第3話

 エレア・ジラルドは攻略対象としては難易度が高い。ツンデレの最上級のような彼をいかに理解するか、そこにすべてが託されていたように思う。悪役令息ルートでの当て馬は、悪役が悪役であるだけに命を失うのではないかと思える場面も多くあった。

(ストーリー開始は十五歳……)

 あと七年もあるのだから、軌道修正はまだまだできる。

 ティトは早めに役割を終えて、シナリオから退散するだけだ。無理に関わっていくこともないし、メインキャラたちと関わることをしなければ、ティトも平穏な学園生活を送ることができるだろう。しかしエレアにだけはすでに関わってしまったし、パーティーで目立ってもしまったようだから、どうにか手を尽くしたいのだが。

「父様、母様」

 パーティーを終えて数日が経ったある朝。ティトは朝食の席で、唐突にフォークをおいた。

 隣に座るルギスが心配そうにティトをのぞき込む。

「どうしたティト、おまえの嫌いなものは入っていないはずだよ」

「僕、ジラルド侯爵様のおうちに行きたいです」

 ティトの言葉に、場が一気に凍りつく。

「ティト! あなたまだそんなことを言っているの? ダメよ、許しません。エミリオ様からも何か言ってあげてくださいな」

「そうだよティト、敵地に乗り込むなんてあまりに危険だ! ティトみたいな可愛い子はきっと骨になるまで意地悪されてボロ雑巾みたいに追い出されるよ!」

「僕は骨になんかされないよ! そんなふうに決めつけないでよ!」

 ティトに初めて反論されたルギスは、手を払われたとき同様、この世の終わりとも思えるような顔をして力なく椅子にもたれかかった。

 ユリアーナは悲しげに眉を下げ、とうとう立ち上がる。

「兄様になんてことを言うのティト!」

「こらこら、二人とも落ち着きなさい。……ティトはどうしてジラルド侯爵の家に行きたいんだい?」

 それまで静観していたロタリオ伯爵家当主、エミリオ・ロタリオは、収拾がつかなくなる前にとようやく口を出した。

 その場の視線が一気にエミリオに向けられる。

「僕、エレア様とお友達になりたいんです。僕を突き落としたのは勘違いなんですよ」

「勘違いなんかじゃない!」

「ルギス、静かに。……勘違いかどうかはさておき、ティトの言いたいことは分かったよ。ちょうどジラルド侯爵に用事があるからね、私も一緒に行くとしよう」

「エミリオ様!」

「大丈夫だよユリアーナ。ティトだってもう八歳なんだ。自分のことは自分で決められる」

「だけど父様! ティトがまたあいつにいじめられたら今度はどんなことになるか!」

「心配しすぎだが……侯爵家に行くときにはティトに護衛をつけよう。それならいいかい?」

 エミリオにそこまで言われては、ルギスもなにも言えないようだ。しかしまだまだ反対なのか、反論の言葉を探している。それはどれも言葉にはされなかった。

「その前にティト。父様もティトのお願いを聞くから、父様のお願いも聞いてくれるかな?」

「……父様のお願い?」

 ティトは愛らしい表情で首を傾げる。エミリオは天使のような末の子を見ながらにっこりと笑みを浮かべた。

「実は今日、来客の予定があるんだ。そのお客様のお連れ様の話し相手をお願いしたくて」

「……話し相手? 兄様は?」

「もちろん兄様も行くよ! いいですよね父様!」

「ダメだよ、ルギスは私とお客様のお相手をするように」

「そ、それなら私が行くわ! ね、いいわよね?」

「そもそも君はこれから王妃殿下のサロンに行く予定があるだろう?」

 ユリアーナは悔しそうにきゅっと唇を噛み締める。

「二人とも……ティトだってずっと今のままというわけにはいかないんだよ。何をするにも二人がひっついていたんじゃ成長ができないじゃないか。いずれは結婚もするんだしね」

 ティトが大好きな二人ではあるが、エミリオの言葉にはやはり何も言えないらしい。

 悔しさに耐えかねたユリアーナは、それでも何も言うことはなく、準備をするために静かに退席した。

「ティトは一人でも頑張れるだろ?」

「も、もちろんです! もう八歳なので、僕は一人でも大丈夫です!」

「これは頼もしいな」

 不服を隠しもしないルギスも、ユリアーナに続き「俺も準備する」とふてくされた顔で席を立つ。

「……お相手はティトより一つだけ年上なんだ。だけど怖いお方じゃないから、心配しなくていい」

「分かりました」

 ティトの軽快な返事に、エミリオが何かを探るようにティトを見る。しかしティトにはその意味が分からずやはり首を傾げたが、エミリオは「なんでもないよ」と笑った。

「ジラルド侯爵の家に行く日程は後日知らせるよ。私も侯爵も調整が必要だからね」

「はい!」

 エミリオ・ロタリオの描写は、ゲーム内には一切出ない。しかし母や兄から聞かされてきた父は王からも評価を受けている人らしく、たまに王宮に呼ばれては何かの仕事を任されることもあると聞いた。そんなエミリオから「一人でもできるだろ」と言ってもらえたことはティトにとって嬉しいことである。

