籠の鳥は、闇を喰らう<Pretender>

ささやん

第1話 知らないベッド

 冷たい風が、頬を撫でていった。


 くしゅん

 くしゃみが、夢の世界から私をベッドの上に引き戻した。

 薄目を開けたけど、すぐには、ここがどこかはわからなかった。

 それはよくある事。

 私が冒険者だから…、それはいい、それにしても、ここはどこだ?


 ベッドに天蓋が掛っていて、外がよく見えない。

 ただ、窓から、少し淡い光が見えた。

(山小屋!)

 私は、はっとして、身体を起こした。

 横の空いた場所に手をのばす。まだ温かい。

 誰かが横に寝ていたのだ。

(そうか)

 ふっと息を吐いた。

 そうだ、あの男、フィアスだっけ、いない。

 朝早く、何をする気なんだろう。

 少しずつ思い出してきた、胸に手をあてて全てを思い出した。

 私は、ぶかぶかのパジャマを着ている。

 乳房のふくらみが前ボタンの間から、見える。

 私は、身を倒して天蓋の上を見た。


 天蓋に映った、二人の動く影を思い出す。

(そうか、したんだ)

 身体のあちこちが、あの男、フィアスを覚えている。

 数日前の事を思い出していた。


 *


「おはようございます、キルケさん」

 一泊の安宿代より高い朝食を出す貴族御用達の食堂で、スレイマンは私を待っていた。

「お、おはよう」

 そう、言いながら、個室の扉が閉まるのを見ていた。

「話し声は、漏れないので、食事をしながら」

 ポットから、カップにスレイマンが紅茶を注いでくれる。


 私は、ポケットから、一枚の紙を取り出して、テーブルを滑らせた。


 **********************************


『キルケ様へ、明日、朝10時に、通りを挟んだ食堂でお待ちします』


 その紙の下の方に目を移す。


『安宿は、声が漏れますので、お戯れにはご注意を。 スレイマン』


 ***********************************


 仲間の渉外役がその紙に眼を落しす。

「忠告、ありがとう、なんなら、ノックしてくれても良かったのに」

 今さら、この中年貴族のおっさんに顔を赤らめる間柄ではない。

 それが良いとは思えないけれど…

 その代わり、彼のナニが役に立たないのを知っている。

 そもそも私が好きなのは可愛い女の子で、おっさんには興味はない。


「それは、残念な事をしました」


 温かい紅茶を口に含む。

 目の前に、スープ、小さな籠に、こぶし大のいろんなパン。

 カリカリに焼いたベーコンに、スクランブルエッグ。

 ドレッシングが掛った茹で野菜。

 テーブルの脇に、ケーキと果物を載せたワゴンがある。

「おっさん相手で、申し訳ないです」

 なにをおっしゃいます。

 私達、冒険者パ―ティ『籠の鳥』の交渉係のスレイマンさん。

「気配りのできる、おじ様は嫌いじゃないわよ」

「あ、ありがとうございます」

 でも、抱き枕には、やっぱり呼ばないけどね。

 そんな事を思いながら、スープをすする私に、彼は言った。

「あるおじさんを、誘惑していただきたいのです」


「フィアス・カイトス…43歳、レグーナ国、元賢者、独身」

 チーズケーキを口に運びながら、資料を読む。

 なるほど、43歳なら、若すぎるより、アラサーの方がいいか。

「私が言うのもなんですが、後妻という線で近づくのが正解かと」

 あー、アラサーは後妻ですか、ああ後妻ね、確かに死別って書いてある。

「ちなみに、貴方から見て、私は後妻にどうです?スレイマン様」

「本気にして、よろしいのでしょうか?」

 真顔で聞かれてしまった。さすがに慌てる。

「ごめん、冗談、それでこの近くに来ているの?このおじさん」

「いえ、レグーナ国、国境付近の山小屋で、一人暮らしをされています」

 もう雪が積もっているかもしれませんねとスレイマン。

 レグーナ国なら、そうかもだけど、私の質問に答えなさいよ。

「だから、ここギリアン国に来ているんでしょ?」

「だから、キルケさんに、標的をブルーム国に連れ出して欲しいのです」

「レグーナ国!」

「ところで、私の単独行動(ソロプレイ)なの、後方支援は?」

 シルヴァンとサテアは、別の仕事で不在なのは知っている。

「ブルーム国の小隊が付きます」

「えっ」

 そういう事か、国の下請けってわけね。

 どうりで報酬がいいわけだわ。

『籠の鳥』は、国の色が付くのを嫌って、普段は避けている。

 それでも逆らえない事がある。

「キルケ様が仕事はしっかりこなされる方だと思っています。ただ」

「ただ?」

 スレイマンが、少し言葉を選んでいるみたい。

「ちょっと、色仕掛けの作成ですので、メンバーには知られたくないかと外しました」

「なんか、意味深じゃないの?」

 言ってはみたけど、なんとなくわかっている。

「標的が、気配りのできるおじ様ならいいですね」

「・・・」

「昨晩の貴女の逆の立場ですよ、期限が迫っているので依頼がきました」

 渉外係は、私をしっかり見て言った。

 それは彼なりの仲間への誠実さなのだろう。

 私は行商のおばさんに扮して、小屋を訪れるらしい。

 そう言って、これは私からと、金貨を2枚テーブルにおいた。


 私は、毛糸の大きなガウン、オスの匂いにむせながら、寝室を出た。

 あの男はどこに行ったのだろう?

 この小屋は、台所と居間を兼ねた部屋と、寝室しかない。

 寒い、腕を組んで、息を吐くと白い雲ができる。

 暖炉には、まだ火が入っていない。

 窓の半分が、雪で隠れているけど、夜が明けたばかりなのはわかる。

 遠くで鳥の鳴き声がしている。

 ギィっと裏の扉が軋みながら、開くのが見えた。

 そこに私と似たような格好のフィアスが見えて、私は、ほっとした。


「ああ、便所なら、ここだから」

 フィアスが、内側にある戸を指差す。

 そうか、彼は外で立ちしょんをしたのか。

「ありがとうございます」

 私は、そういうと彼の横を通って便所に入る。

 板張りで下は小川?手水鉢の水は凍っている。

(囲っただけね)

 用を足し終わると、私は氷を叩き割った。

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