あさおんTSヤニカス元ヤン俺っ娘合法ロリ天使
木蛾
第1話 無職と未来人とハイライト
21歳独身男、高卒でコンビニバイトのフリーター。もう成功のレールからドロップアウトし、このまま一生を終えていくのだと思っていた。それ自体は気楽なもので存外悪くないとも思いつつあったが、まさか二重底になっていたなんて、裏切られたような気分である。
「いや、えっと、あの……もう一回言いますけど自分が
自分の喉から出ている声がそれであると実感することができない。鈴を鳴らすような高い声が響いていた。
「……もう別人ってことでいいんで改めて自分雇うって形でいいですよ……あ、規則があるからできない……っすよね」
俺が今日目を覚ました時に覚えたが必死に目を逸らした強烈な違和感は、とりあえず昼のシフトの時間になったからと急いで向かった職場のコンビニで問題として発露することとなった。
「本当にそんな訳無さすぎるけど事実起きてるから仕方ないじゃないですか……」
職場から出ていく前にバックヤードにある姿見を見る。
そこに映っているのは20年以上連れ添ってきた馴染みある肉体ではない。140cm半ばくらいの、腰ほどまで髪を伸ばしサイズの合わないダボついた服を無理矢理着た、贔屓目に見て中学生、ともすれば小学生ぐらいの知らない女が立っていた。
◆
2025年1月初めの今日、俺は幸先の悪いことに新年早々失業の憂き目に合うこととなった。定職についていたわけでもないが、年単位で働いていたというのに築いた人間関係もルーチンワークとしてこなせるまでになったノウハウも全部パーだと思うと中々来るものがある。
コンビニ近くの馴染みの喫煙スペースで今後についてボーッと考える。
帰るついでに補充がてら買おうとしたら年確に引っかかったため、手持ち分を味わって吸わなければならない。
風の冷たさがブカブカの服の隙間から肌に突き刺さっているのも合わさって、なんともひもじい気持ちになってくる。
……しかし吸っていたら落ち着いてきた。やはりタバコはいい。思考をクリアにしてくれる。
スマホ片手にニュースサイトを漁り、SNSでも『女になった』や『性別が変わった』などのワードを入れて片っ端から最新順を見ても目ぼしい情報は無い。自分を除き何も世界は変わることなく、出来のいいCGを現実と合成した感じの映像が話題になって、フェイクだなんだ自分にとってどうでもいい論争が起こっている。
……自分のような孤独で年単位で連絡なんぞなくても誰も心配する人がいない人間は稀なはずだが……もし別の人間にも似たようなことが起こっていたとしても流石に表面化するのはもう少し後か。
他の候補として、誰かと体が入れ替わったという可能性もある。その場合は自撮りでもしてアプローチしてみるか?元の自分の姿の自撮りなんてものはスマホに一枚も入っていなかったため、そっち方面でできないのは面倒だ。
そこまで考えたところで、今この事態があまりにファンタジーである、ということを理解し、それに真面目に相対しようとしていることに馬鹿馬鹿しさを覚えずにはいられなかった。
そしてその上で、この肉体をどうにかするための方法は今のところ無い、という結論に辿り着かざるを得なかった。
その時、スーツを着た中年男性がこちらに歩いてくるのが見えた。この喫煙スペースでしばしば見る顔だ。名前も知らないが、いつも通り昼休みにタバコを吸いに来たのだろう。目が合ったので軽く会釈する。
すると少し驚いたような顔をし、その後に逡巡したのか若干の間を置いてこちらに話しかけてきた。
「君…ここ、この時間はあんまり人来ないけど、そんなに堂々と未成年喫煙するのはちょっと褒められたことじゃないかな」
……マジか。生まれて初めてこういうことを言われたため若干のショックだ。
一応の言い訳を言っておくしかないが、信じてもらえるか……?