「じゃあティトも準備をしようか。今日は父様がお洋服を選んであげる」

「え! いいんですか!? う、うれしい!」

「ふふ、そうだね。今日はVIP待遇だから」

 エミリオは席を立ってさっそく、ティトと手をつなぎ部屋に向かう。

 エミリオが選んだのは、フリルのシャツに、ティトの瞳の色をしたジャケットだった。ハーフパンツはひざ丈で、靴は黒のブーツを用意された。

 エミリオは上機嫌だ。最後に「それじゃあ、来客があったらここに連れてくるから、念のためここで待っていなさいね」と残し、応接室を出て行く。

 ティトはさっそく紙とペンを用意した。

 時間のある今、自分の前世のことを、覚えているうちに書き出そうと思ったのだ。

「えっと、まず主人公が居て、攻略対象が悪役を入れて五人」

 真ん中に丸を書き、その周りに五つの丸を書く。真ん中の丸の中に「主人公」、周りの五つの丸の中には「王太子殿下」「宰相子息」「騎士団長子息」「公爵子息」「悪役」とそれぞれ書き込んでいく。

「確か主人公だけがオメガで、ほかの攻略対象はみんなアルファ……ん、あれ? どうだったっけ。悪役はアルファだったんだっけ……?」

 悪役ルートはメインではなかったため記憶が曖昧だ。しかしよく思い出してみれば、悪役の性格がこじれたきっかけは「侯爵家の中で唯一アルファではなかったから」だったような気がする。ちなみに、この世界でバース性が決定されるのは、十歳で必ずおこなわれる検査からである。

「で、僕は絶対に大丈夫なベータ。これは間違いない」

 丸に書きこんだ名前にそって、それぞれバース性も書き足していく。

 残念ながら各キャラクターのメインストーリーはなに一つ思い出せないが、肩書きとバース性だけは不思議と確信がある。まだ断片的な記憶ということかもしれない。何かがあれば思い出せそうな気もする。

「えっと、それから……」

「何を書いてるの?」

 背後からの声に、ティトは机に覆いかぶさるようにして紙を隠す。

 ティトの背後に立っていたのは、銀髪に赤い瞳の少年だった。

「あ! あのときの!」

「また会ったね。久しぶり」

「あの怖い人は今日はいないんですか?」

「はは、うん、ルカは置いてきた。君が怖がると思って」

 ティトは立ち上がりながらも紙を裏返す。

「父様から、今日は僕がおもてなしをしてって頼まれたんです。VIPだって聞いたから少し緊張していたんですけど、あなたで良かった」

「そう? 嬉しいなぁ」

「あ、座ってください! おいしいお菓子も用意してあります」

 ティトは得意げに使用人を呼び、さっそくテーブルにお茶と菓子の用意をさせる。こうしているとなんだかエミリオのようになった気がして少し嬉しかった。

「さっき、何を書いていたの?」

 ティトの正面に腰かけた彼は、ティトの前に裏返された紙を見て問いかけた。

「あ、これはその……」

 ティトはそばで紅茶をいれる使用人を気にしているようだ。気付いた彼は、使用人が離れるまで何も触れなかった。

 やがて使用人が部屋の隅に行くと、ティトはようやく彼に顔を近づける。

「秘密の話なんですけど、僕実は前世の記憶があるんです」

「……前世? ってなに?」

「前世っていうのは、僕がこの世界に生まれる前に生きていた世界のことです」

「ふぅん……すごく興味深いな」

 彼はトーンを変え、何かを考えるように腕を組む。

「これはその前世の記憶から見たこの世界で、えっと……ここはなんていうか、ちょっと変なんですけど……とにかく僕、この世界のことが分かるんです」

「それはすごいな。ねえ、この紙見せてよ」

 ティトはすんなりと信じてくれた彼に強くうなずいて、紙を表に向けた。

「あのね、この世界には『主人公』が居るんです。でね、その主人公が、この周りに居る人たちと恋をすることになるって世界で」

「恋をすることになる世界? なんか面白いね」

 先ほどティトが頑張って書いた図を、彼はすみからすみまで確かめる。

「……内容はこれだけ? 恋の物語なら、王子様に呪いがかけられていることが多いみたいだけど」

「呪い……どうなんでしょう。僕もすべてを思い出しているわけじゃないけど……でも呪いの要素なんてなかった気がします」

 彼は少しばかり考えるティトを見ていたが、すぐに「そっか」と声を明るく変えた。

「それにしてもすごいな、君の前世の力はバース性まで分かるの?」

「は、はい! あ、えっと、すでに認知してるのがここの悪役と当て馬のところで」

「あとは覚えてない?」

「そうですね、役割とかキャラクターとかはぼんやり覚えているんですけど、顔や名前まではっきりとはまだ……でもたぶん見たら分かると思うんですよ。だってみんなすっごい美形なんです!」

