私は主人公補正バリバリの悪役令嬢になりたかったんですけど!

ましーな太郎

第1話 星降る夜に

 ​それは夜の帳を切り裂く、あまりに無慈悲な終止符だった。


 ​見上げれば、薄情なほどに美しい紺碧。


 散りばめられた夜の粒子は、誰のものでもない涙の痕。


 届かぬほどの距離から、慈しむように、星の海はただ私の視界を埋め尽くす。


「綺麗……まるで、私の孤独を映し出す鏡のようね」


 ​​なんて、酔いしれた脳内ポエムを披露していた、その時だった。


 宇宙の彼方から、一筋の閃光が、私の人生にダイレクト・アタックをキメた。


「ひゃあああああああああああああっ!!」


 ​拒絶も祈りも間に合わない。

 運命という名の物理攻撃シューティングスターが、寸分の狂いもなく私の脳天にクリティカルヒット。


 視界を埋め尽くす白銀の輝き。私の意識は、あまりにあっけなく永遠の闇へと溶けていった……。


 あー、死んだ。これ、絶対に死んだわ。

 まだまだ積みゲーも、やり残したクエストも山ほどあったのになー。


「あ、どもー。宇宙のトップランナー、ステラ様でーす☆」


 ​──と思っていたら、変なのが出た。


 ​暗闇にぷかぷかと浮いていたのは、パステルイエローの星型クッション。先端にはなぜかフワフワのファーがついている。

 それが動くたびに、金色の粉(たぶん鱗粉の類)を景気よく撒き散らしていた。

 ​

「え、えーっと……ステラ様?」


 ​私が困惑しながら呼びかけると、その星型ボディが「ポヨン!」と安っぽい音を立てて弾んだ。


「そうだよー! 時空を股にかけるスーパースター、ステラ様だよー。いやぁ、ごめんねぇ? ボクの夢の欠片が、君の脳天にストライクしちゃって。運命っていうか……うん、ぶっちゃけ不可抗力の事故だね、これっ!」


 ​やる気ゼロな刺繍の顔のまま、ステラ様は私の鼻先まで超接近してくると、短い手で私の肩をポンと叩いた。


 感触は、控えめに言ってポリエステル100%のぬいぐるみだ。


「でもこれぞ宇宙規模のラッキー・アクシデント! 死なせっぱなしも寝覚めが悪いねぇ。今日は特別にステラ様が、君の望む『理想の人生』へのプラチナチケットをプレゼントしちゃう! さあさあ、何が望みかなぁ? 言ってみなー?」


 ​ステラ様は金粉をこれでもかと撒き散らしながら、宙で華麗に一回転。


「へっくし!」


「あ、今の、鼻に入った? ごめんねー」


 ​私は鼻をムズムズさせながら、必死に頭を回転させる。

 生前の私は、悪役令嬢モノの小説にどっぷりハマっていた。

 お嬢様パワーで周囲を圧倒し、最後には華麗に『ざまぁ』を回避して真実の愛を掴む……そんな女性像に、ひそかに憧れていたのだ。


「悪役令嬢にしてください! 華やかで、権力があって、最後には破滅を回避できる、そんなポジションに!」


「あくやくれじょー? ちょっと君の記憶、のぞかせてもらうねぇ。んー? あー、はいはい! これね! 理解わかった、把握わかった、お安い御用だよー」


 ​よし、勝ったな。

 自称・宇宙のスーパースターが請け負ってくれたのだ、バラ色の異世界生活は約束されたも同然!


「じゃあ、君が遊んだ世界、今からボクが再現してくるねぇ。君も知ってる世界の方が馴染みやすいでしょ?」

 ​

「世界を今から!? 本当ですか!?」


 ​そして、ぬいぐるみは「バイバーイ」と軽いノリでどこかへ消えた。


 え?

 もしかして世界ができるまで、私はこの無の空間で待機?

 世界創生なんて、普通は何十億年とかかかるプロジェクトじゃないの?

 コンビニに行くくらいのノリだったけど大丈夫?


