縁切り、縁結び

青空のら

縁切り、縁結び、そして幼馴染

「正月早々、けっこうな人混みだね。

 いや、元日だからこそ混んでるのかな?」


 思わず僕の口から愚痴がこぼれた。普段乗らないバスと電車に乗っての移動。

 少しワクワクするけれど、ときおり肌を刺すように痛い寒さにふと我にかえる。

 隣に住む腐れ縁の佐倉真夜に呼び出されて、今年も新年の参拝に付き合わされてる最中。

 いつもなら近所の氏神様にお参りしておしまいなのだが、今日に限って違った。

 家から1時間半、ちょっとした小旅行だ。


「もう、しゃんとしてよね。だらしないわよ。人混みだからこそ、きちんとしてないと悪目立ちするんだから」


 ぷりぷりとした口調で話す真夜の手が僕の頭に伸びて来た。それに合わせて少ししゃがむ。

 そのまま真夜の手が僕の前髪を左右に整える。

 クリアになった視界に、たわわに実った真夜のふくらみが飛び込んできた。さらに健康的な鎖骨が首元からチラと見える。

 弟枠、いや、荷物持ち枠だとしても、かなりの役得。せめて恋人に昇格できる枠だったらいいのだけど──

 人混みへのお出かけ。たぶん今日は変な男どもに絡まれないように、ボディガード役をすればいいのだろう。


「ほら、ちゃんとしてれば外見は良いんだからもったいないわよ」


 身近にいて、お互いの中身をよく知ってる人間に言われる時点で、それは褒め言葉ではない。中身が残念だと言い切ってるのも同じだ。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「こっちだよね?」


 スマホのナビ機能が右方向へ進めと指示する。僕は人混みに紛れないように真夜の右手を掴んだ。

 いまさら照れるような仲でもない。保育園の頃は真夏に庭の隅に用意されたビニールプールで裸ではしゃぎあったものだ。まあ、将来の真夜の旦那には口が裂けても言えないけど──


「ええ──そうね」


 真夜の答えが少し歯切れ悪い気がするが、気のせいだろう。

 握り返してくる真夜の手をさらに強く握った。



───



 ナビを頼りに着いた所は──情報に疎い僕でも知っている場所だった。

 安井金比羅宮

 悪縁を切り、良縁を結ぶ、かなり有名な神社。

 普通に考えれば、真夜は僕との長年の腐れ縁を切り、晴れて新たな良縁を結ぼうというわけだ。

 通常なら、どちらかがフェイドアウトして疎遠になるのものだ。しかし、家族ぐるみの付き合いもあって、僕と真夜の腐れ縁は今日まで続いている。

 そんなに嫌がられているとは思っていなかっただけに少し落ち込む。

 いや、幼馴染を変な目で見たりするのが自業自得なのだろう。男女七歳にして席を同じくせず。真夜が女の子だと感じるたびに、ドキッとする自分がいる事に気づいていながら、気持ちに蓋をして来たのが悪いのだ。

 気落ちした事を悟られないように、あえて明るく振る舞う。


「真夜もすっかりお年ごろなんだね」


「うるさいわよ。騒いだら迷惑になるでしょう」


 言いながらも真夜の手を握りしめている手のひらが汗でびっしょりになっているのが自分でもわかった。


「そ、そうだね。ごめん」


 さりげなく、なるべくさりげなく。僕は握っていた真夜の右手を離した。

 手水を済ませ、本殿への参拝を終わらせるまで、二人とも口をきかなかった。気まずい空気が流れている。


「じゃあ、形代もらってくるよ」


「うん、お願いするね」


 真夜に見送られ、お志を納めて二人分の形代を持ち帰った。


「真夜は何を願うの、って聞くだけヤボだね──」


「うん、内緒」


「そっか」


 そりゃあ、面と向かって本人相手に縁切るとは言えないだろう。

 地面を見つめていた視界の隅が急に暗くなる。


「後でなら、教えてあげる」


 右手を口元に当てた真夜の顔が左耳のすぐそばにあった。

 吐息にも近い囁きに耳が敏感に反応する。

 すっかりと小悪魔に育った真夜ならどんな男どもでも手玉に取るだろう。

 ここは幼馴染として明るく送り出すのが正解だ。


「なら、僕のも教えてあげるよ」


「えぇ、悠馬の? 別にいいかな──」


「──だろうね」


「嘘、嘘。嘘でーす。ちゃんと教えなさいよ」


 願い事を書き終えていた真夜は明るく言い放つと巨石に向かって行った。

 慌てて後を追いかけ、穴の表で真夜に追いついた。が、すでに真夜は頭を下げて穴をくぐっている最中だった。


「幼馴染の悠馬──腐れ縁を──れますように──」


 心構えはあったとは言え、微かに聞こえてくる真夜の声は心に突き刺さる。

 自分でもどうしてこんなに心が痛いのかわからない。

 幼馴染が見ず知らずの男に取られるというのはこんなに心痛むものなのだろうか?