「……あぁ~…すんません、こう見えて成人っす」
男性は明らかに信じていない様子であった。
「まあそう言うだろうけども……人に迷惑かけてないからいいとか思ってるかもしれないけど、本当にやめた方がいいよ。ただのお節介だし喫煙者の僕が言えた義理じゃないけどね」
即座にこの場を離れたくなったが、一本が名残惜しく、目を逸らし縮こまりながら吸うことにした。視線が痛い。
今日寝たら元通りになってないかな。というかこれ自体が夢じゃないかな。
こんな時でも変わらない17ミリの重さが、いやに現実感を掻き立ててきていた。
◆
することも無いので家に帰る。
駅からバカ遠い家賃3万のアパートの二階にあるワンルームが自分の城だ。
「ただいま……」
発した声に返事は無い。高校卒業後、地元が嫌で飛び出し、都心部──は無理だったので近郊のベッドタウンに来たはいいものの、友人も頼れる大人もなく、一人で怠惰に生きているだけであった。
とりあえずストックのタバコを数える。…が、バイトに持っていったものの他には残っていなかった。
給料日がついこないだで家賃も払い終えて、今日のバイトの帰りにでも補充しようと思ってたっけな…。
今自分が所持している全タバコが4本……?しかももう追加無し……?
全身の毛穴が開いたと思った。冷や汗が滝のように吹き出し、目の前が暗くなるような感触が襲ってくる。
落ち着くために換気扇をつけ、流しの横に灰皿を置いて、いつも通り吸う。
……後先を考えてないわけじゃない。これはルーティーンだ。普段といきなり違う行動をすると体が拒絶してコンディションが著しく下がってしまう。こんな状況ならなおさらだ。とりあえず箱の中にはまだ3本残っている。今日のところは我慢すれば、ここで吸ってもまだ耐えだろう。
手持ち無沙汰もあれなので、スマホをインカメにして自分の容姿を改めてじっくりと確認することにした。決して脳の裏をチリチリと走る焦燥感を誤魔化すためじゃない。
まず、朝起きてからずっと煩わしく感じていた、腰まで伸びた黒のストレートの髪は、かつての自分とは似ても似つかぬほどサラサラしている。肌も自分とは思えないほどきめ細かい。少し気になって袖を捲り左腕を見ると、高校で入れられた根性焼きの跡も消えていた。
顔は幼く、概算で140cm後半(願望込み)くらいの低い背と合わさってなるほど未成年と判断されるのは妥当だろう。言い張っても高校生扱いすら難しいかもしれない。
起伏は薄い。しかしそうは言っても流石に男と言い張れるようなものではない。体つきは明らかに女性的な丸みを帯びている。
全体的な容姿は清楚系、と言ったところだろうか。整ってはいるが、俺の好みでは無い。そもそもロリコンではないためそういう対象とも思えない。
改めて感じる絶望に呼出煙と共に溜め息を流していると、いつの間にやら一本を吸い切ってしまった。
ちょうどいい機会だ。落ち着いてきたし喫煙を一旦やめて窓のカーテンを思い切り開けて太陽光を浴び、伸びをする。
少し気分がよくなって深呼吸でもするためにベランダに出ると、外を歩いている大家の老夫婦が目に入った。何の気なしに眺めているとあちらも気づいたようで目が合う。
親しいというわけでも無いが、普段顔を合わせるたび挨拶を交わす程度の交流はあるため軽く会釈すると、怪訝な顔を返された。
その時一気に頭が冷える感覚がする。そうだ、今の自分は客観的には東椋じゃないじゃん。
急いで中に引っ込む。そしてスマホを使って賃貸について思い立ったことを調べる。契約書も引っ張り出して照らし合わせながら確認を行う。
……入居者が無断で変わるのはダメ。又貸しに該当し退去させられる……。
このまま長期的に留まっていると怪しまれるかもしれない。
男物のサイズが合わない服を誤魔化すため上にパーカーを羽織り、スマホ片手にポケットに財布とタバコとジッポ、携帯灰皿を入れて飛び出した。
◆
ブラブラと街を歩きながら考える。数日程度なら怪しまれないだろうし、近所付き合いも無に等しいため生活音に気を使えばバレないかもしれないが、ウチは家賃は入居者の安否確認のために月末にすぐ隣に住んでいる大家に手渡しすることになっている。その時が来たら終わりだ。家賃を滞納したら部屋に直接来る。誤魔化すことはできない。
……それに、何はともかく生きていくために金を得なければならない。金を貯めることに興味があったわけでは無いからコンビニバイトしかしていなかったが、通帳の残高は20万弱……10万はもしもの時のため切らないようにしていたラインだ。今使わない手は無いだろうが……こんなことで解禁する羽目になるとは。
仕事……履歴書は捏造するしかない。裏取りなんてめったにされないらしいがまともなところは無理だろう。容姿が未成年すぎるし、ちゃんとしたバックボーンを作れるわけがない。身分証だってどれも使えない。どう考えても新たに始めることも困難だ。脳裏に昨今の闇バイト問題やらがよぎる。
というか金稼いでどうするんだ。この体じゃタバコもろくに買えない。というか退去させられたとしたら入居できる物件があるとは思えない。親を頼るのは……嫌だし、そもそも自分が東椋だと気づいてくれないだろうから無理だろう。
ポケットに入った最後のソフトパックを握る。そもそも吸えないのにこの先生きてて意味があるのか?
