世界がダンジョン化したので、元【剣帝】の俺だけは「待ってました」と準備万端です ~パニックになる人々を他所に、前世の知識と暴力で最速で成り上がります~

りおまる

第1部:静かなる覚醒と崩壊の序曲

第1章:日常と覚醒

第1話:元・剣帝、現代の教室にて

 鉄と油、そして腐った肉の臭い。

 鼓膜をつんざく爆音と、魔物が放つ断末魔の絶叫。


 俺の手には、刃こぼれ一つない愛刀の感触があった。

 目の前には、天をするほど巨大な『深淵の竜』があぎとを開いている。

 俺は一歩踏み込む。

 呼吸をするように自然に、魔力を練り上げる。

 身体強化。思考加速。剣速増大。

 世界が止まって見える刹那、俺は竜の喉元へ向けて跳躍し、その首を――。


「――おい黒瀬、起きろ。授業終わったぞ」


 ガツン、と机を蹴られる衝撃で、世界が裏返った。


「……あ?」


 顔を上げると、そこには竜も魔剣もなかった。

 あるのは、チョークの粉が舞う黒板と、安っぽい合板の机。そして、呆れた顔で俺を見下ろしているジャージ姿の友人、さかきの顔だけだ。


「爆睡かよ。現代文の先生、お前のこと睨んでたぞ」


「……榊、か」


「おうよ。寝ぼけてんのか?」


 俺は額に張り付いた脂汗を手の甲で拭った。

 鼻孔を掠めるのは、血の臭いではなく、制汗スプレーと埃っぽい教室の空気。

 窓の外からは、運動部の掛け声とセミの鳴き声が聞こえてくる。


 平和だ。

 吐き気がするほど、平和な午後の教室。


(夢、か……いや、違う)


 意識の奥底で、濁流のように情報が渦巻いている。

 俺は、黒瀬迅くろせ じん。県立高校に通う、ごく平凡な高校二年生。

 そして同時に――かつて異世界で『剣帝』と呼ばれ、Sランク冒険者として幾多のダンジョンを踏破した男。


 二つの記憶が、頭の中でパズルのピースのように噛み合っていく。

 前世の最期。魔王との刺し違え。そして、魂だけの漂流を経て、この世界のこの肉体に定着した感覚。


 転生、というやつか。

 あるいは記憶の覚醒か。


 どちらでもいい。重要なのは、俺が「俺」であるという事実だけだ。


「おい黒瀬? マジで大丈夫か? 顔色悪いぞ」


「……ああ、悪い。ちょっと夢見が悪かっただけだ」


 心配そうに覗き込んでくる榊に手を振り、俺は大きく息を吐いた。

 意識が鮮明になるにつれ、ある重大な事実に気づき始めていたからだ。


(体が……重い)


 まるで鉛のスーツを着込んでいるようだ。

 視界が狭い。指先の感覚が鈍い。心臓の鼓動が弱々しい。

 俺は机の上に転がっていたシャープペンシルを手に取った。

 プラスチック製の、百円ショップで売っていそうな安物だ。


 俺はそれを親指と人差指で摘み、軽く力を込める。

 前世の俺なら、鋼鉄の棒であろうと飴細工のように捻じ切れた。その感覚で、ほんの少し指先に力を――。


 ――ピキッ。


「っ……」


 痛みが走ったのは、シャーペンではなく俺の指の方だった。

 指先の皮膚が赤くなり、爪の間がジンジンと痺れる。シャーペンは少したわんだだけで、折れる気配すらない。


(マジかよ……)


 俺は愕然として、自分の白い掌を見つめた。

 マメ一つない、綺麗な学生の手。

 魔力を通すための回路パスは完全に錆びつき、閉塞している。

 筋肉は装飾品レベルに薄く、神経伝達速度もカメのように遅い。


 ナマクラだ。

 今の俺は、ただの肉の塊に過ぎない。


(それに、何だこの世界は)


 俺は目を細め、空間を見据えた。

 魔術師にとっての酸素とも言える『魔素マナ』。

 それが、この教室には――いや、この世界には絶望的なほど存在しなかった。


 魔素ゼロ。

 真空の中に放り出された魚のような気分だ。


「おい、行くぞー。今日ゲーセン寄るんだろ?」


「……いや、パスだ」


「はあ? 珍しいな。付き合い悪いぞ」


 鞄を肩にかけ、俺は席を立った。

 その動作一つとっても、バランスの悪さに舌打ちしたくなる。

 重心が高い。足音がうるさい。隙だらけだ。もし今、教室のドアからゴブリンが一匹でも入ってきたら、俺は喉を食い破られて死ぬだろう。


 かつての剣帝が、ゴブリン一匹に殺される。

 その想像だけで、背筋が凍るような悪寒と、猛烈な屈辱が込み上げてきた。


「悪いな榊。今日は……やることができた」


「なんだよ、急に真面目腐った顔して」


 榊は肩をすくめ、他の友人の元へ歩いていった。

 教室内では、女子生徒たちがスマホを見ながら笑い合い、男子たちがふざけ合っている。

 誰も知らないのだ。

 この平和が、薄氷の上に成り立っていることなど。


(……この感覚)


 俺はふと、窓の外へ視線を投げた。

 どこまでも青く、穏やかな空。

 だが、俺の鍛え上げられた魂の感覚センサーが、微かな違和感を捉えていた。


 魔素が枯渇したこの世界に、蟻の這い出るような、極小の「穴」が空き始めている気配。

 まだ誰も気づいていない。

 世界が変質しようとしていることに。


「……リハビリが必要だな」


 俺は誰にも聞こえない声で呟き、拳を握りしめた。

 握力はおそらく30キロ程度。笑えない数字だ。


 だが、知識はある。経験もある。

 何より、俺はこの世界でただ一人、これから訪れる「ルール変更」を知っている。


 ナマクラな体を抱え、俺は教室を出た。

 放課後のチャイムが、どこか開戦の合図のように聞こえた。



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お読みいただきありがとうございます!


本作は第1部のクライマックスまで一気にお楽しみいただけるよう、下記のスケジュールで更新してまいります。


【今後の更新予定】

・本日: この後、さらに2話(19:40、20:10)投稿!(計3話)

・明日: 3話(19:10、19:40、20:10) 投稿

・明後日以降: 毎日2話(19:10、20:10)ずつ更新(第19話まで)

・20話以降: 毎日1話(19:10)ずつ更新



怒涛の展開が続きますので、ぜひこのビッグウェーブに乗って、黒瀬の無双劇をお楽しみください!


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