第3話
屋内の広場だった。
テニスコートほどの大きさで区切られたステージがいくつかあり、その一部を使って決闘がおこなわれる――なんだなんだと野次馬がやってくるが、ギャラリーはこれでも少ない方らしい。
まあ、成績優秀者と落ちこぼれの一騎打ちだ。注目度はそう高くはない。単に、いま決闘をおこなう組がアポロたちしかいないので視線が集まっているだけだろう。
戦術を練る間もなく、アポロとロコットがステージへ上がった。
ユーカが、首輪の調子を確かめながら前へ出る。
「いってくる、アポロ」
そして、ロコットが連れてきたヒトモンは…………あれ??
「あ――エソラ!?」
「ん? ……ユーカ!?」
行方不明だった三井エソラだった。
黒髪おさげの真面目ちゃん雰囲気は変わらずだ。ただ……、以前はかけていたメガネをかけていなかった。メガネの同志だね、と言っていたのに気づけばコンタクトである。
いいけど、とユーカも非難はしないが、モヤモヤが残ってしまう。
小さいなあ、と自分で自分に呆れる。
ともあれ、久しぶりの再会だが、雑談ができる状況ではなかった。
決闘の直前、しかも対戦相手という特殊な環境……。
なんて偶然だ。
「ユーカも……きてたのね……」
「ついさっきだよ。コミケに行ったら魔法陣が出てさ、そのままこの世界に――」
「コミケ!? あぁっ、そっか……うぅ、行けなかったぁ……」
エソラががくっと膝をつき、両手を地面に……落ち込んでいる。
そんな彼女に、ロコットは容赦がなかった。
「ちょっと、立ちなさいよ」と言いながらムチを振っている。
「きゃっ!? 当たってるけどロコット!?」
「こんのウマしか子。早くあいつをぶっ飛ばしてきなさい!!」
「はいはい……えー、ユーカと戦うの……? ほんとに?」
エソラの方に躊躇があるのか、と思えば、違うようだ。
彼女はにやりと笑っていた。だが、憎いから、ではなく、あるのは期待だろう。
――ユーカも気持ちは同じだった。こんな異世界、初めて戦う相手がよく知っている相手で、しかも同じ趣味で同志となれば。
実力者同士のチェスのように、既に仕掛け合いは始まっているのだ。
「ルールは? ロコット」
「――決闘。命を取るような攻撃をすれば首輪が自動で防護魔法を発動させるわ。先に防護魔法が発動した方が負け……いいわね?」
「分かった。ユーカもそれでいいよね?」
「いいよ。アポロは?」
「う、うむも、それで」
全員の了承が出たところで、決闘が開始された。
#
――魔法、と言ったが、ヒトモンは体内に魔力を持たないため魔法を使うことができない。なので、主人である魔法使いが魔法を使い、ヒトモンに貸す、というのが正しい。
エソラが持っていたのは剣の……柄だけ、だ。
柄の先はロコットによる魔法で氷の刃が作られる。
氷の剣を構えるエソラを見て、ユーカが一言。
「様になってるね」
「剣道を何年やったと思ってるの?」
エソラは剣道、ユーカは柔道だ。
部活に打ち込んでいた時期は帰るタイミングが重なることが多く、家が近所なので絡むことも多かった。そこで仲を深めたのだ。
ユーカがアニメにハマったのも、エソラが勧めたからである。
異性であることを意識しないくらいには、明け透けにお互いのことを話していた。
困った時は相談してみるくらいには近い距離にいた。そのため、エソラの剣道の腕前をユーカはよく知っている。癖も詳しく……。
まあ、その逆もまた然りだが……。
「さて、いくわよ」
「こい!」
氷の剣が振るわれた。
エソラにしては単調な動き、かと思えば、姿勢を崩した中で剣を振ってくることもある。異世界へきて矯正された動きだ。
以前まではこんな動き、しなかっただろう……、型を失くした動きだ。
いや、これこそが型破りか。
大事なところではちゃんと型通りの動きだった。ゆえに、力の伝達がしっかりしている。
「おっと」
若干、リーチが伸びていた。
僅かに氷の剣が、追加で氷を伸ばしたのだ。
リーチを読み間違えると刃にやられる……っ。
「あわわっ、ユーカっ。うむは、その……っ」
「アポロ!」
「ひゃう!?」
魔法で援護してほしいが、まだできないだろう。できたらやっているだろうし……もし使えても時間がかかるとか……。
見て動いて、では遅いアポロの援護は期待できなかった。言い方は悪いが、だからこそ落ちこぼれと呼ばれているわけで……。
無理強いはできない。そもそもアポロに魔法の援護を本気で期待しているわけではない。アポロの強みは、そこではないことをユーカはよおく知っている。
――だから、アポロにお願いすることは、ひとつだ。
「応援して!」
「お、おうえん、だけで、いいの……?」
「アポロの声が力になるんだよ!」
援護できない落ちこぼれであることに自身で苛立つものの、アポロはユーカの言葉が素直に嬉しかったようで、表情の緩みが止まらなかった。
アポロが叫ぶ。
小さな拳を握って、えい、と両手を突き上げた。
「ユーカ……がんばれーっっ!!」