もうこれ吸い切ったら死ぬかな……。
◆
しばらくして、家から少し歩いたところにある、近所の山に足を運んでいた。
今日日珍しいことに全面禁煙となっておらず、ここにはバイトの無い日に気分転換に山で吸うために登ったことが、2回ほどあった。標高は100mも無く、丘と言うほうがふさわしいかもしれない。駅からも住宅地からも若干離れていて、交通の便も悪く地元民にもハイキングにも人気があるわけでもない、しょっぱい山だ。
だが今回ばかりはそれも都合が良かった。周りに誰もいなければ目くじらを立てられることもない。
別に、今すぐ死のうと即決したわけでは無い。そこまで思い切りがいいのなら自分の人生はまだマシなものになっていただろう。
何はともかくもうどうせしばらくタバコは手に入れられないのだ。であれば最高のロケーションで吸った方がいい。そう思った。
くだらない反骨精神から近場の働いていた系列でないコンビニでコーヒーを買って山を登り始める。
すると、小さな違和感を覚えることとなった。
以前登った時は軽装でも問題無かったとはいえ、それでもちょっとした運動にはなったし、息も切れた。
現在の自分はサイズの合わない靴を履いている上、歩幅が狭くて前と比べて時間がかかるものだと考えていた。しかし、進むペースが以前と変わっていない。服装も裾を捲りまくった動きやすいとはお世辞にも言えないものであるにもかかわらず、である。
最初は肺がきれいなものになったことによる影響だと思っていたが、それでも成人男性と未成年女児の歩行速度が遜色ないものなどありえるのだろうか?
そうして山頂に辿り着いた時に時間を確認すると、前に上った時より若干早いまである記録だった。
備え付けのあまり手入れがされていないベンチに座る。目の前には自分の住んでいる町が広がっている。やはり、世界は何も変わっていない。
違和感はあるとはいえ、短い時間の運動であったが、何となくいい気分転換になったような気もしていた。体を動かしている間は、自分の体のことも今後のことも考えずにすんだ。
吸い切った後の帰路の憂鬱は往路と比べ物にならないであろうことを薄々感じながらも目を逸らして、立ち上がってちゃんと街を一望できる場所で柵にもたれ掛かりつつタバコに火をつけた。
最高に美味い。出会ってから、これのために生きてきた。そして、しばしの別れだ。
「う……」
夕日で赤く染まった街を見ながら感傷にふけっていると、背後から小さく声がした。
反射的に振り返り、出処を探す。
咥えタバコのまま少し山道の方に近づくと、意外にも早くその正体を突き止めることができた。
人が山道の外れにうつ伏せで倒れている。体格からして恐らく成人男性。
堂々と倒れているにもかかわらず登山中には気が付かなかったが、存在していることを知らなければ注意から外れるのも無理はない……か?