 彼はなにがおかしかったのか、やっぱりティトには分からないタイミングで楽しげに笑う。けれどティトは気にすることなく、紙にある「悪役」のところを指差した。

「ここの悪役っていうのが、エレア・ジラルド様です。で、ここの当て馬が僕」

「もしかして、この関係でこの間はエレア・ジラルドに会いたがっていたの?」

「そうです。エレア様は物語の中でも寂しいキャラクターだったので、悪役になる道を避けられるならそのほうが良いかなと、幼い今のうちになにか変えられたらと思って」

 興奮気味なティトを、彼が否定することはない。むしろにこやかに見守り、興味を持ってくれたのか「それで?」なんて合いの手をくれる。その様子が心地良くて、ティトは嬉しくなり言葉を続けた。こんなにも心が弾んだのは初めてだった。

「この恋の物語が始まるのは、主人公が学園に入学する十五歳のときからなんです。主人公はすごく可愛かった記憶があります! だからみんなすぐに主人公を気に入って、どんどん好感度を上げていくんです!」

「だけど君は主人公じゃないんだ?」

「はい! 僕は当て馬っていう役割なので」

「さっきも言っていたけど、その当て馬っていうのはなに?」

「えっと、二人の恋を邪魔する横恋慕役ってイメージです。主人公の恋を成就させるためのスパイス、みたいな感じですかね」

 ティトの必死な説明に、彼は少し考える素振りを見せたが、すぐに「なるほど」と納得したようだった。

「一番人気はやっぱり『王太子殿下』のシナリオだったんですよ。王太子殿下はすっごく美形で、ビジュアルもシナリオも大人気でした! 学園のみんなが王太子殿下に憧れていたんですよ。僕も好きにならないように気をつけなきゃ」

「あはは! それは面白いね。だけど本当、この主人公って誰なんだろうね。気になるなぁ」

「き、気になりますよね! 主人公なのですっごく可愛いですよ。それでいて賢くてしっかりしていて、王妃にふさわしいお方です!」

「そうなんだ」

 彼はやっぱりティトを止めようとはしなかった。

 ルギスを筆頭に、ロタリオ伯爵家の者はみなティトの話を聞こうともしてくれなかった。階段から落ちたから頭がおかしくなってしまったんだと思われ、それ以来ティトは前世の話をしなくなった。

 ティトは嬉しさのあまり頬を染め、ドキドキと胸を高鳴らせながらも話を続ける。

「僕、前世では二十歳まで生きていたんです。あ、えっと、普通の『大学』っていうところで勉強している学生でした。将来は医者になりたかったんです。両親は幼いころに離婚していて、母と暮らしていたんですけど、母が病気で亡くなっちゃって……奨学金を借りて大学に行ってたんですけど……」

 突然止まった言葉に、彼は「どうかした?」とティトを窺う。ティトの顔色は悪い。表情も曇り、途端に悲しげに変わった。

「……大変です。戦争が起きます」

「戦争? 詳しく教えて」

 彼は訝し気に眉を寄せ、少しだけ前のめりにティトに近づく。

「この世界、物語の始まりは学園に入学してからなんですけど、その……確か公爵子息様と騎士団長子息様には、大切な方を戦争で亡くしたという設定がありました。一人ならそのルートを選ばないことで戦争を回避できるかなと思うんですけど、二人いたからもしかしたら舞台設定なのかも……奨学金の説明の日にその設定を知ったので、突然思い出しちゃいました」

 彼は何かを考えるような間を置いたが、すぐに「面白いね」と笑った。しかしティトにはなにも面白いことはない。戦争が起きるなら、ティトや家族にも被害が及ぶということだ。

「そっかそっか。ふーん、なるほど。君の話はすごく面白いな。ねえ、もっとその、『戦争』とか『大学』の話とか、思い出したことがあったら教えてよ」

「いいんですか? 退屈じゃない?」

「全然。楽しいよ」

 戦争が起きるまであとどれほどかは分からない。どういうきっかけでそれが起きたのかも、設定上でしか「戦争」が載っていなかったからすべて曖昧である。けれど物語のティトは元気にしていたし、家族を失ったとも書かれていなかったから、もしかしたら小規模的なことだったのかもしれない。

 そう考え直し、ティトは「じゃあ大学のことから話したいです」と気持ちを持ち直した。

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