「うんっ、絶対に勝ってやる!!」
『あー……うっざい』
ロコット、エソラがぼそっと……声が重なった。
ご主人とヒトモンだから似るのか、似ているから惹かれ合ったのか……。
気が合うふたりである。
「そうやって根性でどうにかしようとするところ、ムカつくのよ」
「ユーカはロリコンなのねーっと、覚えておくね」
「ちがっ――アポロはカワイイけどそんな気は一切ないっての!!」
氷の刃に殺意が乗った。
剣を避けようと足を動かせば、踏んだ地面が、ぬかるんだ。
「っ!?」
これが援護である。
しかし――、戸惑うユーカだが、知っていた。
足下を崩す、なんて、援護するなら当然のことだろう? 基礎中の基礎であり、初歩である。ユーカが、バランスを崩したフリをして前へ転がる。振るわれた刃は空振りし、エソラが振り向いたところで、寝転んでいたユーカが彼女を足蹴にした。
後ろへたたらを踏んだエソラが、ぬかるんだ地面に足を落とす。
「う、」――ずる、とバランスを崩し、彼女が転ぶ。
すかさず、ユーカが剣を蹴り飛ばした。動揺したエソラから剣を落とすのは難しいことではなかった。タイミングが合わなければ絶対にできないことだが、狙っていたとは言え運が良い。
ぬかるんだ地面にもたつくエソラに抱き着くように――。
もちろん、寝技を仕掛けるためである。昔、ふざけて寝技をかけ、異性であることをあらためて感じてドキドキしたものの、今ではもうそんなことには慣れている。
柔道家からすれば、こんなことで恥ずかしがっては柔道家の恥である。
ユーカの腕がエソラの首へ入る。
完全に決まっただろう……抜け出せないはずだ。
「っ、エソラ!?」
「なにかできるか、ロコット。魔法で援護してもエソラを巻き込むだろう?」
「ッ」
「が、がんばれっ、ユーカ!」
「ああ、がんばるよ!」
意識を奪い、エソラを落とす――このままいけば、死の危険を感じた首輪が防護魔法を発動させるはずだ。
「ゆ、ゆー、……か……」
「エソラ、ギブアップするか?」
「ふ、ひ……しない、けど……?」
「なら、もっと強く絞めて――」
ぇげ、と喉が絞まったはずだ。
エソラの意識が遠ざかっていくように、瞳から色が失われていく……。
無意識だろう……虫の息であるがゆえに本音が呟かれた。
「たの、しー、ね……あに、めの、世界に、さ……入ったみた、い……」
「同感だよ。やってることは剣道、柔道の延長だけどさ」
「それ、でも……」
エソラの声はもう出ない。
だけど、口だけは動いている。その動きだけで、ユーカに伝わった。
――退屈だった向こうの世界よりはマシよね。
本気でアニメの世界に入りたいと思っていたふたりにとっては、ここは理想の世界だ。
過酷ではあるけど、でも、楽しい世界。
少なくとも毎日が平坦でワクワクしない、なんてことはない――
だからこそ、異世界は、面白い。
「ゆ、ーか、と、ここで会えて、よか……」
瞬間、エソラの防護魔法が発動し、ユーカが外へ弾き飛ばされた。
這いつくばったまま咳き込むエソラに駆け寄るロコット。
優等生である彼女は、意外にも大粒の涙を流しながらエソラを労っていて……、
「ありがとう」と呟いた後、ロコットがユーカを鋭く睨んだ。
ユーカはたじろぎ、目を逸らす――そんな彼の背中に、アポロが飛びついた。
「おつかれさまっ、ユーカ」
「あ、アポロ……」
「あとはうむのおしごと、だよ」
ゆっくりと、前へ進んでいくアポロがロコットの目の前へ。
えっへん、と胸を張るアポロが言った。
「ユーカの勝ち。認めないって言う? ロコット」
「ッ、アポロ……ッ」
まだ文句がありそうだが、勝負ごとには真面目なロコットが口を閉じる。
が、
「まだ、認めない……!」
「ロコット!」
「あなたがヒトモン使いとして優れているなんて認めてやらないんだからぁ!!」
倒れているエソラを魔法で浮かせて、ロコットが医務室へ向かっていった。
気づけば、増えていたギャラリーたち。
注目を浴びる中で、アポロとユーカ、ふたりが「あははっ」と笑うのだった。
……一本の矢では心許ないだろう。
だが、束ねてみたら?
……そう、簡単には折れないのだ。
「ユーカ、ごめんなさい……勝手に呼び出して……」
それは……異世界から、ってこと?
確かに、突然呼び出されたのだ。元の世界には心配をかけてしまっている人がたくさんいるだろう。もしも連絡できるならしておきたいが、でもまあ……ユーカはもう気にしていなかった。
「いいよ。僕はこっちの世界の方が好きだから……だからね、ずっと一緒にいるよ」
緩んだネクタイを直すように、首輪に触れる。
この子のために、戦ってあげようと決めた日だった。
ユーカのために。
ご
――――立派な大人に、なってやる(なるんだからっ)!!
・・・ おわり
ヒトモン!! 渡貫とゐち @josho
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