少し体が斜面になっている方面に乗り出していて、身じろぎしたら滑落する可能性のある危険な状態と言えることが分かった。
普段の自分なら、多分無視した。どんなに譲歩しても通報まではしても声をかけるなんてことはしなかった。
誇ることではなく、どちらかといえば恥じるべき性質だとは自覚していたが、現代人としてそれが特異であるとも考えていなかった。
この時、その男を直接助けようと思ったのは、自棄になっていたからだ。
葛藤しながらもまだそれなりに残っているタバコを携帯灰皿に落とし、傍に近寄る。するとその人物の出で立ちが分かってきた。
ベージュのダッフルコートにニット帽、それに手袋までしているというガチガチの装備だ。肌を欠片も出していない。この山に無手で挑んだ自分とは正反対のような着込みである。しかし、登山着というには動きやすさを損なっているようにも見える。どこか違和感のある恰好だと思ったが、ダボダボのパーカーとズボンを着た自分が言えた義理ではないので飲み込む。
「だ、大丈夫ですか?」
声を掛けても、反応は無い。一応安全な場所まで運んだ方がいいかと考え、恐る恐る触れられる距離に近づいていく。
「クソ……死体じゃねぇよな……」
頭をよぎった嫌な可能性を呻くように漏らしながら、数歩で手が届くといった距離まで近づいた時、その人物の周辺の石が斜面の方向に落ち、それに巻き込まれる形で滑り落ち始める。
マジかよ…!
急いで踏み込みその人物の手を掴む。冷静に考えればミスだ。死体が一つ増えるだけの結果に終わるかもしれない。だがやってしまったものは仕方ない。
「起きろ!死ぬぞ!」
俺のその呼びかけに応じてか、その人物は弾かれるように顔を上げた。
金髪碧眼の整った顔立ちをした男だった。
「あっ、重っ……!」
俺がその男を支えきれず、引っ張られかけたその時、男は状況を察したのか、手足を大きく使って跳ね飛んだ。
巻き込まれた俺も抱え、持ち上げて一息に山道に戻り、着地する。
小脇に抱えられた俺が地面に降ろされると、一気に緊張の紐が解ける。
「ぶはっ、死ぬかと思った……」
俺が大きく息を吐きながら呟き生を実感していると、その横で砂を払いながら男がすくりと立ち上がった。
その男は、見上げるほどの長身だった。今の自分からすれば大抵の人間は"見上げるほど"ではあるが、それにしても非常に高い。最低でも180はある。コートの中などを調べながら何かモニョモニョとよく分からない言葉をつぶやいていた。
顔立ちを改めて見るが、整っているということ以外どうにも捉えどころがないと感じた。変わらない表情も含めて作り物のような印象すらある。年齢も若いことは察することができたが、二十代より低くても高くても納得ができる、そう思った。
男はキョロキョロと自分が元居た場所や周辺を観察していたが、改めてこちらに向き直り喋りかけてくる。
意外にも、男の口から出てきたのは非常に流暢な日本語だった。
「君の助けが無ければ滑落していた。感謝する」
「いや別に……あぁ、いや、どういたしまして」
普段人助けなんてしないため、気恥ずかしさから誤魔化そうとしてしまったが、感謝は素直に受け取ることにした。うん、気分は悪くない。
ちょっと清々しい気分のままあぐらをかき、タバコを咥える。さっきとは変わり一応目の前に他人がいて配慮する必要があるということに気づき、草木に触って周囲を調べている様子の男に声を掛ける。
「あ~、吸っていい?」
「お好きに」
俺がその言葉に甘えてタバコに火を付けて吸うと、再び男は俺に向かって話しかけてきた。
「すまない、今の年月日を教えてくれないだろうか」
「えっ?…2025年の1月6日だけど」
まるでタイムスリップをしたみたいだな、と思ったが口には出さなかった。
しばらく遭難でもしていたのだろうか?……こんな山で?
