お雑煮は新たな門出を祝うお祝いのお料理です

蓮村 遼

喉に詰まるのでよく噛んで食べましょう

 2026年元日。

 昨日、というか今日は年越しムードを満喫するため遅くまで起きてたし、それに合わせて当然、起床時間もずれる。


「荒木!! お前いつまで寝てんだよ!」


 同居人の坪井が俺の部屋のドアを乱暴にノックする。

 あいつはあくまでいつも通りの生活を送りたいらしく、年末年始の特別感なんてこれっぽっちもない規則正しさで俺を叩き起こしてくる。

 やれやれと、ぼっさぼさになった頭を掻きつつ俺はリビングへと移動する。

 時刻は12時を過ぎようとしてる。しかし、これが正月時間というものだ。


「お前みたいに行事を大切にしない奴は、世間との感覚のズレを生むんだぞ。知らんぞ、遅れてる~とか、つまんない奴って言われても」

「俺は俺が納得していればそれでいいんだ。お前にとやかく言われる筋合いはない。ほら、雑煮作ったんだから食べろよ。餅溶けるだろ」


 坪井はこの時のためにと事前に用意していた塗りの椀にお吸い物と餅を入れた。

 こういうマメなところが好きな女子もいるだろうに、どうして野郎なんかといつまでも同居してるんだか。

 俺の考えを見透かしたように、坪井の鋭い視線が飛んできたから、とりあえず手を合わせ、椀を手に取る。

 醤油ベースか、透き通った汁にごぼう、ニンジン、大根、油揚げが賑やかに沈み、上にはセリが漂う。

 そして主役の餅が中央にドドンと鎮座する。

 俺は小さな違和感に気づいた。


「坪井って餅買うとき、いつも切り餅じゃなかったっけ?」


 俺の椀には丸餅が入っている。焦げ目もつかず、餅の端は汁との混ざり合いで、餅の自我を失いかけている部分がある。坪井は同居して以降、餅は焼く派だと思っている。


「あぁ、今回も餅さ、ご近所さんに貰ったんだよね。量が多くて困ってるって言ってて。餅買う前だったし、今全部高いじゃん。だから貰った」


 ふーんと納得し、俺は餅に箸をつける。


 ミョ―――――ン


 餅はありえないくらい伸びる。

 椀をテーブルに置く。箸を持ち上げる。

 腕を限界まで持ち上げる。

 立つ。椅子を引く。椅子に立つ。背伸びをする。

 ……餅は切れない。


「なぁ、これ伸びすぎじゃん?」

「行儀悪いだろ、座れ。良く伸びる餅なんだろ。もともと柔らかかったんだよ。たぶん水分が多いんだ。お前が寝坊で待たせるのが悪い。早く食え」


 坪井はスライムの如く伸びる餅を啜り上げ、旨そうに汁で流し込む。

 俺は伸びきった餅を仕方なく汁につけ直し、口に運ぶ。

 まぁ、いつも食べる餅と比べて多少は柔らかいが、まごうことなき、餅だ。

 これは子供、高齢者はひとたまりもない。確実に喉を塞いでやるぞという自信をひしひしと感じる。

 俺もやらかした。


「っ!?」


 存分に伸ばした俺が悪かったのか、汁を吸い過ぎて粘度が高まったのか。結局俺が悪いのだが、餅はそんな舐めた態度を取った俺の喉に縋りついた。


「荒木!?」


 坪井が駆け寄り俺の背中をバンバン、かなりの力で叩き上げる。


「げっほ、げほげほげほ!!!」


 間一髪、餅の犯罪歴を1つ更新するところだった。

 坪井が盛大にため息をつき、目の前に熱い番茶を出してくれる。


「おじいちゃん、餅を食べる時はまず喉を濡らしてから、少しずつ、ゆっくり食べるんだよ」


 涙目で鼻をかみながら、俺は坪井を睨みつける。お前と同じ20代を甘く見るな。まだそんな衰えちゃいない。


「違うんだよ坪井くん。餅が啜った以上の速さで俺の喉に入って来たんだって。じゃなきゃ俺噎せないもん」

「でもね、おじいちゃん。起こったことは事実だから自覚したほうが良いよ。いつまでも若いって思ってると痛い目見るからね」

「……お前、覚えてろよ?俺の方がお前よりちょっとだけ若いってとこ、今度見せてやるからな」


 坪井は俺の恨み節に我関せずでチミチミと器用に餅を食べ着々と雑煮を減らしていく。よほど丸餅が気に入ったのか、あと2つほど追加で出してきた。

 しかし、本当なのだ。俺は耄碌もうろくしていない。

 餅は本当に、自ら喉に入って来た。

 俺はそれ以上、その餅を食べ進められず箸をおいた。

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