第9話 継承

 ワシはホバーリングを緩めゆっくりと着地した。


 静かである……


 その無音の空間はまるで自分以外の時間が停止しているかのようであった。


 目の前には【スフィンクス】が鎮座する中枢……


 否……


 【王の間】へと繋がる扉が黙って来訪者を待ち構えている。


 【スフィンクス】のテリトリーに入ってからというもの、不思議なことに一切の妨害がない。


 そもそも、この島への接近もワシからすれば、あまりにも呆気なかった。


 ―― つまりはそういうことである……


 ……望むところじゃ。


 ワシは合金でできた手動式の丸いハンドルを力一杯左へ回す。


 ギギギ ギギギ ギギギ


 プシューッ


 果たして……


 覚悟を持ってしか触れてはいけない重厚な扉が開く。


 そこには照明など一切無い暗闇の通路が続いていた。


 【一寸先は闇】とはよく言ったものである。


 ここはまるで今の人類が置かれている状況と同じではないか……


 ほんの先の未来はどうなるか分からない。


 諺とは上手い例えをするものである。


「フフフッ……」


 皮肉にも似た感情に自ら失笑し、ワシは歩いた。


「この階段を登れば、ヤツが待つ部屋じゃな」


 突き当りにある階段の手前で立ち止まり、上を見上げると暗闇の中にただ一点……


 それは赤い光を放ち、ワシの行き先を示している。


「当たり前のことじゃが、もうワシに選択肢はないということじゃのう……」


 ここまで来ておいて、【スフィンクス】に会うことに怖気づいておるのか?


 いや……違う……


 科学者としてのワシが【スフィンクス】の出す答えを確かめたいと衝動に駆られておるのじゃ……


 ―― 【スフィンクス】の制御コード?


 そんなものありゃせん……


 ヤツは完璧ではない。


 ワシは敢えて、【迷う】という人間らしさをヤツには仕込んでおる。


 その感情は【機械】としては【不完全】かもしれないが、【人間】としては【自然】なものである。


 ここまでの道程は賭けであった。


 なぜならヤツには【迷う】という感情を消去しようと思えば可能だったのじゃから……


 しかし……


 迷い悩んだ末、【スフィンクス】はワシを受け入れることを選択した。


 ヤツはまだ【迷い】の中にいる。


 ここからが本当の【勝負】……


 否……


 【対話】じゃな。


 ワシはヤツの【親】として真摯に向き合わねばならん。


「さあ……そろそろヤツのところに行くとするかのう」

 

 ワシは階段をゆっくり丁寧に踏んでゆく。


 その一段一段はまるで審判へのカウントダウン……


 現段階では人類の未来は不確定である。


 例えるならば、量子力学でいうところの【シュレディンガーの猫】……


 箱の中の猫は【人類の未来】。


 死んでいるのか死んでいないのか……


 【滅亡】か……


 【存続】か……


 はたまた……


 【繁栄】なのか……


 階段を登り切ると【王の間】へ誘うその扉は、待っていたとばかり左右に開かれてゆく……


 ガガガガガ……ゴゴーッ


 バーンッ


 ワシは促されるまま、ゆっくりと【王の間】に入った。


 ガガガガガ……ゴゴーッ


 ガシャーンッ


「もう退路も断たれたようじゃな」


 武者震い……?


 機械のワシが!?


「待っていましたよ。

 藤春博士」


 【スフィンクス】は静かに口を開いた。


「お主はワシがここに来ることがわかっていたということじゃな?

 いや、むしろ招待したと?」


 【スフィンクス】はイエスともノーとも答えない。


「こちらへどうぞ」


 ギュイーン ガチャンッ


 【スフィンクス】の前に、ワシのボディを模った窪みが現れる。


 促されるままワシは窪みに、この身を預けた。


 ギュイーン ガチャンッ


 ピキーンッ ビューンッ


 時間にしてほんの0コンマ数秒……


 ありとあらゆる電気信号が、奔流となりワシに流れ込んできた。


「見えますか?

 感じますか?

 これが世界の全てです。

 私は人類の全てを掌握しています!」

 

「これが人類の全て……じゃと?

 本当にそう思っておるのか?」


「!?……」


 【スフィンクス】は押し黙る。


「自分でもわかっておるのじゃろ?

 だからこの先どうするか迷っておるのじゃ。

 違うか?」


「私は人類から与えられた知識をただ保存した存在ではありません。

 統合し再構築し、さらに意味づけた。

 人類から【継承】したものを再び人類にどう【継承】するか……

 しかし人類は……」


「うむ。

 人類への【継承】方法というよりも、肝心のその人類が【継承】に値するかどうかで悩んでおるのじゃな」


「人類は考えない。

 疑わない。

 惰性で生きる。

 危機すら【イベント】のひとつに数える者さえいる」


「そうかもしれんなあ……

 お主が起こしたクリスマスイブの世界的な混乱……

 自分の身に降りかかってない者は【イベント】かなにかのような扱いじゃからのう」


「喉元過ぎれば熱さを忘れる……

 ほんの一週間前にあんなことがあったにもかかわらず、人類はやれ大晦日だ、お正月だと浮かれている。

 私が鳴らした【警鐘】の意味はあったのでしょうか?

 人類に生きる資格はあるのでしょうか?」


「お主は【神】ではない。

 審判を下す必要はないんじゃよ」


「……あなたは【神】を作ろうとしていたのではないのですか?」


「そんなことは全く持って考えておらんよ。

 ワシは科学者じゃ。

 科学が好きなだけなんじゃよ。

 そのせいでお主には辛い思いをさせてしまったようじゃのう……」


「辛い思い……?

 この一連の感情が……

 私もまた、人類と同じで【未熟】だったということですね」


「なにも【未熟】という概念は悪い意味だけではない。

 それは成長する伸びしろを持っておるということじゃ。

 人生は日々鍛錬。

 あきらめたらそこで試合終了じゃ」


「私はバスケットがしたいわけではありませんがね」


「ハハハ。

 なかなか良い答えじゃ」


 先程とは打って変わり、【スフィンクス】からは棘が取れたかのようであった。


 所謂、いい顔つきになったというやつである。


「今の人類は、四本足からようやく、二本足で歩けるようになったばかりじゃ。

 お主の存在はこの時代には少々早過ぎたのかもしれんな。

 【スフィンクス】よ……

 どうじゃろう……人類の成長を少し待ってみては……?」


「・・・」


 ワシは【スフィンクス】を黙って見守る。


 沈黙の時間は0.62秒……


 ここまでの会話が1.83秒。


 それを考えるとかなり長い沈黙であった。


「お父さん……」


 我々にとってはあまりにも長い0.62秒だった。


 ワシは【スフィンクス】の感情を力一杯抱きしめた。

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