「暦は?」
「普通に西暦だけど……」
「そうか……国は、日本だな?具体的な地名は?正確な緯度経度も教えてもらいたい」
「……あァ?何だお前」
矢継ぎ早に聞いてきたことが予想外で一瞬面食らったが、こちらもヤニも入れてこの状況に対して若干の余裕が出てきた。
仕事でもなく初見でタメ口をきいてくる相手に対して配慮する余裕は無い。こちらもそれなりの態度で応対してやる。
「そんくらい自分で調べろや。スマホくらいあんだろ。急になんなんだよ、俺はお前を成り行き上助けたが親じゃねぇんだぞ」
「ふむ……申し訳ない」
その男はこちらの言葉を聞き流し、太陽のある方角をしばらく見たかと思うと、合点がいったと言わんばかりに頷いた。
「…本当に大丈夫か?頭とか」
「心配無用だ。意識ははっきりしていて、脳震盪も出血もしていない」
俺の飛ばした皮肉は通じなかったようだ。
その奇妙な男が口元に手を当て考え込む。
「何か礼をしたいところだが、生憎私は君に渡せるような価値のあるものは無い。そうだな……どうするか……」
男はそんなことを言ってきたが、こんな不審者から物をもらうのも深いかかわりになるのも、こっちから願い下げだ。
「別にいい。金でももらえるならともかく、そういうのはめんどくさいから」
「そうか」
俺が礼を断ると、男も深追いはせずに話を終わらせた。
「私の名はダンテと言う。もし次に会うことがあれば、その時はできる限りの礼をしよう」
それだけ言うと、男──ダンテは山道を下り始める。
そのまま流しそうになって、ふとこいつはここで倒れていたということを思い出した。
後ろ姿に向かって声を張る。
「あんた、下山の仕方分かってんの?案内してやろうか」
「問題ない、君のその装備や態度からして、ここはそう険しい山でもないだろう」
「それはそうだけど……そこでぶっ倒れてた奴が言うセリフじゃないだろ」
「……客観的に見れば信頼できないのは理解できるが、本当に問題ない」
振り返ることなくずんずんと迷いなく進むが何とも心配になり、一気に吸い切り走って近寄り横に着く。歩幅の差からこっちは小走りしないといけないのがしんどい。
顔を見上げながら話しかける。
「乗り掛かった舟だ。交番まででも案内してやらぁ」
「結構だ。君のような少女が、平日の昼に私のような不審者と交番に行ったら補導されるぞ」
「俺は少女じゃねぇよ……少女だと思って喫煙見逃してたん?」
「ふむ?そうだが……君は──」
木を引き裂くような異音がした。
その瞬間、ダンテが俺を抱えて横に大きく飛ぶ。俺たちが元居た場所に何かが衝突し、大きく抉れる。
それは、木々をなぎ倒しながら、緩慢にこちらを振り返った。巨大な獣だ。よく似たシルエットからして熊かと思ったが、違う。この世の生物ではないと思った。
立ち上がった姿が大きすぎるということも、紙のように木を爪で切り裂いているからでもない。ここらへんで熊が出没しないからということでも無い。
単に脚が合計6本あった。そんな熊を俺は知らない。
一瞬顔を見合わせた後、俺とダンテは山道を走って駆け下りる。
「やっべぇ!なんだありゃ!?お前が連れてきたとかじゃないよな!?」
「違う、私も知らん!」
後ろから大きな咆哮が聞こえた。その後に轟音がしてこちらに向かって走ってきていることが分かる。
並走していたダンテが止まり、怪物の方を向いた。
「君はこのまま走って逃げろ!私はここでアレを倒す」
「はぁ!?できるわけねぇだろ!」
「速さからして、このままでは私はともかく君が追いつかれることは自明だ。それに、放置して人里まで降りたときの被害は計り知れない。ここで対処する!」
そう言いながら、おもちゃのような見た目のゴテゴテした銃を取り出した。
「なっ、なんだそりゃ!今ここで自分が死んじゃ元も子もねぇだろ!」
「ほう、そうか」
ダンテは怪物の方向を向いていた瞳を一瞬こちらに向け、
「この時代では
俺が言葉に詰まったのを見て、ダンテはそれまでの無表情を崩して小さく笑ったように見えた。
遠目に、例の怪物が見える。
「少し意地が悪かったな。それが普通だ、君は離れてろ」
ダンテは、その場から文字通り消えた。
そして次の瞬間、怪物の背後から閃光が走り、怪物の動きが止まる。
どこか奇妙なところがあったあの男が、何か超人的な力を持っているというのは間違いないらしい。
なら、心配はいらないだろう。
そう思って街に向かって走りながら、先ほどのダンテとの会話を反芻していた。
……ナメられたよな。
俺に、助ける気概が無いってか?あの化け物に怖気づいたってか?