 潜り抜けた真夜が今度は裏から表へと潜ろうとしていた。


「彼女になれ──できれば──結ばれ──」


 近づいてくるたびに、少しずつ真夜の声が大きくなる。

 真剣な顔で祈ってる真夜は、心の中で念じているつもりで、口に出ている事は気づいてないようだった。


「お待たせ。次は悠馬の番よ」


「ああ、行ってくるよ」


 そう言って歩き出したものの、何を祈ったのかは覚えていない。

 多分、真夜の悪縁が切れ、真夜が良縁に恵まれますようにと祈ったのだと思う。

 気づくのも遅ければ、執着するにも遅すぎた。真夜が縁切りを望むほどに迷惑を掛けていたのなら、希望通りに身を引くべきだ。

 幼馴染など、どこまで行っても幼馴染でしかない。これまでに、それ以上の関係を望まなかった自分が悪いのであり、いまさら足掻いたところで、一切の弁明が成り立たない。


「もう、シャキッとしなさいよ。正月早々覇気がないぞ。熱でもあるのかな?」


 真夜の顔が近づいて来る。

 普段からの額と額を合わせて検温する癖が出たようだ。


「だ、大丈夫だよ。心配かけてごめん。何でもないから!」


「そう? ならいいけど。無理して寝込むのが悠馬の悪い癖だから」


「ははは、そうだっけ?」


「もう、自覚ないからタチが悪いんだよ。はあ、何でこんなの──」


 腰に両手を当ててプリプリと頬を膨らます真夜の姿も可愛く見える。


「えっ?」


「何でもない! 何でもないから──」


 真夜が胸の前で両手を振る。それに合わせて、形代がぴらぴらとはためく。


「そ、そうだ。早く貼らないと! 悠馬もちゃんと貼りなさいよ」


「そうだね」


 真夜に急かされるまま、巨石に形代を貼り付ける。

 これで、真夜との腐れ縁もお終い。それなりにいい関係だと思っていた幼馴染もお終い。


「そうだ! どんな願い事したのか教えてくれるはずだったよね?」


 意外にも、真夜が動揺した姿を見せる。


「えっ。そ、そうだったわね──」


 口ごもる真夜の顔が真っ赤になっていく。

 そりゃあ、好きな相手の名前を言えと言われたら恥ずかしいのだろう。


「まず、悠馬との幼馴染という腐れ縁を断ち切りたくて──」


 普段見ることのない、もじもじしながら話す真夜の姿は新鮮な感じがした。


「──怒った?」


 上目遣いにこちらを見てくる。僕はゆっくりと首を横に振った。


「いや、別に。僕も真夜と同じ事を願ったよ」


「本当に!?」


「ああ、僕も真夜の幸せを祈ったんだ。僕の気持ちも真夜と同じだよ」


「きゃっ!」


 口元に両手を当てた真夜の頬がますます赤くなり、とうとう耳まで赤くなった。


「同じ気持ちだなんて、知らなかったもん。いつから?」


 いつから? ついさっきなんて言えないよ。自分でも真夜の事が好きだなんて考えたこともなかった。


「うーん、内緒。願い事最後まで教えてもらってないもの」


「悠馬のケチ! バカ、死んじゃえ──」


「縁切り相手が僕で、縁結びの相手は?」


「女の子に言わせるの?」


「うん?」


 僕の頭の中を疑問符が飛び回る。

 なぜ、僕が真夜の好きな相手を知っている前提になっているのだろう?

 確かに小中高と同じ所に通い、交友関係は重なる部分が多いが、だからといって真夜の全てを知っているわけではない。

 そもそも、こんな風に恥じらう真夜の姿すら新鮮すぎる。

 棒立ちしている僕の首の後ろに真夜の手が伸びるとそのまま引っ張られた。

 そして、真夜の胸元に顔を埋めるような形になった。


「『僕の気持ちも真夜と同じ』何でしょう? 悠馬から言って欲しいな」


 真夜の胸の柔らかさに包まれて、いつも以上に回らない頭をフル回転させる。


『僕の気持ちも真夜と同じ』


 幼馴染の腐れ縁を断ち切りたい。

 それなのに、なぜ真夜はこんなに嬉しそうなんだ?

 真夜は僕が──気づいていると思っている?

 何を?

 そして、僕が真夜に告げねばならないこと──

 真夜が望んでいること──

 断片的に聞こえて来た『彼女』『結ばれ』という単語。

 僕の勘違い、願望かもしれない。

 でも、もし──

 少しでも可能性があるのにあきらめるのは嫌だった。

 指を咥えて見ず知らずの男に真夜を差し出す愚か者になりたくない。その想いだけははっきりしていた。


 真夜の両肩を掴むと、彼女の胸から顔を上げた。見つめた真夜の瞳が涙で潤んでいる。

 何かを期待し、何かを諦めかけた眼だ。

 意を決して口を開く。


「今日、二人の幼馴染という腐れ縁は断ち切られた。

 ──なので、改めて僕と付き合ってください。

 僕の恋人になってください」


 少しの間の後に返って来た返事は


「ばか──」


 残酷な一言だった。

 途方にくれる僕に追い討ちがかけられた。


「こんな人混みで恥ずかしいじゃないの」


 振り返ると、僕たち二人を取り囲むように人ごみが出来ていた。


「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ──」


 頭をかきながら真夜に謝る。


「謝るんだ? 嘘だったの? 遊びだったの?」


「えっ? いや、そんな事はないよ。真夜のことが好きなのは本当だよ」


「ふーん」


 突き刺すような冷たい視線でこちらを見てくる。

 しかし、ニコリと満面の笑みを浮かべると両手を広げて飛びついて来た。


「じゃあ、許してあげる。これから、よろしくね、悠馬」


 飛びついてくる真夜を受け止めた瞬間、周囲からの歓声が上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

縁切り、縁結び 青空のら @aozoranora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画