【14】


 赤神 円について語る前に、薄池高校における【坊主頭の幻想プラシーボ】が発生した経緯について説明しておこう。

 現在は秋、十月ということを念頭に置き、話を進める。

 凛子の調査による、現段階で判明している事実のみで説明したいと思う。


 まずはじめに、この【坊主頭の幻想プラシーボ】の発生時期についてだ。

 調査によると、四月――即ち、新学期早々から、この病は発症していたようだ。

 まだ桜が咲いている季節から、まだ夏の気配すら到来していない時期から、ソレは始まっていた。

 というのも、新学期が開けると同時、入学式及び全校集会にて、学校長及び生徒会長が、『薄池高校に関わる者は、坊主頭に頭にすること』というぶっ飛んだ校則を設立したことを公言したのが、そもそものはじまりだったようだ。

 当然、この時はまだ、【坊主頭の幻想プラシーボ】は生徒間、教員間に浸透しておらず、相当なブーイングが起こったそうだ。


『こんな馬鹿みたいな校則に従えるか!!』

『自由の侵害だろ! こんな校則!!』

『坊主にするなんて、絶対に嫌!!』

『学校側と生徒会は何を考えてんだ!!』

『校長がご乱心だ!!』


 ……などなど。

 こんな風に、多数のブーイングが。

 当時は、この不思議で、奇妙奇天烈な校則に従う者などおらず、校則違反? 罰? 知るか! そんなもん!! 状態であったそうだ。

 生活指導の強面の先生ですら、この校則に異議を唱えており、校則は立てられたものの、従う者は誰一人おらず、それを咎める者もいない――そんな状態だったらしい。

 それもその筈だ、こんな馬鹿げた校則が、現代日本においてそう易々と受け入れられる訳がない。

 だが――――ここからが、【幻想プラシーボ】の恐ろしいところなのだ。


 新学期に入り一週間後、約二割の生徒が頭を丸めた。

『校則だから』と……。

 何人かの生徒達が、校長と生徒会側につきやがった!! 裏切り者だ!! と、その二割の生徒達は糾弾された。

 しかし、彼ら彼女らはそんなものに対し、何のその、だったそうだ。


『校則だよ? 守ってないあなた達こそ、薄池高校の裏切り者なんじゃないの?』


 こんな風に。

 さも、といった価値観を、元々持っていたと言わんばかりに。


 ここで違和感を持ち、動きはじめたのが、我らが二年A組の頼れる学級委員長、倉持水地だった。

 学校側に異論を唱え、生徒たちの署名を集め、校則改定に乗り出したのだ。

 しかし――時すでに遅し。

 徐々に広がっていく【幻想プラシーボ】。

 倉持学級委員長が動いていたと同時に、坊主頭の生徒は、薄池高校の約半数以上を締めてしまっていたのだ。

 過半数以上が、坊主頭の校則への賛成票を持った。

 そうなってくると当然――


『君の申し出は却下だ』


 倉持学級委員長の敗北は免れない。

 そして……自体は最悪の方向へと進む。

 五月の頭――


『髪を1センチ以上伸ばしている者は校則違反だ!! 厳しく罰するなら覚悟しておけ!!』


 これまで味方だった、生活指導の強面の先生まで、坊主頭の校則側についてしまったのだ。

 坊主頭への強制――

 それから……【坊主頭の幻想プラシーボ】の侵攻は、大きく加速した。

 倉持学級委員長はそれでも、髪型の自由を訴え、抵抗したそうだ。

 けれど……その抵抗虚しく……。


『何を言っているの? 円。坊主頭は素晴らしいじゃないの』

『スイっち……あなた……』


 倉持水地もまた……【坊主頭の幻想プラシーボ】の毒牙にかかってしまったのであった。

 頼れるリーダーを失った、反校則グループは、当然のように瓦解した。

 そして七月末――――一学期が終わる頃には、薄池高校全域に【坊主頭の幻想プラシーボ】は蔓延していた。

 髪を長々と生やしている者が、誰一人としていない……夏休み前の終業式。

 異様な光景が……体育館中に広がっていたそうだ。

 そんな中、夏休みへ突入。


 夏休みが開けた二学期の初日……赤神 円は、僅かな希望を抱き、学校へと足を運んだ。

 約一ヶ月もの夏休みを挟んだのだ。

 あのおかしな校則もなくなっているはず。

 変なブームは去ったはず。

 おかしくなった親友の髪も、今は少し長くなり、『あの時はごめんね』と謝ってくれるはず。

 そんな儚い希望は……別に、教室へ辿り着かずとも、校舎へ辿り着かずとも、砕け散った。

 登校中、すれ違う薄池高校生の頭部を見て、そんな希望は、容易く消し飛んでしまった。

 周りにいる、薄池高校の制服を着た誰しもが……。

 坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭坊主頭……――――


『……もうやだ……帰ろう……』


 こうして――――赤神 円は不登校になった。



 さて……以上が、現在までにおける、薄池高校の【坊主頭の幻想プラシーボ】発症にまつわる経緯なのだが……。

 オレも凛子も、この話を知った時に抱いた一つの疑問がある。

 その疑問とは――――


「薄池高校の、あのバカげた校則が……【幻想プラシーボ】が蔓延しきったのは、一学期の末のことだ。そこから夏休みを挟んで……二学期の頭から、彼女は不登校になった。おかしいとは思わないか? 喜田くん」

「……確かに、おかしいですね……その話……」


 喜田くんも察した様子。

 倉持学級委員長も相当だが、彼も相当頭が切れる。


「何がおかしいのか……言ってもらっても良いかな?」

「重要なのは、不登校が始まった時期かな? と……。【幻想プラシーボ】が蔓延しはじめた頃や、親友が感染した頃ならば、理屈は通っているように思いますけど……二学期の初日、というところに、違和感を感じます」

「ふむふむ……」

「……まるで――――」


 そう、まるで――――


「その赤神円さんには――――【幻想プラシーボ】が


 その通り。

【坊主頭の幻想プラシーボ】の感染が広がる中――唯一、彼女だけが感染せず、自我を保てている。

 だからこその、不登校。

 そこから導き出せる結論は一つだ。


「赤神円には。オレのように――――『幻想現象対策部隊』に入れる、素質がね」


 そんな訳で、赤神家へ到着。

 オレと喜田くんは躊躇なく、インターホンのボタンを押した。

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