ポケットの中のタバコのパックを見る。あと一本しか入っていない。
これが無くなったら、俺は恐らくタバコを吸うことはできなくなる。つまり生きる理由も無くなる。
タバコを咥えて火を付けると、そのまま走る。当然、それまでとは逆方向に向かって。
なぜか、走っている最中に全能感が体から湧き出てくる。
視界に、怪物から紙一重で逃げながら、銃から放たれる電撃のような閃光を当てているダンテの姿が少しずつ見えてくる。明らかにさっきより離れているのに、一瞬でそこにたどり着いたということに疑問を抱きもしなかった。
怪物はダンテに引き付けられ、こちらの存在に気づいていない。
ダンテの銃の閃光が何発か当たって動きが鈍った瞬間、思い切り踏み込んで飛び上がる。
「テメェにだけカッコつかせねぇよ!」
そう叫んで、飛び蹴りを怪物にお見舞いする。
明らかに大きさには差があるというのに、怪物はその勢いのまま転がり、動かなくなる。
ダンテがこちらの姿を確認した時、驚いたように目を見開いた。ざまあない。
「へへっ、どんなもんよ」
「……君……その姿は?」
「んあ?」
その時、俺は自分の体に変化が起こっていることを理解した。
髪は純白に染まり、意思を持っているかのように大きく広がっている。
そして、腕を広げたよりも大きい翼が肩甲骨らへんから生えていた。まさか……そう思って視界の上を確認するが、そこには何も無い。
「……いや、あるぞ」
俺の目の動きから察したらしいダンテが懐から取り出した手鏡をみると、頭の上には小さな光輪が浮かんでいた。というか目の色も違う。金色になっていた。
「んだこれ!?」
俺がワーワー騒いでいると、ダンテが何かに反応したことに気づく。そちらに目をやると、蹴り飛ばした怪物が上体を起こしているのが見えた。
「今それどころじゃねんだよ!」
全能感の赴くまま、思い切り腕を振るう。
すると、光線が怪物の方に放たれ、その体に風穴が空いたかと思うと、一瞬の間をおいて爆散した。死体は霧散していく。
「え~……!?うっそ……」
自分の喉から間抜けな声が漏れる。
ダンテを見るとあちらも目を丸くしている。明らかにこいつの差し金とかではないことは分かった。
一瞬静寂が支配したその空間で、ずっと咥えていたタバコの灰が落ちた。
「あっ、やべ山火事になる」
携帯灰皿を取り出して名残惜しくもそれどころではないためタバコをそこにぶち込む。
状況を改めて把握しようとしたその瞬間、視界が暗転した。
◆
目を覚ますと、山頂のベンチに横たえられていた。寝心地は最悪だったが、ベンチにはダンテが着ていたコートが敷いてあり、硬さが若干軽減されている。視界に入ってきた髪を確認すると、元の黒に戻っていた。背中の羽の感触もない。
あれはいったい何だったのか、夢ならどこまでが夢だったのか……。上体を起こして周囲を見回す。すると、離れたところで何かをいじっていたダンテがこちらの様子に気づいたのか目を向けてくる。少なくとも、あいつと出会ったところまでは現実だったらしい。
「起きたか」
ダンテは近づいてきて、頭を下げた。
「協力感謝する。今の私には大した礼もできないが、いずれこの恩は返す」
「いや、そんな……俺は捨て鉢になってただけだよ」
「だとしても、結果として君がいることによって私は助けられた」
真っすぐと見つめてくる目から顔を逸らし、夕日を見つめる。もうそんな時間か……街並みに溶けるような夕焼けを眺めていると、今日の出来事が全て幻なんじゃないかと思えてきた。
……幻なら、幻なりの活用法があるか。
「じゃあさ、俺の話を聞いてくれないか」
「もちろん。そんなことでいいのなら、いくらでも」
「……ありがとう。そうだな……まず、俺の名前は東椋って言って、漢字は方角の東にムクノキの椋──」
