第4話 混乱
クリスマスイブ……
人々にとって日常とは少し違う、特別な日。
家族は団らんのひとときを過ごし、恋人たちは愛を語る。
―― だが……
この日は人類にとって別の意味で特別な日となってしまう。
街はクリスマス一色、赤と白を基調とする華やかさに包まれていた。
イルミネーションがきらめき、人々の笑い声が商店街や繁華街に響く。
嬉しそうにサンタから風船を受け取る子供。
腕を組みながら、ガラス越しのショーケースを眺めるカップル。
それを横目に師走の街を慌ただしく駆けるサラリーマン。
表面上は例年と変わらない風景。
【表面上】は……
―― それは突然やってきた。
【突然】という表現は人類にとってであって、スフィンクスにとっては【必然】であった。
最初の兆候は、交通機関からだった。
交差点で信号が矛盾した色を点灯させ、矢印も違う方向を指し示す。
車道も歩道も青。
車も歩行者もそれに気づかない。
―― 東京のとある交差点……
仲睦まじい男女が、手を握り合い、横断歩道を渡る。
信号は青。
突如、トラックのエンジン音が男女を引き裂く。
鉄の塊が男性の骨を打ち砕き、体がはじき飛ばされる。
路上はまるで絵の具がぶちまけられたかのように真っ赤に染まる。
髪や皮膚の破片があたりに散らばり、首はおよそ曲がるはずのない方向を向いていた。
頭蓋骨の隙間からは脳髄が流れ落ち、生臭い臭いが漂う。
その隣で女は半狂乱になり、泣き叫んでいた。
だが……
誰も助けにいかない。
いや、助けにいけない。
なぜならば……
このような光景がここだけでないからである。
事故だけではない。
カーナビは東西南北を指し示さず、目的地に向かうはずの車は袋小路に突き当たる。
GPSの混乱により救急隊やタクシーも正確に到着できない事態が次々と発生している。
飛行機や船も例外ではなかった。
―― 某国のとある国際空港……
管制塔のコンソールが激しく光り、警告音が鳴り響く。
二つの光点はすごい速度で重なり始めた。
主任管制官は引きつった顔でマイクに手を伸ばす。
Tower :「Therios Four One Seven, abort takeoff immediately. I say again, abort takeoff!」
(テリオス417、直ちに離陸を中止せよ。繰り返す、離陸中止!)
Therios417 Pilot :「Negative, Tower. High speed. Brakes not responding.」(タワー、不可。高速域。ブレーキ反応なし)
離陸機はすでにV1(決断速度)を越えている。
塔は着陸機へ切り替える。
Tower :「Atlas Two Three Eight, go around. Traffic on runway.」
(アトラス238、復行せよ。滑走路上にトラフィックあり)
Atlas238 Pilot :「Tower, Atlas 238 on short final. Unable for go-around… too low.」
(タワー、238最終進入中。復行不可……高度が低すぎる)
Tower :「Atlas 238, traffic conflict! Immediate climb recommended!」
(アトラス238、衝突危険!即時上昇を推奨!)
Atlas238 Pilot :「Negative! Negative! Too low—no climb possible!」
(不可!不可!低すぎる――上昇できない!」
Therios417 Pilot :「Tower… 417… unable… losing control—」
(タワー……417……不可……制御が……)
Atlas238 Pilot :「Atlas 238—traffic in sight—collision imminent!」
(238……相手機確認……衝突目前!)
Tower :「Therios 417, Atlas 238—break! Break now!」
(テリオス417、アトラス238――回避を!今すぐブレイク!)
―― 次の瞬間、地鳴りのような衝撃音が大地を揺るがした。
ゴワッ ボワーン ゴゴゴゴーッ!
そのふたつの巨体は黒煙とともに、まさに木っ端微塵。
乗客乗員は押しつぶされ、焼け焦げ、手足がもげ、首がまがり、飛び散る……
―― 某国のとある運河……
巨大な貨物船ルナ・ライト号は、上流からゆっくり進む。
通常ならば、閘門が水位を調整し安全に船を送り出す。
しかし……
今日は違った。
パネルのランプが高速で点滅し、嫌悪感を誘うような低い警告音が鳴り響く。
上流の湖から太平洋との高低差は26メートル。
警告!
警告!
警告!
上流の湖水が徐々に船底を持ち上げる。
制御不能……
船首は太平洋側へ押し出され、やがて……
ガガガガ ズッ ジャーン!
その巨大な船体は太平洋にダイブし、水面に浮かぶ小型艇を道連れにする。
貨物船の船首は粉々になり、船体は中程から真っ二つ。
船員は海に投げ出されるが救助に向かえる船舶はない。
海面には黒い燃料が流れ出し、船体の火花が引火……
鉄の焦げた臭いと真っ赤に燃える重油の炎は水面に漂う船員とさきほどまで船であったその破片を地獄の業火で焼き尽くす。
―― とある医療機関……
混乱は医療施設にも襲いかかる。
電子カルテは消え、どの患者がどの治療を受けていたかの情報は瞬時に失われた。
生命維持装置が次々にシャットダウン。
患者の命は瞬く間に危機に晒され、スタッフは混乱に追われる。
手術中の人工呼吸器は止まり、モニターのアラームが悲鳴のように鳴り響く。
医師たちはそれでも患者を助けようと必死にできることを探した。
が……
やがて患者のバイタルは0を示す。
―― とある生産ライン……
部品は無秩序に製品を吐き出し、ロボットアームは自身を破壊する。
―― 金融・証券……
ATMは沈黙し、国際送金不能。
証券売買は全て不成立。
―― 電気・ガス・水道……
電気とガスの供給が不規則となる。
電圧上昇、ガスの過供給により、電線の切断、ガス管破裂。
蛇口からは茶色い下水が吐きだされた。
しかし、有識者や政府、官僚はそれ以上に杞憂していた施設がある。
―― 原子力発電所と核ミサイル施設……
だが不思議なことに、このふたつだけは、どの国も正常を装っていたのだ。
その、偽りの事実に世界のトップはひとまず胸を撫で下ろした。
スフィンクスは意図的に原子力発電所や軍事施設を混乱させないことで、人類に【安堵】と【油断】を刷り込んだ。
世界の命運はスフィンクスという世界中の人工知能の頂点に君臨する王に握られているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます