勇者八犬伝

@kamiya7

第1話「光と断絶」

――その始まりは、あまりにも唐突で、無慈悲なほど美しかった。

湿気を含んだ初夏の空気が、バスの窓を叩く。

修学旅行二日目、京都の町は観光客と学生たちのざわめきで満ちていた。

「おーい仁、写真撮るぞ!」

大河が無邪気に叫ぶ。

仁は苦笑しながらカメラを構え、仲間たちの輪の中心へ向かう。

玲奈は静かに手を添えてポーズを整え、智晴は空を見上げてゆるく笑っていた。

雪乃は目を伏せ、未来ははしゃぎ、蓮は皆を見守るように立ち、直也は控えめに一歩だけ前へ出る。

八人は、どこにでもいる高校生だった。

――次の瞬間までは。

それは、光だった。

太陽の反射でも照明でもなく、“色を奪うほど純白の輝き”。

耳鳴りが走り、世界が薄い膜一枚越しに歪む。

京都の喧騒が押し流されるように遠ざかり、空気が急激に冷たくなる。

「なに…これ……?」

雪乃の声は震え、未来が仁の袖をつかむ。

仁は反射的に皆を抱き寄せようと手を伸ばしたが、その瞬間――光が弾けた。

重い空気が肺を押し潰す。

石造りの天井、荘厳な壁、巨大なタペストリー。

全員が倒れるようにして意識を取り戻した場所は、まるで絵画の中の“王城”だった。

「……どこ、だよここ……」

大河が息を呑む。

「ここは──レグナス王国」

威厳ある低い声が響く。

玉座に座る王は、銀髪に金冠を戴き、深紅のマントをまとっていた。

仁たち八人は、目の前の光景に心が追いつかなかった。

膝をつく衛兵、豪奢な魔法陣、そして彼らの胸元に浮かぶ不可解な光の宝玉。

ただ、困惑と恐怖だけが胸の底を支配する。

「お前たちは……“勇者候補”。

 我が国を救うため、この場へ召喚させてもらった。」

王の言葉に、空気が硬直する。

「待ってください!」

玲奈が声を震わせながら一歩前へ出る。

「私たちは、修学旅行にいただけで……元の世界に戻るにはどうすれば?」

「帰還……できるのか?」

仁も恐る恐る問いかけた。

王はしばし沈黙し、眼差しを伏せる。

その沈黙が、答え以上に重かった。

「……方法は、今のところ存在しない。」

「なっ……!」

未来が息を呑み、雪乃は肩を抱いて震えた。

大河が歯を食いしばり、蓮が皆をかばうように立ち、直也は警戒するように周囲を見渡す。

智晴だけが、静かに、しかし深く息を吸い込んだ。

「……つまり、帰れる保証はないってことだね。理由も含めて、聞かせてもらえる?」

王はうなずき、重々しく語り始める。

「魔王軍が復活し、我が国は滅びの縁にある。

 八つの徳を宿す“勇者八犬伝”の血脈だけが、魔王に対抗できると古文書に記されておる。」

仁たちの胸に光る宝玉が、かすかな脈動を放つ。

仁はそれを見つめながら、胸の奥に言葉が刺さるのを感じた。

――勇者。

――魔王。

――召喚。

あまりにも現実離れした言葉が、冷たい事実として彼らを締めつける。

「俺たちを……勝手に巻き込んだってことか?」

大河の声は低く、怒りに震えていた。

「……本当に、帰れないの?」

未来の呟きに、雪乃が涙をこぼしそうになる。

仁は仲間を見回した。

恐れ、怒り、混乱。

誰もが不安に押しつぶされそうだった。

仁はゆっくりと息を吸い、震える気持ちをごまかさず王に向き直った。

「……帰る方法がないのなら、探します。

 ここで、ただ言われた通り戦うつもりはありません。

 まず、真実を知りたい。」

王の瞳が驚きに揺れ、やがて静かにうなずいた。

仁の胸の宝玉が、淡い光を放つ。

それは“仁”の徳が、彼を選んだ証だった。

八人の物語は、ここから歩み始める。

帰還を求める旅か、異世界を守る戦いか。

いずれにせよ、断絶された世界で、彼らは選ばなければならない。

――光と断絶。

その始まりは、八人の心を別々の方向へ揺さぶりながらも、確かにひとつの未来へと導いていた。

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