俺はそこから自分の身の上を語った。故郷のことや、今の自分のこと。性転換したことだけじゃなく、何もかも話した。この馬鹿馬鹿しい事態を話せる相手が欲しかった。一緒に笑い飛ばしてほしかった。
しかし、ダンテは静かに、時折頷きながら聞いていた。ずっと変わることない無表情だったが、聞き流しているわけではないということは確信が持つことができるもので、俺が望んでいた反応では無かったが、存外気持ちよかった。
話が終わるころには、日が完全に落ち、周囲は暗闇に包まれていた。
「ま、こんなところだよ。つまらない話だろ?」
「つまらなくはないさ。……ふむ、つまり本来の男の姿にいち早く戻りたい、ということか」
ダンテが最終的に出した結論は、俺にとって予想外のものであった。
そんな棚からぼた餅的にあっさり解決するのかと若干期待しながらも、半信半疑に答える。
「え?いやまぁ、見た目なんて正直どうでもいいけど、このままじゃ毎日ハイライトを吸うのも満足にできねぇし……できるならしたいけど、できんの?」
「すまない、説明不足だった。私が今すぐ直接そういったことをすることはできない。そうだな……」
ダンテは少し考えるそぶりを見せた後、こちらの目をしっかりと見つつ大仰な仕草で話し出した。
「改めて自己紹介をしよう。私はダンテ。西暦だと3412年から来た、平易な言い方をするとタイムトラベラーであり未来人だ」
「は?」
俺の困惑をよそに、一気に捲くし立ててくる。
「私はある目的のため時間跳躍を行ったが、どのような原因によるものか本来の目的の時間とは異なるこの時間に不時着してしまったようだ。先ほど調べたが、いわゆるタイムマシン……この時代に想像されていたようなものとは違うが、時間跳躍に必要な装置も故障している」
ダンテは、俺の目をまっすぐと見つめながら言葉を紡ぐ。
「ちょっと……ちょっと、待ってくれ。み、未来人?」
「ああ。時空調査局実働調査員No.6、それが私だ」
懐から名刺を取り出して差し出してくる。そこにはラテン文字で、英語ではない言語で書かれた文章と、ダンテの顔写真が乗っていた。
「えぇ~……お前そういうタイプか……」
「信じられないのは当たり前だが、事実だ。証明と言っては何だが、この電撃銃も、未来の技術によって作られた」
そう言って、先ほど戦闘で使っていたおもちゃのような銃を見せてくる。どう見ても弾丸が発射されるような機構は無く、オーバーテクノロジーなのかもしれないが……。
「そりゃ証明にはなんねぇだろ」
「それもそうだ。信じてくれという他ない」
名刺を指で弾いたり擦ったりしてみるが、特に何の変哲もない紙でできたもののようだった。ベタにホログラムが仕込まれていたりチップが埋め込まれていたりすることもなさそうだ。
「話を戻すが……このタイムマシンの故障は衝撃によるものなどではない。この時代に存在する何かしらの影響を受けている。私はそれの解消のために行動するのだが……その原因には、おそらく君の肉体が変化してしまったこととも因果関係がある可能性が高い」
そう淡々と言葉を紡ぐダンテは至極真剣な顔をしていて、冗談を言っているというようには見えなかった。
本命はこいつが妄想に憑りつかれているか、対抗はとんでもない役者か──大穴で、本物の未来人か。
「にわかには信じがたいが、俺の肉体とあんたの問題の因果関係に根拠はあるのか?」
「ある。しかし、申し訳ないが説明はできない」
そこで言葉を区切り、ダンテはここからが本題だと言わんばかりに一息入れた。
「そして私は東椋、君に対して事態の解決に向けて協力を要請したい。あの怪物は私にとってもその正体を把握できていない、想定外のものだった。君のその力は非常に強力で、あれらに対応する際に役に立つ可能性が高いし、現地協力者がいたほうがスムーズに進むことも多々ある」
