【5】
「ここが音楽室だよ。巨大なベートーヴェンの幽霊が、夜な夜なモーツァルトの曲をひいているっていう、いわく付きの音楽室だよ」
「へぇー……」
「ここが理科室。夜な夜な、この部屋中のアルコールランプすべてに火がついて、異様な光景が広がっているらしい。それはもう……百物語の如く。そんな、いわく付きの理科室だよ」
「ほほぅ……」
「ここが視聴覚室。深夜になると、呪いの動画が流れるそうで、その動画とは、だただた髪の長い女の人がじぃーっとこちらを見ているだけの動画らしい。一分以上その動画を見ていると、その女の人に呪われるんだってさ。いわく付きの音楽室だよ」
「ははぁん……?」
「ここが展示室。そこに置かれている、絵があるだろう? 大きなハムスターが描かれている。少し血がついて見えないかい? そのハムスターは夜中にこの展示室中を駆け回り、この部屋中のあらゆる生物を食べ尽くすそうだよ……。もちろん、人間も、ね……。何にせよ、いわく付きの展示室だ」
「お、おう……」
「ここが美術室。デッサン用のリンゴがあるよね? そのリンゴ、どうやら辛いらしいんだ。あまりにも辛すぎて、台が溶けるらしい。手に持つと火傷どころか、手が使い物にならなくなるから注意して。これは夜間だけでなく、昼間も有効らしいから、本当に注意して。いわく付きの美術室だ」
「え? 何だそれ? ヤバくね?」
「ここは保健室。夜中の四時に、もうこの学校の生徒ではない何者かが、訪れるそうなんだ。そして、ベッドに潜りずーっと待っているそうだよ? 病気を抱えた自分を見捨てずに、一緒に横にいてくれる保険医を……。いわく付きの保健室だ」
「えぇ……」
「そしてここが食堂。夜な夜な、志半ばで息絶えた、天才シェフの幽霊が厨房で料理をして……――」
「もういいよ!! オレ、怖いの苦手なんだよ!!」
オレが頼んだのって、学校案内だよな!?
何で行く先行く先、あらゆる部屋がいわく付きなんだよ!!
奇妙な校則より、よっぽど奇々怪々だよ!!
「安心して、白宮くん。ボクも最近、学級委員長に学校案内された時、同じこと思ったから」
「…………で、ですよねぇ……」
どうやら喜田くんは、学級委員長にされた学校案内を、そのまま真似して行っただけのようだった。
同じ気持ちだったようで何より。
これを素で案内していたのだとしたら、校則よりも先に、そちらに手をつけざるを得なくなっていたことだろう。
ホッと一安心。
ちなみに上記の怪談じみた話は、何の伏線でもないので誤解しないように。
幽霊? そんなもの、いる訳ないじゃん。
「ボクも、幽霊なんて信じていないよ」そう言いながら、喜田くんは食堂の椅子へと座った。
もう昼休みも終盤だ、他の生徒はいない。
いるのは厨房の人(もちろん坊主頭)くらいだ。
そこから一番離れた窓際の席に、彼は座った。
厨房から一番離れた窓際の席を選んで――――喜田くんは座った。
これからする話が、他の人間にバレたらマズいことを理解しているのだろう。
物分りが良い。
そして、話が早い。
オレは、彼と向かい合う位置に座った。
「こんな風に、馬鹿げた学校案内をするのは、気を逸らすためだと思う……」
喜田くんがそんなことを言った。
気を逸らす……?
「ああ……」頷きながら、そして、自身の坊主頭を触りながら、彼は続ける。
「奇妙なこの学校の校則から、少しでも気を逸らすための嘘――――そういった方が分かりやすいかな?」
「……なるほど」
転校生が来る。
それ即ち、まだこの幻想に取り込まれていない生徒である可能性が高い、ということだ。
この奇妙な校則に、違和感を覚えている、危険分子。
変化を与える可能性のある、危険な存在。
そんな危険な存在を、奇妙な校則から気を逸らすための七不思議風の学校案内ということか……。
なるほど……なかなかどうして。
その策に効果があるかどうかは別にして。
この幻想の感染源である人物は、随分と念入りに対策を練るタイプのようだ。
「つまり……そう思うってことは、喜田くん。君はどうやら、まだ、この学校の奇妙奇天烈な校則に対して心酔してはいないようだね」
「当たり前だよ……」深い溜め息を吐きながら、背もたれへ上半身を預ける喜田くん。
「郷に入っては郷に従え……だから髪は剃ったけどさぁ、ぜーんぜん、納得なんてしてないよ。する訳ないじゃん、こんな変な校則。最悪だよ。何で皆、反抗せずに黙って従ってるのかが分からない。心の底から……意味が分からないよ」
「ちなみにだけど、そのことについて……誰か他の生徒に告げ口したことはある?」
「……ある」
「その時の、告げ口相手の反応は?」
「どうもこうもないよ。凄く睨まれた。アレは、親の仇を見る目だった。思い出しただけでゾッとするよ。七不思議よりも、怪談よりも、お化けよりも、おかしな校則よりも……一番怖いのは人間っていうのが、改めて理解出来た」
正確に言うと……おかしな校則があるからこそ、人間が怖い存在になっている訳……なのだが。
話を聞くに、クラスメイトの面々……もとい、この学校に関わる人達は、随分と深く取り込まれてしまっているようだ。
こりゃ……学校の外まで影響が及ぶのは時間の問題だな。
「ところで……」一転して、今度は机に上半身を預けながら、喜田くんは尋ねてきた。
「君は一体、何者なの? 話の聞き方から、学校案内への誘い方から……君はまるで、この学校におかしな校則があることを知っていながら、この学校に転校してきたように思えるんだけど……?」
やはり鋭いな、この人。
数少ない協力者だ……素直に、自分の立場を伝えるのも悪くないが……。
「オレのことを伝えるために、一つ聞いて良いかな?」
「……何だい?」
「君はこの学校に……この薄池高校の敷地内に入った際、頭がボヤーっとする症状などはあったりするかな?」
「ボヤーっと? ……いいや? ないけど」
「そうか……ならば、正直に答えよう。オレの正体は――――」
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