 ​不安に駆られたのも束の間、ステラ様が爆速で帰ってきた。


「久しぶりー! 三億年ぶりくらい?」


「はやっ! 三分も経ってないですよ!?」


「あ、そう? まぁ、細かい時間の概念はいっかー。さっそく君の魂をコンバートするね〜」


 ​これは三億年分のクオリティが三分に凝縮されているのか?

 それとも単に仕事が超絶雑なだけなのか?


 問い詰める暇もなく、ステラ様は短い手をぶんぶんと振り回し「えいっ」とポーズを決めた。


「それじゃ、いってらっしゃーい! 破滅しないように頑張ってねー!」


 ​視界が真っ白な光に包まれた。


           ◇


 ​​​そして、ようやく私としての記憶が覚醒したのは、物心がついた頃だった。


 ​窓ガラスを覗き込めば、そこには透き通るような青緑の髪をした、可憐な幼子が映っている。

 ぷにぷにした頬を思いっきり引っ張ってみる。

 うん、痛い。現実だ。


「クオナ様、窓枠に登ってはいけませんよ」


 ​窓の反射を利用して、私の顔で遊んでいると、濃紺の髪をシニヨンにまとめたクール系美人(たぶん、侍女)に呼び止められた。


 クオナ。

 どうやらそれが私の名前らしい。


 ​いや、誰……?


 おいステラ、私の知ってる世界を創るって言ったよね!?

 私の読書データの中に、クオナなんて名前の悪役令嬢は一人も存在してないんだけど!

 あのぬいぐるみ、「把握った」とか言いながら、絶対に適当な世界をデッチ上げたでしょ!


 ふぅ……とはいえ、だ。

 ぐるりと見渡せば、キラッキラの豪邸。

 使用人さんも何十人もいるし、お庭には噴水、置いてある家具は全部、お高いオーラがビンビンに出てる。

 そして、廊下ですれ違うメイドさんたちは、髪色がカラフルな美女ばかり。


「これは間違いなく、異世界……かつ、勝ち組の令嬢……!」


 ​うん、方向性としては間違ってない。

 異世界の令嬢に転生したのは確定だ。

 でも、肝心の「攻略対象」や「ヒロイン」が誰なのかがさっぱり分からない。

 このままじゃ原作知識による破滅回避も、華麗な逆転劇も、ただの妄想のままだ。


「こんなことなら、転生先くらい指定しておくんだった!」


 ​豪華な子供部屋の真ん中で、私は頭を抱えた。


 ​そこへ、ガチャリと扉が開く音。


「クオナー、パパだよー」


 来たか、お父様!

 つまりこの贅を尽くした屋敷の主!

 この世界の方向性を指し示してくれる銀髪か漆黒の髪の超絶イケメン公爵様に違いない!


「…………」


 私の網膜は必死にイケメン成分を探して彷徨う。

 ​なぜか見当たらない。

 そこにいたのは、どこにでもいそうなフツーの茶髪。

 3歩歩いたら顔を忘れる自信があるくらいの、服の豪華さに顔が完全に負けちゃってる壮年男性だった。


「よしよし、今日もクオナは可愛いねぇ」


 ​お父様、威厳を纏うの忘れてませんか?

 この屋敷の主ならもっとこう、一瞥するだけで周囲を凍り付かせる冷気とか、歩くたびに薔薇が舞うようなエフェクトとかあるでしょ!


 ​というか、パッパを直視して気づいたけれど、この屋敷には決定的な違和感がある。

 侍女たちはハイレベルな美女揃いなのに、さっきから視界を掠める執事や庭師といった男性陣は、ことごとくフツメンなのだ。


 あろうことか、この家のトップであるはずの私のパッパまで、背景に溶け込みそうなモブ顔ってどういうこと!?

 ​これ、家主の趣味なの?

 それともこの世界、イケメンが絶滅危惧種に指定されてるわけ!?


 ​あ、ちょっと待って。

 もしかして私の「悪役令嬢」というオーダー、イケメン要素が漏れてた!?

 悪役令嬢とイケメンはセットが当たり前すぎて、前提条件に入れるのを忘れてた!

 いや、だとしてもおかしいでしょ!

 どうして女性陣の解像度だけ無駄に高いんだよ!


