桜の木の下で僕は恋をした

山口甘利

桜の木の下で僕は恋をした

 これは桜が似合う名前を持った、咲良と僕のお話。


 4月、今年も新しい年が始まると思うと憂鬱だ。小学校から中学校に上がって、初めて出来た友達とも、また違うクラスになるんだろう。寂しいような、悔しいような。

 今日は毎年恒例の、家の近くにある公園の桜を見に来た。まだ、朝の6時だから、散歩している近所のおばさんしかいない。

 僕は、写真を撮ることが好きだ。みんなみたいに、趣味は推し活や、ゲーム、ドラマを観るとは少し違う。僕だって、ゲームをすることも、アニメやドラマを観ることだって好きだ。

 でもそれよりも写真を撮ることの方が何十倍も好きだ。

 ハマったのは多分、小学3年生の時に旅行先でカメラマンの人が一眼レフで綺麗な写真を撮ってくれたことだった。スマホなんかよりも何十倍も綺麗で、僕もそんな写真を撮りたいと思ったからだ。

 お父さんが最近、家族の写真を撮るために買った、10万くらいする一眼レフを眺めた。最近は、自分ばっかり使っている。壊さないように気をつけないと、と使うたびに思う。もし壊したりなんかしたら…。

 僕は、とりあえずカメラを構えた。ピントを合わせていると、不意に後ろから声がした。

「ねえ、君。カメラ好きなの?」

 初めて聞く声だった。透き通ったような声に思わず振り返った。

 真っ白のTシャツに、短い薄いピンクのスカート。

 整った前髪、艶のある長い黒髪。

 綺麗な二重に黒い瞳が、朝日できれいに輝いていた。

 多分、道ですれ違えば誰もが振り返りそうな容姿をしていた。

「あ、うん。そうだけど...」

 真顔だった彼女の口元が緩んだ。僕が少し困ったような表情をしたからかも知れない。

「あはは、急にそんなこと言ったら変だよね。私、最近ここに引っ越してきた花村咲良です。よろしく」

 そう言って彼女は、白くて綺麗な手を差し出した。

「よ、よろしく」

 そう言って僕は握手を交わした。彼女の手は、やってきた春風のように温かかった。

「君の名前は何ていうの?」

 握手が終わった後、彼女はそう言った。

「僕の名前は、松本光、です」

「ひかる君。いい名前だね。じゃあ光って呼ぶね」

 陽キャだな、とふと思った。誰とでも仲良くなれるんだろうな。こんな陰キャとでも話してくれるんだから。

「うん、じゃあ僕は何て呼んだら良い?」

「咲良で良いよ」

「分かった。あのさ、咲良も写真撮るの好きなの?」

 最初に言われた言葉が、自分の中で引っかかっていた。

「うん。私はカメラとか持ってなくてさ。まあスマホで十分って感じかな。」

 少し俯きながら咲良は言った。

「じゃあ僕の貸そっか?撮ったやつ後で送るよ」

「ほんと!いいの?」

 咲良は目を丸くして、笑顔になった。

「もちろん。じゃあ使い方教えるね」

「ありがとー光、神じゃん。大好きな桜が一眼レフで撮れるなんて、もう夢みたい!」

 新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、咲良は喜んでいた。何だか自分まで嬉しい気持ちになった。


 その後、僕は咲良に撮り方を教えて、連絡先を交換して解散することになった。

「今日はほんとにありがとう。大好きなカメラで写真も撮れたし、しかもそれを自分のスマホに残すこともできたし」

 今日一番の笑顔で咲良はそう言った。こっちまで嬉しくなってくる。

「ほんと?それなら良かった」

「じゃあまた今度会おうね。私、家もここから近いし」

「そっか。じゃあまた会おう!」

「うん、じゃあ今日はここら辺で。バイバーイ」

 そう言って手を振って咲良は走って行った。その咲良の背中を、僕は手を振りながら見つめていた。

 胸の奥が少しだけ熱くなった気がした。またどこかで会えるかな...なんてね。


 今日は、始業式だ。

 咲良と出会ってから、一週間が経過した。あの公園にはもう一度だけ行ったけれど、咲良にはもう会わなかった。


 新しい教室に入ると、去年仲が良くなった小嶋俊介がいた。

 ここで誰も仲が良い友達がいなかったらどうしようという不安が、一気になくなった。

「おはよー今年も同じクラスじゃん」

 俊介の席に僕は行った。

「ね、俺友達誰もいなかったらどうしようか、めっちゃ不安だったけど良かったー」

 どうやら同じ気持ちだったようだ。僕たちはお互いに友達が少ないため、去年はずっと一緒だった。もちろん遊びに行ったこともあるくらいは仲が良い。

「僕も僕も、てかさ結構メンバー変わりそうじゃない?」

 さっき見た、座席表を思い出す。

「そうそう、なんかさ花村?みたいな名前なかった?そんな子いたかなと思ってさ、転校生じゃね?」

 花村、花村、花村咲良、咲良?

