なにももんだいはない

ナナマル

第1話

またか――

壁に掛けた表彰状だ。近くを通るトラックのせいか、それとも換気に開けた窓のせいなのか、気が付くといつも斜めになっている。


どうせ、またずれるんだし。


そのままにしてしまってもいい。でも、どうしてもそちらに目が行ってしまう。やれやれ、と思いながら立ち上がる。

表彰状をまっすぐに直すと、目の端に違和感を覚えて、そちらに目線を移した。

カラーボックスの上。何らかのキャラクターの貯金箱が、斜めを向いて立っている。


まっすぐだったよね?


斜めにずれる、というのが気持ち悪いのだ。それが、表彰状と同じ原因なのか、同じようにずれている。


こんな重いもの、ずれたりするかな。


肌が泡立つような感覚を覚えながらも、そっと元に戻した。

――しばらくは何もなかったと思う。


取引先の苦情の対処で疲労困憊し、買ってきた弁当を机に広げるが、食べるための道具――箸が入ってなかった。


いうのわすれてたっけ


疲労のせいか、覚えていない。よろよろと立ち上がると、カトラリーをしまっている台所へと向かった。几帳面な彼女らしく、箸をしまってある一番上の引き出しを、迷わず開けた。


あれ…入ってない?


そこにはナイフとフォーク、スプーンといったいわゆる西洋風のカトラリーが並んでいた。


これ……二番目の引き出しに入れてたはず。なんで?


一番上には箸、れんげ、箸置き、楊枝。そういうものが入っていたはずだ。

覚えはなかったが、疲れた頭ではもう考えることも億劫になり、片付けなおしたのを忘れたのだ、と思うことにした。


久しぶりに、家で映画でも見ながらゆっくりと過ごそうと決めた休日。カラーボックスの中ほどにおいてあるはずのお気に入りのアロマキャンドルを取り出そうとして気が付く。


アロマキャンドルがない


使ったっけ?いや、ここのところ、そんなことをする余裕なんてなかった。だけど。


ないんだから、きっと使ったんだ。だって、他に考えられることなんて、きっと、ない。だから、使って忘れてしまったんだろう。何もないと思えば、何もないんだ。


だって…


明日の仕事を思って、胸が沈む。他のことを考えてる余裕なんて、今の私にはないのに。


――やった!


ついに厄介な仕事を乗り切った。今日は何かおいしい物でも買って帰ろう。頑張った自分へご褒美だ。

軽い足取りで家の中を歩く。机に可愛らしい熊をかたどったケーキを置いて、新しく買ったアロマキャンドルを出そうと、カラーボックスに目線を送る。


小さなぬいぐるみ。


可愛らしい小さな熊のぬいぐるみが、アロマキャンドルがあるはずのそこに、ちょこんと座っていた。


ああ、これはきっと、ごほうびだ。


このいえが、きっとみててくれたんだ。だから、これはごほうびで、わたしにくれたんだ。

かのじょは、もう、なにももんだいはなかった。

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