          ◇


 ​そんな宇宙規模の疑念を抱きながら一年が過ぎ、私は五歳になった。


 この一年、私は無能な幼児のフリをかなぐり捨て、侍女(エリーザというらしい)を相手に徹底的な情報収集を敢行。


 その結果、いくつか分かったことがある。


 ​まず、この世界には当たり前のように魔法が存在する。

 窓の外、空中で優雅に箒を操りながら窓を拭くメイドさんと目が合った時は、流石に声が出た。

 うーん、流石、異世界。


 そして、私はどうやら由緒正しい魔導家系の令嬢らしい。

 それもただの貴族ではない。

 私のお祖母様は『ラ・レーヌ(女王)』という、仰々しい地位に君臨している。

 つまり、私は正真正銘、ガチのお姫様というわけ。

 ​家名はザナザフィラ。

 クオナ・ザナザフィラ……悪役感はマシマシだけど、やっぱり心当たりはないなぁ。


 そして、この屋敷の真の支配者も、パッパではなくお祖母様だった。

 ​なんでもこの世界、魔力は女性の方が蓄えやすい性質があるらしく、家の当主は代々女性が務めるのが鉄則なのだとか。


 女尊男卑……とまではいかないまでも、ここは圧倒的な女系魔法国家。

 パッパのあの、背景に溶け込みそうなモブ感の正体……それは彼がこの家の入り婿であり、屋敷での地位が種馬程度のものだったからなのだ。


「パッパ、ごめん。本当にピントの合ってない背景画だったんだね……」


 ​謎が解けてスッキリしたような、さらに不安が募ったような。


 ​窓際で独りごちた私の横を、また一人、メイドが横切っていく。


 ​​そんな折、お屋敷が急にバタバタし始めた。

 なんでも、近々あるイベントのためにオホエル教とかいう教団から、わざわざ使者の人が来るんだとか。


「オホエル……?」


 ​その、緊張感が行方不明なふざけた響き。

 知ってる。猛烈に既視感がある。

 私の脳内ハードディスクの、一番奥にある記憶が、マッハで再起動を始めた。


 あー、思い出した!

 昔、お兄ちゃんが隠し持っていたのを、興味本位で発掘して遊んじゃったあのゲームの、しょーもない神様の名前だ!


「え……まさか、そういうこと!?」


 ​確かにステラは言った、「君が遊んだ世界」だって。

 つまり、この世界は甘々な乙女ゲーでも、スカッとするWeb小説でもない。

 自称勇者(笑)のリオン・リーベルが好き勝手にやりたい放題する、鬼畜エロゲ『リオン・サーガ』の世界だったんだ……!


 ​そこからはもう、芋づる式に記憶がドバドバ溢れ出す。

 間違いない、ここは『七人のラ・レーヌ篇』の舞台。

 その章の始まりとなる都市、レッジョ・ザナザフィラだ。

 そこで主人公リオンは、不当な理由で奴隷送りにされる。

 そのきっかけを作ったのは、とあるラ・レーヌの娘だったはず。

 名前は、なんだっけ?


 ​窓に映る自分の姿を見つめて、私は考えた。

 そうそう、こんな感じの青緑の髪をした……。

 あっ……。


「ねぇ、エリーザ。私の名前ってクオナ以外にも、別の呼び名があったりする?」


「はい。お嬢様は外ではアクアと呼ばれます。教団の方々も、アクア様とお呼びするはずですよ」


 ​やっぱりー!

 脳内で、暴徒と化した民衆に囲まれながらフェードアウトしていく私のスチルが、高画質で再生された。


 予定されている破滅フラグは、婚約破棄なんて生ぬるいものじゃない。

 十数年後、クーデターでブチギレた民衆に捕まって、あんなことやこんなことのフルコースで……いや、これ以上はR指定案件だから自粛!

 とにかく、本筋にはこれっぽっちも絡めず、生死すら語られない使い捨ての脇役。それが私だ。


 世間での通称と屋敷内での呼び名が違うから、今まで思い出せなかったんだ。

 ゲーム内での名称は確か、アクア・レッジョ。

 ……ん?


「悪役令嬢とアクア・レッジョ……似てる。語感だけで選んだな、あのポリエステル野郎!!!」

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私は主人公補正バリバリの悪役令嬢になりたかったんですけど! ましーな太郎 @machinaTARO

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