頭越しの南天

ritsuca

第1話

 楽園がくえんを卒業してすぐにはこんな習慣はなかったはずが、ここ数年、年越しはいつもこうだ。

 あーあ、と開いた眼で隣に眠る男を見遣る。すーぴーと穏やかな寝息をさせながら眠る福島は、ひどく満たされた表情をしている。カーテン越しに差し込む光は眩しく、もう疾うに陽は高く昇っているらしい。

 昨日の年越し蕎麦の丼と鍋は片づけた。雑煮の出汁はとっていただろうか。なかったら粉末を使おう。他のお節は昨日商店街で受け取ってきたものを出して、まぁ、三十分もあれば十分に支度はできるだろう。

 と、朝食の算段をして、もう一度、隣を見る。まだまだ起きる気配はなさそうな穏やかな寝顔に、宮城は口元を緩ませた。

 もう少し、眠ろう。


 もぞもぞと身動ぎしていた隣が落ち着いたので、福島はそっと目を開けた。

 たぬき寝入りに気づかないだなんて、医師として大丈夫なのだろうか。余計な心配が首をもたげるが、宮城の腕が確かなことは身をもって知っている。だからこれはそう、自惚れても良いのならば。

 くふふ、と笑みを漏らして、福島はもう一度、目を瞑る。隣のぬくもりは、ひどく暖かかった。


「……ん、」

「はよ。雑煮はあと餅入れるだけになってる。食べられそう?」

 もぞりと起き出した宮城が目を開けると、先ほど起きたときに眩しかったカーテンは、もうすっかり柔らかい光を溢していた。

「いま何時……」

「午後三時手前ってところかな」

「起こせよ……初詣……」

「大丈夫だって。しっかり食べてから行こう」

 餅、焼き始めるわ。言い置いて、福島は階下に去っていく。たん、たん、たん、と階段を下りる足音を聞きながら、徐々に覚醒した宮城は寝間着を着替え始めた。


「「いただきます」」

「じゃない、まって、大事なことを忘れてた」

「ん?」

 首を傾げる福島は早速、雑煮の餅を大きいまま頬張っている。年をとってもこの食べ方をしようとするならば、どこかで止めなければならない。

 当たり前のように何十年も後の想像をした自分に半ば呆れながら、箸を持とうとしていた手を膝に置く。

「あけましておめでとう。今年もよろしく」

「んんっ!」

 軽く頭を下げて言えば、ようやく思い至ったらしい。急いでもぐもぐと噛むのを押し留めて、宮城は苦笑した。

 ずっと見守るのも何か、と中央に位置するお節を眺める。昨日受け取ってきた折詰のままでは味気ないと思ったのか、大皿に盛り直されたそれはたしかに折詰に入っていたときよりもどれも美味しそうに見える。

 それにしてもそんなお皿、どこに仕舞ってあったのだろう。家主は宮城だが、こと台所については福島の方が断然詳しくなっている。今日も結局福島にすべて用意してもらってしまった。一体いつの間に、と福島に視線を戻せば、ようやく咀嚼が落ち着いたらしい。ごくんと飲み込んで、胸元をとんとんと叩くと、福島は背筋を伸ばした。

「あけましておめでとう。今年もよろしく」

 言い終えて軽く下げられた頭は、戻ってきたときにはもう目を輝かせている。今年も美味しそうだなー、と弾んだ声は、大皿のお節を向いていて、迷うことなく伊達巻きに箸が伸びる。俺も、と箸を手に、福島も伊達巻きを一切れとった。

 カーテンを開け放した居間からは、福島の頭越しに庭の南天が見える。傾き始めた陽に照らされて、赤い実がつやつやしている。この景色を去年も同じように見たことを思い出した。きっとまた来年も、同じように思い出すのだろう。

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