コミック書評:『アビーロード人事』(1000夜連続37夜目)

sue1000

『アビーロード人事』

IT企業の採用活動をテーマにしたマンガ、と聞くと硬そうに思うかもしれない。だが『アビーロード人事』は、その先入観をものの見事に裏切ってくるお仕事コメディだ。

主人公の佐伯ひかりは、真面目で几帳面な人事担当。だが、何十人もの候補者と面接を繰り返すうち、彼女の頭に浮かんだのは「資格も経歴も立派なのに、どうしてこんなに“生きてない”感じなんだろう」という素朴な疑問だった。

そこから彼女の発想は、予想外の結論にたどり着く。「――本当に必要なのは、机上のスキルよりも、創造性、バイタリティ、チーム意識、そして泥臭く何かを追求してきた人間なのではないか。じゃあ誰だ? そうだ、バンドマンだ!」と。


こうして始まるのは、まさかのバンドマンのヘッドハンティング活動。ひかりはライブハウスに顔を出しては、前衛的なジャズバンドのピアニストに「あなたはきっとクリエイティブディレクターに向いてる」、深夜のアルバイトと音楽活動を両立させていたドラマーに「あなたのタフネスはエンジニア向き」と声をかけまくる。ひかりの妙に理屈っぽい解釈が、時に的を射ているようで、やっぱり暴論に聞こえるという絶妙なバランスで笑わせてくる。


会議シーンも抱腹絶倒だ。上司から「なんでバンドマンなんだ」と問い詰められると、ひかりは真剣な顔で「彼らは失敗に慣れています」と答える。場の空気が一瞬凍りつくが、彼女は続ける。「オーディションに落ち、客が三人でも演奏を続け、アルバイトと創作活動を寝る間を惜しんで続ける。そんな人間が、どんなに強いか分かりますか?」――とんでもない論理だが確かに妙な説得力があるのだ。


音楽活動そのものはほとんど描かれない点も特徴的だ。観客の熱狂も、ステージの眩さもない。ただ残っているのは、音楽を通して培われたはずの個性や想像力、しぶとさ、そして何より「諦めないで続ける力」。そのエッセンスだけを取り出して、採用の物語に組み込む発想がユニークだ。


『アビーロード人事』第1巻は、結局「元バンドマンを優先して採用する」という結論をどうにか役員会で通すところまでで幕を閉じる。採用に至るまでの過程を、変化球の設定でありながら「優秀な人材とは何か」という問いを内包しながらドタバタ劇として見事に成立させている。

そして第2巻では「元バンドマン」の採用が本格化するようだ。会社人の常識にとらわれない彼らが、どんな混乱を引き起こすのか、あるいは意外に馴染んでしまうのか。ひかり自身も、このアイデアの帰結にどう向き合っていくのか。笑いの裏に潜む次なる緊張感が、待ち遠しい。


総じて『アビーロード人事』は、人事部を舞台にしたコメディでありながら、「労働とは」「人材とは」「人の強さとは何だ」という普遍的なテーマを、軽妙な筆致で投げかけてくる稀有なマンガだ。


肩の力を抜いて笑いながらも、読み終えたあと妙に背筋が伸びる。そしてページを閉じた最後にきっとこう思うだろう――これからの時代、魅力的な企業に入社するためには、バンドマンを志すのが一番いいのかもしれない、と。(ということで、まずはギターでも始めてみよう)










というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。

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