第2話

 準備を終えると、エントランスではルギスとユリアーナが待っていた。ユリアーナは不安そうにしているが、ルギスはうんざりとした顔だ。

「ティト、無理はしなくていいのよ? おやすみしたっていいんだから」

「ううん、母様、僕は自分の意思で出席すると決めました」

「っても、あの性悪も来るんだぞ。俺は許してないからな」

「ルギスの発言はともかく、母様も無理はしてほしくないのよ。心配なの。今日はお父様も外せない会議でいらっしゃらないし……次に何かが起きたら、今度こそあなたが目を覚まさないのではないかって」

 ユリアーナは落ち込んだように眉を下げる。

「……僕、そんなに起きなかったの?」

「一週間もな。……そもそも、エレア・ジラルドが居る時点で俺は大反対。王宮でパーティー開くのはいいけど、そこにあいつを呼ぶ意味がまったく理解できないね」

「こらルギス、不敬に当たるわよ」

「本当のことじゃないですか」

 ルギスはすっかりふてくされていた。

 しかしどんなに抗おうとも、王宮からの招待を断れるわけもない。本人が拒否してくれるのが一番良いのだが、何よりティトが一番乗り気である。

 ユリアーナもルギスも、馬車の中ではずっとティトに「無理なら帰ってもいいぞ」「そうよ、一週間も寝込んでいたんだもの」とうながしていたが、ティトはすべての提案をバッサリと切った。ティトはとにかくエレアに会いたい。エレアに会って、将来の不安要素を現段階で排除しておきたいのだ。

 パーティーホールにやってくると、真っ先に入ろうとするティトをルギスが引き留めた。握られた手が痛い。不服そうに見上げるティトを前に、ルギスは膝を折って目線を合わせる。

「いいかティト、母様は社交で忙しいから側を離れるけど、絶対に俺の側からは離れるな。ずっと兄様と手を繋いでいよう」

「やだよ、僕一人で平気。離してよ」

「ダメよティト、ね、兄様と一緒に居てちょうだい。約束して」

 そういえばティトの家族はみな過保護だ。甘やかされていた渦中に居たためにこれまでは違和感もなかったが、前世を思い出した今なら分かる。前世の家族と比べても、明らかにこの家族はおかしい。

 昔からティトは怒られたことがない。蝶よ花よと育てられ、ティトがとんでもないお馬鹿でも許されていた。だからなのか、ゲーム内のティトはとんでもなくお馬鹿で、とんでもなく空気の読めないキャラクターだった。主人公の相手役である、立場ある攻略対象者たちと平気で腕を組み、かなり距離も詰めるし、とにかく強気にアピールもする。ゲームだからこそそれはある程度微笑ましかったが、実際にそんな馬鹿な人間が居たら前世では白い目で見られていたし、むしろティト自身もゲームのプレイ中、度が過ぎれば「イタイなこのキャラ」と思ったことも多々あった。

(……ダメだ! 僕は主人公の恋を見届けたあと結婚しないといけないのに……そんな馬鹿じゃ誰ももらってくれない!)

 人目のある場所で誰彼構わずひっついたりアピールをするなど、そんな強行に出れば周囲の評判も下がるだろう。

 ここはゲームとは違ってエンドがなく人生は続く。主人公は幸せになれても、その後のティトはどうなるのか。

「兄様!」

 ティトはルギスに繋がれていた手を強引に振り払った。初めてそんなことをされたルギスは目を丸くして驚いている。

「僕はもう大人なんだから大丈夫! ほら行くよ、二人とも僕についてきて」

「ティ、ティト〜、どうしてそんなこと言うんだよ〜」

 ルギスはティトよりも五歳年上で、もう十三歳になるくせに情けない顔をしていた。ユリアーナも寂しそうだ。しかしティトが折れるわけにはいかない。

 当て馬にも矜持がある。主人公を幸せにし、そして自分も幸せになるのだ。


 ホールにはすでに大勢の貴族が集まっており、メインとして用意されている庭園に出ている貴族もちらほらといた。きらびやかな装飾と、優雅な音色。心地よい空間のはずなのに、ティトの心はなんだか落ち着かない。

 ホールに入ってすぐ、ユリアーナが近くに居た貴族に呼ばれた。ティトのことを最後まで気にかけていたが、ユリアーナはルギスにティトを託すと二人のそばを離れる。

「兄様も挨拶に行ったら?」

「ん、じゃあ一緒に行くか」

「もー、行かないってば」

 このままルギスがそばにいては、ティトはエレアと接触させてもらえないだろう。

 怪我の様子を聞きにくる貴族をルギスが対応している間、ティトは必死にエレアを探す。

「そうだ、ジラルド侯爵に急遽仕事が入ったとかで、エレア様は今日は不参加になると聞いたよ。あんなことがあったからね、奥方と息子だけが責められる可能性があるのなら欠席をとのことなんだろう。一応王宮には来たみたいなんだが」

