第3話 1年前

 これから私は、私自身に「新卒一年で会社を辞めた女」という履歴書タトゥーを入れるのだ。


 ほかの人はまだ始業前なのに、営業先への電話でペコペコとお辞儀をしている。一方の奴は、私が奴のデスク前に立っても競馬新聞を読んで私に気づいていないふりを続けているが、私はそれに気がついている。
 

 四文字。四文字だけ。




「あの」



 奴の視線は私の方に一ミリも動かない。



「辞めます」



 これは相談事ではない。決定事項だ。



「は?んなもんできるわけ…」



 私はくるっと進行方向を変えて、エレベータに向かう。
段々と奴の声は小さくなっているが、止まることはなかった。

「閉」ボタンで奴のその声とも、この会社とも縁を切る。

 会社を逃げるように出て、駅に着くまでにすれ違った人たちは早歩きのサラリーマンばかり。彼らの一日はこれから始まる。





「ただいま」
 


ゴミ屋敷になった誰もいない家に言う。


 着信十五件。さっきからサイレントモードなんて意味がないくらい携帯がうるさい。
 もう全てどうでもいい。
 

 久しぶりに布団の温もりを感じる。そういえば布団で寝るのいつぶりだっけ。そんなことを考えながら、ぐっすり眠りについた。


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猫になる 九十九 紺 @nonbiri___

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