椅子にまつわる物語

@eggtarte2025

第1話

私の村には少し変わった習慣がある。

通常の墓地ももちろんあるが、椅子型の墓が散見される。


その由来については諸説あるが、私がとある墓守から聞いた話はこうだった。


かつて、すべての墓は椅子だった。

木製だった時代にも、そうだった。

生前の人物の人柄や生き方によってふさわしい椅子を拵える事で死者を弔っていた。


生きている者は、その椅子に座って死者を鎮魂する。

一人に一つの椅子。

この村に住む者はみな生前から自分の分身になる椅子について想像を巡らせる。


お前はいったい、どんな椅子になるんだろうな。


墓守は、そう言って私の背中を軽く叩いた。

からかうようでいて、逃げ道を塞ぐ問いかけだった。

「昔はな、椅子を見れば、その人間がわかった」

乱暴者には脚の太い椅子が与えられた。

折れにくく、多少蹴飛ばされてもびくともしない。

寡黙な者の椅子は背もたれが高く、深く、言葉の代わりに沈黙を受け止める形をしていた。

誰かを支え続けた者の椅子は、肘掛けが広く、人が自然と身を預けたくなる曲線を描いていた。

逆に、座りにくい椅子もあった。

落ち着きなく生きた者、他人の居場所を奪ってきた者、

そういう人間の椅子は、座ると微妙に軋み、長く腰掛けていられない。

それは罰ではない。

ただ、その人が生きてきた時間を、形にしただけだ。

「椅子は嘘をつかん」

墓守はそう言って、古い墓列を指さした。

石に刻まれた椅子たちは、どれも微妙に違う。

同じ形のものは、ひとつもない。

かつては、葬式の夜、村人が順番にその椅子に座ったという。

死者の椅子に、死者の視線で、死者の高さから世界を見る。

そこで語りかける言葉は、祈りではなく報告だった。

――今日は雨だった

――あの子は大きくなった

――まだ、覚えている

そうして椅子が人の重みを覚えると、死者は落ち着く。

「自分はもう動かなくていい」と理解する。

だが、時代が変わり、木は腐り、石に置き換わり、

人は忙しくなり、誰も椅子に座らなくなった。

横になる墓が増えた。

待たずに眠る形だ。

それでも、どうしても眠れない者がいる。

立ち去れない者、立ち上がれない者、

自分がどんな椅子だったのか、まだ確かめきれていない者。

だから今も、この村には椅子型の墓が残っている。

墓守は、私の足元を見た。

まるで、そこにまだ存在しない椅子の輪郭をなぞるように。

「お前はな……」

少し、考える素振りをしてから、彼は言った。

「座る人によって、形が変わる椅子だろうな」

安定しているようで、決まった姿を持たない。

一人で座れば狭く、誰かと並べば自然と余白が生まれる。

肘掛けは片方だけ。

空いているもう片方は、いつも誰かのために残されている。

「自分が座るより、他人が座った跡のほうが多い椅子だ」

冗談めかして言ったが、笑顔はなかった。

私は、無意識のうちに、

墓列の奥――まだ椅子の置かれていない場所を見ていた。

そこには、

いつか自分が“座ることになる形”が、

すでに静かに待っている気がした。

ある一群には、小振りで形の揃った椅子たちが並んでいた。

それは、明らかに子供用の椅子だった。


飢饉と疫病が流行った年には、村の人間より椅子の数が上回ったこともある。

と墓守は見てきたように語る。


墓守は、その一群の前では足を止めなかった。

立ち止まること自体が、遅すぎる弔いになると知っている者の歩き方だった。

小さな椅子は、どれも同じ高さで、同じ幅で、同じ背もたれを持っている。

個性を映すはずの椅子が、ここでは意図的に揃えられていた。

「子供はな……

 まだ椅子になりきっていない」

墓守はそう言った。

本来なら、子供の椅子は未完成のまま置かれる。

背もたれが低かったり、脚が仮留めだったり、

“これから形が変わる余地”を残した椅子になるはずだった。

だが、あの年は違った。

飢饉。

疫病。

泣く力すら残っていない死。

「想像する暇がなかったんだ」

誰がどんな人間になるか。

どんな椅子に育つか。

考える前に、作らなければならなかった。

数が、意味を食い潰していった。

「一脚ずつ考えてたら、間に合わなかった」

だから村は決めた。

子供の椅子は、すべて同じ形にすると。

――小さく

――軽く

――誰でも座れるように

それは弔いであると同時に、諦めでもあった。

私は、その中の一つに目を留めた。

背もたれの裏に、かすれた刻みがある。

名前だ。

消しかけた跡の上から、別の名前が刻まれている。

さらにその上に、もう一つ。

「……上書き、ですか」

墓守は頷いた。

「椅子が足りなくなった時があってな」

死者のほうが多い日が続いた。

作る手も、考える余裕も、もう残っていなかった。

「座って鎮める者も、いなくなってきていた」

生き残った者たちは疲れ切っていた。

子供の椅子に、子供の重さで座れる者が、もうほとんどいなかった。

だから椅子は、

誰にも座られないまま、

名前だけを重ねられていった。

「見てきたように、って言ったがな」

墓守は、小さく息を吐いた。

「実際に、見てたんだよ」

あの年、

朝に数えた椅子より、

夕方には増えていた。

人よりも、椅子のほうが多い村。

誰かが言った。

――もう、生きている者のための村じゃない。

その言葉を否定できる者は、いなかった。

「それでもな」

