第6話 突入

「ワシに考えがある。

 ちょっと耳を貸せ」


 私がスピーカーに耳を近づけると……


 フワッ


「ヒェッ」


 私は首の後ろ辺りがゾワッとし、硬直した肩は頭のてっぺんに付くぐらい跳ね上がった。


「なにするんじゃ!

 ゴルアァー!」


 私は思いっきりモニターに蹴りをかました。


「は、博士!

 ダメですってば。

 この【初号機】が壊れたら人類の未来が……」


 再び私は職員たちに取り押さえられる。


「あんたたち離しなさい!

 この際、人類なんて関係ないわ!

 この青たぬき!

 ぶっ壊してやるんだから!」


「やめてください!

 花鳥博士!」


 羽交い締めにされながらも、私は必死に足をバタつかせている。


「ほんの冗談ではないか……

 新婚の頃よくやったであろう」


「あんたねえ!

 こんな非常事態にスピーカーの振動を使って耳に息(風)を吹きかけるなんて非常識でしょ!

 ゼエ…ゼエ…ゼエ…ゼエ…」


 私は肩で息をしながら叫んだ。


「そう怒るな。

 緊張した空気をほぐしてやっただけじゃ……」


 青いたぬきは悪びれもせず淡々と言い放つ。


「あんたのそう言うところよ!

 もう少し場の空気ってもんを読みなさいよね!

 ゼエ…ゼエ…ゼエ…ゼエ…」


 私は依然として目を釣り上げ、クソたぬきを睨みつける。


「まあまあ博士……

 お怒りはごもっともですが、そのへんで。

 時間もあまりございませんので」


 職員に宥められ、私は無理矢理に冷静さを取り戻すよう努めた。


「で……?」


 私は腕組みしながら問いかけた。


「耳は近づけてこんのか?」


「あんた……

 いいかげんにしないと自壊プログラム打ち込むわよ!」


「わかった、わかったから。

 それだけはやめてくれ」


「それじゃあ早く考えとやらを話しなさい!」


「先程も説明したが【初号機】と【弐号機】は【スフィンクス】を停止するプログラムとキーコードを持っておる。

 その名も【オイディプス】」


「【オイディプス】ですって?」


「そうじゃ『朝は四本足、昼は二本足、夕方には三本足になるものは何か?』という問に【人間】と答え、見事【スフィンクス】を退治したという話は有名じゃ」


 でも【オイディプス】のその後って……


 私はその続きの悲劇を知っている。


 つい【藤春牧夫】と【オイディプス】を重ねてしまったが、そのことは口に出さずにいた。


 【初号機】は話を続ける。


「しかし、【オイディプス】は【初号機】と【弐号機】が合わさり完成するものなのじゃ。

 すなわち、我々は【スフィンクス】のトラップをかいくぐり、あの島へゆかねばならん」


「そんなことが可能なの?

 ダメ元で質問するけど……

 【スフィンクス】本体の場所はわかっているんだから、物騒な話になるけどミサイルで島ごと破壊ってわけにはいかないの?」


 私はある程度の答えはわかってはいたものの、念のため荒っぽい手段も確認してみた。


「答えはNOじゃ。

 恐らく【スフィンクス】はネットワーク依存のAIを、ほとんど全て手中に収めておるじゃろう。

 沈黙しておる核施設や軍事施設をもな。

 【スフィンクス】本体を破壊してしまえば、統率者を失ったAIどもがどういう動きをするのか皆目検討がつかん」


「つまりはこのまま【スフィンクス】の支配下にAIたちを置いている方が安全だと?」


「安全とは言わんが、良くも悪くも統率は取れてはおるというわけじゃ」


「なるほどね」


「であるからに……

 【スフィンクス】自らAIたちに、正常な状況に戻るよう命令を出させなければならん。

 ヤツを破壊するのはそれからじゃ」


 ―― 二日後……


 朝もやに包まれた瀬戸内の海岸……


 人知れずその白銀の旋風は瀬戸内の海に飛び立った。


 空は無風、海は静かに波が流れている。


 島に近づくには最高のコンディションである……


 しかし……


 油断はできない。


 高度を上げ過ぎれば【スフィンクス】の監視レーダーに捉えられ、高度を下げれば海の藻屑となってしまう。


「あんた、しっかり操縦しなさいよ」


「任せておけ!

 バイクだけでなくワシは乗り物全般、運転は得意じゃ!」


「失敗したらあんたのモニター叩き割るからね!」


「安心せえ!

 そのときはみんな仲良く海の藻屑じゃ。

 ガッハッハッ」


「あんたねえ……」


 数ミリの狂いが命取り。


 ここは【初号機】に任せるしかないのはわかっている。


 わかってはいるけれど……


 なんかこいつに頭を下げるのは損した気分になってしまう。


「花鳥博士。

 島の裏側が見えてきました」


 クルーの声が響く。


「白い城壁で囲まれておるエリアがあるじゃろ?

 あそこが【弐号機】の支配区域じゃ」


 【初号機】は海岸線でホバーリングし、アンカーを一つ海へ撃ち込んだ。


 ―― 来たか……


 【弐号機】はすぐに反応した。


 島の一角に電磁波が流れ海岸線の海が割れ始める。


「なにあれ?

 まるでモーゼじゃない!」


「フォッフォッフォッ。

 演出は派手な方がおもしろいからのう」


 私の言葉に青いたぬきは呑気に笑う。


「あんた、あんな派手なことして【スフィンクス】に感づかれたらどうすんのよ!」


「心配せんで良い。

 この閉開システムの周りには電磁パルスを吸収、再利用できる設備が整っておる。

 ほれ、それが証拠にヘリの計器に一切の乱れはないじゃろ?」


「こんな大掛かりなもの作らず、ヘリポートでよかったんじゃないの?」


「それはそうなんじゃが……

 なんかカッコいいじゃろ?」


「あんたねえ……

 おもちゃにノーベル賞ものの技術使わないでくれる?」


「何を言うか!

 科学はロマンなんじゃぞ!」


 こいつに意見した私が悪うございました。


「もうわかったからしっかり着陸しなさいよ」


 私たちを載せたヘリコプターは、ゆっくりと海中へ吸い込まれていく。


 天井のハッチは閉じられ、やがて何事もなかったかのように界面は元に戻った。


 私は一番にヘリコプターから降り、辺りを見回す。


 これと言って何もない殺風景な格納庫である。


「待ってたぞい」


 そこには……


 身長129.3センチ?


 体重129.3キロ?……知らんけど……


 ずんぐりむっくり体型の青いたぬき型ロボットが立っていた。


「わちゃ〜」


「久しぶりじゃのう。

 風月」


 まあ、そうなるでしょうね……


 私は【初号機】でお腹いっぱいだけどね。


 当たり前のこととはいえ今からこいつの相手もしないといけないのか……


 ロボットのモニターに映るにこやかな顔に、私は頭をかかえるのであった。

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