


〇祖に逢うては祖を殺せ……逢祖殺祖の読み下し。臨済宗の経典「臨済禄」による。


   ***


第三幕:

伽藍がらん……寺院における建物。禅宗では山門、仏殿、法堂が一列に並び左右対称となった伽藍配置が多い。しかし、本作における祥瑞庵は寄進をうけた家屋を改装しただけの粗末な代物である。


君影きみかげそう……鈴蘭スズランの古称。スズランは毒性が高く、摂取すると心不全や心臓麻痺で死に至る危険がある……らしいのですが、本作のように急死は流石にしないと思います。あれは演出です。


雲門うんもん屎橛しけつ……有名な公案のひとつ。雲門禅師が「仏とはなんですか?」と問われ、「乾いたくそきべら」と答えたという。屎橛は長いウ●コとの訳し方もあるそうですが、どっちにしろそんな例えは厭だ。


偈頌げじゅ……禅僧が悟りの境地をあらわした漢詩。辞世の句である遺偈ゆいげや印可証など、禅宗における書は「有声の」と呼ばれる。対して画は「無声のうた」と呼ばれ、こうした書画で禅の精神を表したのだそう。奥深いですね。


三毒さんどく……仏道修行における根源的な三つの煩悩。とんじん。必要以上に求め、安易に怒り、真実に対して無知である心根。


   ***


終幕:

〇茶……茶を広めたのは臨済宗の開祖・栄西で、後に禅的な思想や作法を取り入れて「茶道」として発展していきました。


法嗣ほうし法脈ほうみゃく……禅の精神を継ぐ後継者であり、その血筋ともいうべき系譜のこと。禅の教えでは何代にもわたり教えが受け継がれていくことを師資しし相承そうじょうという。


狒々ひひじじい夜伽よとぎ……華叟宗曇に衆道の嗜みがあったという証拠はどこにもありません。これは筆者の創作です。ただ養叟宗頤は十代の頃から華叟の元で修行しているので、若い頃ならそういうこともあったかも?と妄想してみました。


〇仏を斬れ……逢仏殺仏。本来は「逢仏殺仏 逢祖殺祖 逢羅漢殺羅漢 逢父母殺父母――」と続く一節。解脱の境地に達するためには、この世の情・執着・しがらみの一才を捨てよ、とのことらしいが、怖い言い回しですよね。また「坐禅の果てに仏の姿を見たのならば、それは修行を妨げる魔だからぶった切れ」との説も耳にしたことがあります(出典がわからないです。すいません)。


〇三界は~……『法華経ほけきょう』「譬喩品ひゆぼん」の一節。三界とは生者流転する三世界、つまりこの世。火宅は燃えている建物。燃えている建物の中に居て、ぼーっとしてたら危ないです。


〇羅漢の境涯……第二幕:作家の境涯を参照。

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