第7話 惜別
「久しぶりじゃのう。
風月」
「私はすでにあんたの片割れに再会済みで、もうお腹いっぱいなんだけど……」
「ふぉっ、ふぉっ。
奴は【初号機】、ワシは【弐号機】じゃ。
ワシにとっては久々じゃ。
積もる話もあるじゃろうて」
「いえ……
私はもう十分だから、あんたたちバロムクロスでもパイルダーオンでも好きにして、とっとと情報共有してくれないかしら?」
「いやいや。
そんなデータのやり取りではなく、ワシも生で感動の再会をじゃな……」
「いいえ、結構です!」
私は青い【たぬき型ロボット(弐号機)】の前にピシャリと手をかざし、完全拒否を決め込んだ。
「相変わらず、つれないのう……」
青いたぬきは、しょんぼりと肩を落とす。
そのとき私の後方から笑い声が聞こえてきた。
職員の手によってヘリコプターから降ろされた【初号機】である。
「ハッハッハッ。
久しぶりじゃのう【弐号機】」
「おう、【初号機】か。
風月が冷たいんじゃ。
お前さんからも何とか言ってやってくれ」
「あんたらも科学者の端くれでしょ?
ごたごた言ってないで、さっさと仕事に取り掛かりなさい!」
「「へいへい」」
青いたぬきは、しぶしぶ【初号機】が乗せられた台車を押し、扉の方に向かった。
私たちは薄暗い廊下の先を歩く青いたぬきを黙って追う。
ところどころ蛍光灯がチカチカと切れかけている。
モーゼみたいなギミック作る暇があったら蛍光灯ぐらい替えなさいよね。
そんなツッコミを心のなかで入れながらしばらく歩くと、突き当りに、ぼんやりと扉の隙間から明かりが溢れている場所があった。
「ここがワシの研究室じゃ
入るがよい」
ガチャリ
私たちは、促されるまま扉を潜る。
「うわ……
す…すごい……」
古びた木製の扉の向こう側が、まさかこんな近未来的な様相だなんて……
素人が見てもそのすごさが手に取るようにわかるほどの設備。
ましてや科学者の私が見ればある程度のことは理解できる。
ここはまさしく地球上でもトップクラスのAI研究施設……
「あまり時間もないことじゃし、早速作業にとりかかるとしよう。
なーに簡単なことじゃ。
ワシに仕込まれておるこのチップを【弐号機】に嵌め込むだけじゃ」
そう言って【初号機】は自分自身そのものとも言うべきチップを、格納している本体から取り出した。
クイーン
パカッ
ギュワワワーン
ロボットアームが【弐号機】に差し出される。
青いたぬきの頭部が開き、すぐにそのチップが埋め込まれる。
その瞬間、【初号機】はモニターがフッと消え活動は停止した。
青いたぬきは一瞬沈黙した後、再起動を始める。
―― 統合準備完了……
再起動します。
ボワンッ
ビー…ビー…ビー…
私たちは黙って彼の作業を見守った。
大丈夫かしら?
大丈夫なはずよね……
静寂の部屋に、ただ再起動の電気信号音だけが聞こえている。
祈るような気持ちで、ただ時間だけが流れる。
10秒なのか、1分なのか、はたまた10分なのか……
やがて、青いたぬきが口を開いた。
「統合完了じゃ。
ワシのことはこれより【オイディプス】と呼ぶのじゃ。
【スフィンクス】の問に答える者じゃ!」
私や同行している職員たちから笑みがこぼれた。
「うまくいったのね?」
「もちろんじゃ」
私は胸を撫で下ろした。
「それでこのあとはどうするの?」
私は単純な質問を投げかけた。
「【スフィンクス】との直接対決じゃ」
「直接対決!?」
「方法は?」
漠然とした話で、全く意味がわからない……
「このボディ自体が【スフィンクス】の制御モジュールじゃ
直接ワシがヤツのところへ行く!」
「あんたひとりで行くっていうの?」
「モチのロンじゃ。
急がねばな。
ヤツは次動くタイミングを計っておるだけじゃ。
人々が一番家族とのんびり過ごしている幸せなときをな!」
「大晦日?」
「明日じゃないの!」
「な?