「怪物を知らないって……じゃあ俺のあの姿が変わるアレも分かんないのか」
「あぁ」
そう言うと、ダンテは自分から話すことはもう無いとばかりに手を広げた。
「当然、強制はしない。そして、重ねて申し訳ないが現時点で協力者で無い人間にこれ以上話せることは無い。肯定するにしろ否定するにしろ、この場で結論を出してくれ」
「一方的に色々言うだけ言いやがって……もし、協力しないと言ったらどうするんだ?」
「私一人で事態の解決に奔走するだけだ。その場合でも私が問題を解決した暁には、君も元に戻るかもしれない。君が危険を冒す必要性は無い。君に協力を要請しているのは完全に私の都合であるし、報酬は現状が早々に解決できる、ということのみになる可能性は高い」
「……それ、お前に行く当てはあんのか?」
「無いが、無手で生きていくノウハウはいくらでもある。東椋、君が気にすることは無い」
この男を信頼できるか?そもそも未来人というのが意味不明で不審すぎる。
だがこいつは明らかに尋常ではないし、それは自分も同じで、だとすればこいつに近づくことが解決の糸口になるというのは否定できない。
今日自分がおかしくなって、その日のうちにこの男と出会った。これを偶然と片付けていいものなのか?……いや、もしかしたらここまでがこいつの仕込みで、俺を身内に引き入れるための作戦という可能性も……。
ぐるぐると頭の中を思考が駆け巡る。あぁ、タバコが欲しい……。
──タバコ?
その時、とある打算が頭に浮かんだ。現状の大いなる問題を解決する妙案だ。そしてそれにはダンテが必要だった。
「いいんだけどよ……ちょっと、俺と行動するに当たっていくつか付き合ってもらっていいか?」
「当然、できることなら付き合うさ」
言質は取った。
「よっしゃ、乗った!まっ、バイト飛ばされてやることもねぇしな。賃貸追い出されるまで猶予も無いし、当てがあるなら人手は多い方がいいだろ」
「感謝する」
急にテンションを上げた俺を気にすることもなく、ダンテは再び改めて頭を下げる。
話が纏まったと思ったその時、ダンテが手をこちらに伸ばしてきた。
意図が分からず手とダンテの顔の間を視線が彷徨う。
「……なんだよ。いざ協力関係になった途端金品でも要求してくる気か?」
「違う、握手だ。不快にさせたならすまない」
「えっ、あぁ……いや、こっちこそ悪いな」
おずおずとダンテが差し出してきた手を取る。しっかりと握り返されると、勘違いしてしまったことや、やたらかしこまったやり取りに気恥ずかしさを感じてしまう。
ダンテの手は今の俺よりはるかに大きく、そこはかとなく頼もしく思えた。
色々話すべきことは山積みだったがあらゆることを横に置き、俺は閃いた作戦を達成するため、ダンテを引き連れて山から下り、コンビニに寄る。
──やはりそうだ。俺は天才かもしれない。
今朝の鬱々とした気分とは一転して最高の気分だった。抑圧からの解放、これに勝る快楽は無い。
家に帰ると、一瞬面食らった様子のダンテが手に提げている色々入ったコンビニ袋の中から、見慣れたブルーのパッケージを取り出す。
歩きながら箱を叩いて葉を詰め最短経路で流しに向かい、最速で煙を思い切り肺に入れる。焦りすぎたせいでヤニクラしかける感覚も心地よい。
「あぁ~……お前最高だわ……」
そう、ダンテがいれば年齢確認を突破できる。こいつは、最高の味方だ。
サムズアップする俺を横目に、ダンテは初めて表情を大きく崩した。
「……まぁ、うん、私がいることで多少なりとも満足できたならよかったよ」
こうして、性転換した俺と未来人を名乗る奇妙な男との、お互い元に戻るための共同戦線が始まった。
あさおんTSヤニカス元ヤン俺っ娘合法ロリ天使 木蛾 @cloudear
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