コウと世界薙ぎの剣
青王我
第1章:ある支部で起きた静かな事件
第1話:退屈な任務
年の暮れのある日、重複十字星騎士団の第4支部に黒塗りの高級車が現れた。フードマスコットには騎士団の特徴的な紋章である重複十字星があしらわれている。十字の枝から更に十字が生えたような意匠には、団長を中心とした騎士団の団結の意思が込められているという。
支部の場内に乗り入れた高級車は、そのまま地下の駐車場へ消えていく。その駐車場は一般向けに開かれてない、重要人物のための場所だ。高級車が乗り入れた当日は支部長や、そのほかの役職者のものと思しき自動車が数台停められているほかは閑散としていた。駐車場には両側を武装した門番で固められた入場口が開かれていたが、高級車はすぐ先の小さな入り口の前に止まる。
一呼吸置いて、高級車から6人の黒服の男たちが現れた。黒服の男たちは優雅な紳士服を身にまとっているが、身体の輪郭から浮き出るほどに分厚い防弾措置が施され、脇腹と腰の後ろに装着された銃のホルスターは隠そうともしていない。黒服のうち2人は門番へ軽く用件を伝えるために離れ、2人は駐車場側を、もう2人は来た道を警戒するように散開している。やがて周囲に安全上の問題なしと判断した男たちは、小さな入り口側に面した後部座席を軽くノックした。
「やれやれ、面倒だな」
のっそりした動きで、長身の男が開かれた後部座席のドアから現れる。くすんだ金髪を波打たせた壮年の男は、心底面倒くさそうな表情で地下駐車場に立った。灰色と白が細かく交じり合った生地の高級な紳士服をまとっており、胸のあたりには勲章や徽章のたぐいがずらりと並んでいる。耐寒性に優れる重厚なコートに負けない均整の取れた体格をしているため、胸を張ると見栄えがする。
彼の口から漏れる言葉はほとんど独り言であり、肯定であれ否定であれ、護衛の誰も彼の言葉に反応しない。少しでも反応しようものなら納得するまで詰められるため、誰も何も言わないのだ。余計な挨拶も修辞も好まず、端的な報告を好む。そういう人間性なのである。
彼は今期の査察に訪れた聖人である。一年に一度、毎年異なる聖人によって騎士団が管理している12個の黒い破片の管理状況を確認するしきたりがあり、世界中に散らばる主だった支部を回るため、彼は専用機で朝早くから準備している。実際の管理は専属のチームが行っているため、彼がすることといえば、ほとんど流れ作業的に現場の確認をし、必要な書類に署名をすることくらいだ。
「とっとと終わらせてランチといこう。例の店は取ってあるな?」
短く肯定を述べる黒服の返答に鼻息ひとつ鳴らすと、聖人の男は物言わず歩き始める。高級車の周りにいた黒服たちは、すぐに彼の移動に合わせて動き、そのままつかつかと歩を進める彼の周囲についた。
両側に門番が立つ入場口は、この第4支部の役職者たちが使う。つまり支部長や部門長といった人々だ。対して聖人の男が今まさに足を踏み入れた小さな入り口は聖人の専用である。一般団員へ顔を見せずに支部長室や管理区画へ入るため、入場口から既に隔離された構造になっているのである。
「ようこそおいで下さいました」
途中、聖人専用のセキュリティドアを抜けた聖人の男は、通路の先の少し開けた部屋に出た。そこには一般区画と管理区画へ通じるセキュリティゲート、役職者が勤務する上層階への専用エレベーターがあるほかは、聖人用の待機室やベンチが置かれている程度だ。基本的に誰も居ないが、今日は管理区画へ通じるセキュリティゲート前にひとりの女が立っていた。
この地では珍しい、輝くような黒髪が目を引く東洋系の女だ。女性にしては長身だがまだ若いようで、化粧はしているものの、大学生であるかのような顔立ちが隠しきれていない。黒縁の眼鏡が聡明さを補助しているが、破片管理技士としては若すぎるようにも感じられた。また彼女の薄い胸板が、若者によくある中性的な一面を助長しているが、それは彼女が若いからというより、民族的な部分に依存しているのかもしれない。
「本日、当支部の管理区画、密封区画の案内をさせていただきます、破片管理技士のキョウコ・カシヤと申します。本日は管理区画の案内ののち――」
「いや、査察の用件だけでいい。管理区画の案内は不要だ」
「了解いたしました。では、密封区画のみのご案内に致します。こちらへどうぞ」
その女、キョウコが首から提げた身分証には、彼女の身分を破片管理技士補佐と書かれていた。破片を管理する支部には最低でも3人の技士が常駐しているはずだが、恐らく最も若輩であろう彼女が聖人の案内役に抜擢されたのは、彼女の優秀さのためか、単に他の技士に外せない用事があるためだろうか。
キョウコは話を遮られたことに対する感情を全く見せない柔らかな笑顔で右手を差し出したが、聖人は握手を返そうとはせず、憮然とした顔で彼女を見るばかりだ。社交辞令も、無駄な時間も過ごしたくないという固い意志を感じる態度にも、彼女はやはり顔色ひとつ変えることは無かった。
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コウと世界薙ぎの剣 青王我 @seiouga
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