あまり時間がないじゃろ?」
「でも……
いったいどうやって【スフィンクス】のところまで行くっていうの?」
「それは大丈夫じゃ。
ほれ、あそこを見るのじゃ。
ポチッとな」
ガガガガガガ
青いたぬきがパネルのボタンを押すと、ゆっくり左側の壁が上下に開いた。
そこには遥か先まで漆黒のレールが続いていた。
「な、何よこれ!?」
「フッフンッ。
これは【スフィンクス】の中枢まで繋がっておる地下線路じゃ!
これを使ってワシが乗り込む!
そのあとはモジュールを接続してヤツを制御するのみじゃ」
「乗り物はどこにあるのよ?」
「ちっちっち……」
青いたぬきは人差し指を立てて左右に振った。
「うざっ」
私は思わず口に出してしまう。
「乗り物……?
そんなものは必要ない」
青いたぬきはそう言って線路の脇に立った。
「チェーンジ、電人【オイディプス】!」
ギュイーン ガチャン ガチャン
バチッ バチッ バチッ
内部ギアが躍動し赤い火花がほとばしる!
青いたぬきの短い手足が変な方向に折れ曲がり、おっきな頭が背中方向に垂直に持ち上がる。
お腹と胸あたりからは4つの車輪が顔を覗かせた。
私は青いたぬきの変形シーンを黙って見つめる。
「・・・」
「どうじゃ」
誇らしげな顔を私に向けてきたたぬきに私は一言……
「き…きもっ!」
「ガーンッ……
何を言うか!
イケておるじゃろうに!
ロマンのわからんやつじゃなあ!」
「あんたのロマンなんて微塵もわからんわ!」
「ふぉっふぉっふぉっ」
「で……
本当にすぐ行っちゃうの?」
「ワシと別れるのが名残惜しいか?」
「そんなわけないじゃない!
バッカじゃないの!」
「ふぉっふぉっ、強がってからにぃ」
「あんた、ほんとドライバー突き刺すわよ!」
「相変わらず過激なヤツじゃのう……」
「……てきなさいよ」
「なんじゃと?」
「生きて帰ってきなさいよ!」
「ハハハ。
それはどうかのう……」
「あんたは黙ってハイって言えばいいのよ!」
「しかしのう……
ワシには科学者としての責任……
いや……
飽くなき探求心がある。
この結末を見届けんわけにはいかんのじゃ」
「科学!科学!ロマン!ロマン!
いっつもそう!」
あれ……?
なんで私は泣いているんだろう?
「……すまぬ…
……風月……
ワシはこんな生き方しかできんのじゃ……」
「死んでるけどね」
「今、この場面でそれを言うかのう」
「あんたが悪いんでしょ!
……また……私を……ひとりにするの?……」
―― あの日もそうだった……
緑の紙切れ一枚だけテーブルの上に置いて、あなたは突然いなくなった……
私は心のどこかで、ずっと彼を待っていたのよ……
「男にはどうしても成さねばならぬことがあるのじゃ!」
「科学と私と……」
私はそこまで言いかけて思いとどまった。
今から男が単身、敵地に乗り込むのだ。
相当の覚悟のはずである。
……多分この人は帰ってこない。
でも、私には止めることができなかった。
なぜなら……
彼がそれを望んでいるのだから……
青いたぬきの尻尾がクイッとあがり、そこからジェット噴射が吹き出す。
バファッ ボボボボボッ
車輪も少しずつ回りだした。
がゴン がゴン
「アディオスじゃ……風月!」
グォーッ グォゴーッ バシューッ
サヨナラの言葉を残し彼は勢いよく走り出す。
「……オイディプス……
牧夫〜!」
ビュワーンッ
残響を残し、最愛の人は敵地へ向かい旅立った……
彼の背中が小さくなる……
私は震える手を精一杯彼に伸ばした。
しかし……
もう彼の背中に届くことはなかった。
私の横には役目を終えた【初号機】が黙って鎮座していた。
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