墓守は、小さな椅子の一つを、指先でほんの少し撫でた。

触れないようでいて、確かにそこにあった。

「椅子をやめなかったのは、正解だったと思ってる」

なぜなら。

もし横になる墓だけになっていたら、

彼らは“眠ったこと”にされてしまうからだ。

待っていたことも。

座っていたはずの時間も。

誰かを迎える姿勢だったことも。

すべて、なかったことになる。

小振りな椅子たちは、今も並んでいる。

同じ形で、同じ高さで、

それでも――

座面の擦れ方だけが、微妙に違っていた。

誰かが、

ほんの一瞬だけでも、

座った証だった。


ひときわ大きな椅子もあった。

てっきり有力者の椅子なのかと思って尋ねたが、そうではないらしい。


それは複数人で座れるように座面が広く作られた椅子だ。


残された二人が等しく椅子を分け合うための椅子だ。

生前から、その男は話していたよ。

椅子は必ずしも、送られるものの為にあるわけではない。


ときには残される者を想って作られる。


墓守は、その椅子の前では今度こそ立ち止まった。

大きすぎて、墓列の中でわずかに浮いて見える。

背もたれは低く、肘掛けもない。

威厳を誇るための形ではなく、

誰かが自然と隣に腰を下ろしてしまうような――

間の抜けた、優しい輪郭をしていた。

「偉い人の椅子じゃない」

そう言われて、私は改めて座面を見た。

広いが、中央にわずかな窪みがある。

長年、二人分の重みが、同じ場所にかかっていた跡だ。

「先に逝ったのは、あの男一人だ」

墓守は言う。

夫婦だったのか。

兄弟だったのか。

あるいは名前を持たない関係だったのか。

それは、もう誰も言わない。

「残される側が一人になるのを、あいつは嫌がった」

「椅子はな、迎えるための姿勢だろう」

「なら、迎えられなかった奴のためにも、必要だ」

そう言って笑ったらしい。

自分が死んだあとの話を、

まるで来年の天気でも話すように。

だから彼は頼んだ。

――一人用じゃない椅子を作ってくれ、と。

「残された二人が、同時に座れるように」

「どちらかが欠けても、もう片方が一人にならないように」

墓守は、その時のことを思い出すように、

椅子の端を指でなぞった。

「死んだあとに分け前を残す奴は多い」

「だが、座る場所を分けると言ったのは、あいつだけだ」

その椅子は、今でも使われている。

命日には、二人が来る。

血のつながりはない。

けれど、同じ速度で年を取ってきた者たちだ。

二人は並んで座る。

言葉は少ない。

時折、どちらかが立ち上がっても、

もう片方はそのまま座って待つ。

「半分になるってのはな」

墓守はぽつりと言った。

「失うことじゃない」

「余白ができるってことだ」

その余白に、

誰かが座るかもしれない。

誰も来ないかもしれない。

それでも、

最初から一人分しかない椅子より、

ずっとましだと、あの男は思ったのだろう。

私はその椅子を見つめた。

送られる者のためでも、

鎮めるためでもない。

――残される者が、

 一人で立ち尽くさなくていいように。

そういう椅子が、

確かにここにはあった。

墓守は最後に、こう付け加えた。

「だからな」

「この村じゃ、椅子を考えるのは、死に方じゃな

い」

生き残ったとき、

どこに座るか――

その想像を、

人は生きているあいだ中、

手放さないんだよ。


死について考えることは、椅子について考えること。


墓守は、もう何も言わなかった。

代わりに、墓地の奥へと視線を向ける。

そこには、まだ誰のものでもない場所がある。

椅子の影だけが、夕暮れに薄く伸びている。

死について考えることは、

いつか横たわる姿を想像することではない。

――どこに座るか。

――誰の隣に腰を下ろすか。

――その席を、空けておくのか、分け合うのか。

椅子を思うというのは、

生きている間の姿勢を問い直すことだ。

背筋を伸ばして生きたい者もいる。

深く沈み込むように生きる者もいる。

壊れやすくても、軽くて持ち運びやすい椅子を選ぶ者もいる。

どれが正しいかではない。

ただ、その椅子に誰が座るかが、すべてだ。

この村の人間は、

椅子を通して死を遠ざけているのではない。

むしろ、近くに置いている。

怖いものは、正体を持たないまま闇に置かれる。

だが、椅子は形があり、触れられ、座れる。

「考えていいもの」になる。

だから子供たちは、

大人の会話の端で、こんな話をする。

――ぼくの椅子は、きっと小さい

――わたしのは、二人がけがいい

――背もたれはいらないかも

それは不吉な冗談ではない。

未来の話だ。

誰かが死んだとき、

村は泣く。

それでも、椅子を作る。

なぜなら、

その人が生きてきた時間には、

必ず「座るに値する重み」があったと、

信じているから。

墓守は、帰り際に一度だけ振り返り、

私に向かって、静かに言った。

「怖くないだろう」

私は頷いた。

椅子は、

終わりの形ではない。

――待つための姿勢であり、

 迎えるための余白であり、

 生きていたことの証だ。

夕暮れの中、

椅子たちは黙って並んでいる。

誰かを縛るためではなく、

誰かが、安心して座れるように。

それだけの理由で。


それは、決して悲しいだけではないし、怖いことでもないのだ。




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