「へえ、それは良かった。正直私も……ティト!? 待ちなさい!」

 頭上で繰り広げられる会話を聞いて、ティトは反射的に駆け出した。

 実は、ゲームではエレアも攻略対象のうちであった。いわゆる隠れルートというやつで、全ルートの攻略後にシナリオを選べるようになる。攻略対象でないのは当て馬のみだった。そこも含めて、悪役を攻略するのは新鮮だと人気のゲームだった。

「まだ居るかな。どこに行ったら馬車が止まってるんだろ」

 エレアルートの彼はいつも、素直になれないことに泣いていた。本当はあんなことが言いたかったんじゃない、あんなことをしたかったわけじゃないと、いつも「どうしてうまくいかないんだろう」と言っては一人で落ち込んでいた場面がある。その姿を見た主人公が悪役に寄り添うところから物語が始まるのだ。

 そんな心を持つ彼だからこそきっと、今回の「階段から突き落とした」となっていることも気にしているはず。そもそも彼がそんなことをするわけがないとティトは変に確信しているから、「気にしていないから友達になろう」と、今日はエレアにそう伝えるつもりだった。

 しかし王宮は広い。馬車を追いかけようと来た道を戻っていたティトは、気がつけば知らない場所に立っていた。

「誰だ?」

 王宮の広い廊下が恐ろしくなり始めた頃、ティトは少しハスキーな声に呼び止められた。振り向けば、知らない少年が二人立っている。一人はまるで王子様のような輝きをはなっており、もう一人は無愛想でティトを睨むように見ていた。

 美形好きなティトは二人に少しドキッとしたが、なぜか恐ろしさが勝り、うつむいてしまった。

「あ、あの、出口を探しているんです。どうしても会いたい人がいて……でも出口が分からなくて困ってます。怪しくないです」

「……会いたい人?」

 銀髪に赤い瞳の王子様のような少年が、隣に立つ黒髪に青い瞳の少年を見る。黒髪の少年は何を伝えているのか、ふるりと緩く首を振った。

「あー、君知ってるよ、この前階段から突き落とされたロタリオ伯爵家の次男だね。その件で誰かに直談判したかったということかな?」

「違います! あ、いえ、まったく違うと言えばそれも違いますが……その、ジラルド侯爵のところに行きたいんです。でもお仕事が入って帰ることになったと聞いたので、追いかけたくて」

 黒髪の少年の目はさらに厳しく変わる。それまで優しかった銀髪の少年の目も、優しさの中に鋭さが滲んだ。

「ジラルド侯爵に? 何の用事で? 君はエレア・ジラルドに階段から突き落とされたんだよね?」

「ジラルド侯爵というよりは、エレア様にお会いして、お友達になりたくて……」

 ティトのその一言で、二人は一気に雰囲気を崩した。しかし怒られると思っているティトはうつむいていて気付かない。歳の近い少年である二人の空気が、ティトにはなんだか恐ろしいように思えたのだ。

「お友達に?」

「いつも一緒に居る兄君はどちらに? あんなことのあとで、あのご家族があなたを一人にするとは思えませんが」

「……兄様は手を離してくれなくて邪魔だったので、逃げて来ました」

 黒髪の少年の声は明らかに怒っていて、ティトの言葉も尻すぼみに消える。

「なるほどね。……どう思う、ルカ」

「どうもこうも……近衛を呼びます。彼をホールに戻してこの件は終わりです」

「私は試しても良いと思うよ。ねえ君、実はジラルド侯爵は王宮にいるんだよね。だけど残念ながら、ご子息と奥方は帰られた。それでも良ければジラルド侯爵のところに案内してあげるけど、どうしたい?」

 黒髪の少年が呆れたように「怒られますよ」とため息を吐いた。

 そんな二人の様子も知らず、ティトはうつむいたまま、ティトが単体でジラルド侯爵に会うメリットはあるのだろうかと考えていた。

 ティトはエレアには会いたかった。しかしその父親には特に興味はないし、用事もない。

(親に『気にしてません』って言うのもおかしな話)

 そもそもジラルド侯爵がどんな人かもティトはまったく知らないため、頭の固い堅物であった場合には、子どもから「気にしてません」と言われたところで「だから?」「自分に言われても困る」で終わる可能性もある。さすがにティトでも貴族社会において目上とのトラブルがご法度であると分かっているし、おかしな火種は生まないべきだ。

「……いえ、いらないです。失礼します」

 ティトは明らかに落胆しながらも、二人に怒られないようにとおそるおそる踵を返す。しかしすぐに「あれ?」と銀髪の少年から声があがった。

「迷子になってたんじゃないの? 戻るにしても、案内いらない?」

「あ、いります」

 あっさりと戻ってきたティトを前に、銀髪の少年はやけに楽しそうに声を出して笑っていた。

 ティトがホールに戻ってからは、ルギスはティトの手を離さなかった。もう目的もないティトからすればまったく無駄なことなのだが、なるべく早くエレアに接触しなければと、残りのつまらないパーティー中はそんなことばかりを考えていた。

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