 脳内で何度も同じ言葉が繰り返される。まさか、咲良と同じクラスなのか。

「えっ?ほんとに?」

「うん、ちょっと見に行こうよ」

 そう言われ、座席表のところに移動した。俊介が指を差した先には、“花村咲良”と書いてあった。

 しかも、僕の席の隣。出席番号順だからとはいえ...そんな偶然...ある?

「何?知ってる人?」

 パッと目が覚めた。なぜかずっと名前を見つめていたみたいだ。

「いやいや、全然全然」

 ドキッとした。焦り気味になんとか誤魔化した。

 俊介は特に興味を示さず、ふーん、と言って僕らは俊介の席に戻った。


 話が盛り上がっていると、ガラガラガラと新しい担任が入ってきた。新しいクラスメイトがドタバタと自分の席に戻る。それに合わせて僕も。

 新しい担任は、去年隣のクラスの担任だった人だ。クラスでは、やったー、とか、えー、と言った声が響き渡っていたが、僕にはどうでも良かった。

 ただ咲良が本当に、ここに転校してきたのか知りたかった。隣の席はまだ誰もいない。

「じゃあ、今から体育館に移動するぞー遅れずになー」

 そう言われ、みんなが移動し始めた。僕らもその波に乗って移動した。


 体育館に入り、座りながらワクワクしていると、拍手と共に咲良が入ってきた。

 前とは違う、セーラー服に、ポニーテールの長い黒髪。

「転校生の花村咲良さんです」

 ハキハキとした、男の教頭はそう言った。

「富山から来ました、花村咲良です。よろしくお願いします」

 咲良はぺこりとお辞儀をした。

 拍手に包まれ、咲良は舞台を降りて行った。

 どうしてか分からないけど、僕は舞台の横の机に座った咲良を何度もチラチラ見ていた。咲良は気づいているのかな。

 その後の始業式の内容は、あんまり記憶にない。


 始業式が終わり、教室に戻り、少しすると咲良が入って来た。

「今日から、このクラスでお世話になります。花村咲良です。よろしくお願いします」

 明るく咲良はそう言い、クラスで拍手が起こった。

「じゃあ、花村さんはあそこの席ね」

 担任はそう言い、僕の席の隣を指差した。そして僕と咲良も目が合った。

 少し驚いた表情をしながら、咲良は席に座った。

「光、まさか同じ中学校で、さらに席も隣なんだね。よろしく」

 小さい声で咲良は僕に話しかけた。

「うん。よろしく」

 僕もそっと返した。なんだか嬉しいような。


 放課後、自転車を漕いでいると隣から声がした。

 声の主は…咲良だ。

「ねえ、光って家どこなの?」

「びっくりした。家?すぐそこの団地の家だけど」

 僕は右斜め前にある方を指差した。

「咲良は?」

「私は光の家の団地の、もう一つ後ろの団地だよ」

 会った時に聞いていなかったから、もう少し遠くに住んでるんだと勘違いしていた。

「ねえ、暇ならさこの前の公園行こうよ」

「うん、カメラも家に取りに行こっか?」

「良いじゃん!」

 その何とも言えない笑顔が、太陽の光と一緒に輝いている。


 僕たちはカメラをカバンに入れて、桜の咲く公園に向かった。

 満開の桜の下には、珍しく誰もいなかった。

「ねえ、光」

 咲良は桜の下に着いた時そう言った。

「なに?」

 隣を見ると、少し顔を赤らめた咲良がいた。

「好き」

 僕はこの言葉を待っていた気がする。

 今まで恋なんかしなかった自分に、好きな人ができたなんて恥ずかしくて認められなかった。

 分かってる、僕だって咲良のことが、

「うん。僕もさ咲良と最初に会った時から好き」

 恥ずかしてく顔なんか見れない。少し下を向く。でも、理由を伝えたい。

「僕はさ、毎年毎年この大好きな桜を撮りにくるのが恒例なんだけど、いつも歩く人に白い目で見られるの。一人で高そうなカメラで写真を撮っている僕が、花をゆっくり見たい人にとって邪魔なんだと思う」

 咲良の方を向くと、優しい表情で話を聞いてくれていた。

「でも、咲良は違った。いや、咲良だけは違った。写真を撮っている僕に話しかけてくれた。これがさ何よりも嬉しかった」

 ふっ、と咲良は笑った。

「そういうところ、なんか可愛いよね。私はさ、光の優しさに惚れたの。光は光の大切で大好きなカメラを貸してくれたのが嬉しかったの。単純かも知れないけど、桜が好きっていう共通点もあるし、いつのまにか惹かれてた」

 僕はそうやって自分を褒めてくれる咲良がどんどん好きになっている。

「じゃあさ付き合おうよ」

 自分が今どうしてこんなこと言ったかなんて分からないけど、口が勝手に動いていた。

「うん。よろしくね、光」

「よろしく、咲良」

 風が吹き、ひらりと桜の花びらが落ちる。咲良の頭の上にも僕の頭の上にも。

 僕たちは、桜の木の下で、小さな恋をした。

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