三度目の人生は、キミのために。

野風まひる

王都・マーテル

01:幼馴染が闇落ちしてた

 ロアは二週間後に、結婚式を控えていた。


「じゃあ、いってくるね。ロア」

「うん。いってらっしゃい」


 小さな村の入り口から、結婚前、最後の仕事に出かける彼を見送った。

 勿体ないくらい素敵な男性になった幼馴染との結婚。

 次に会うとき彼は、幼馴染から夫になる。


 そう思って、気付いたら、薄暗い部屋の中にいた。


 息をのんで体を起こしたロアは、思わず目を閉じてうつむいた。

 頭痛に似ている不快感だった。睡眠不足を補うための深い眠りから、叩き起こされたような。


 しばらくして過ぎ去った不快感の後で、自分がベッドで眠っていたことを認識した。それも、肌触りのいい上質な寝具の上で。


 状況が全く理解できないまま、辺りを見回す。

 深い赤を基調とした、豪華絢爛な部屋。

 いつか歴史の本でみた、中世ヨーロッパの貴族の部屋に似ている。

 おとぎ話の世界に迷い込んだような気持ちだった。


 ただひとつ不自然なのは、眠っていたベッドのすぐ右側にある、鉄格子。天井から床までを等間隔に貫く鉄の棒は、一つの部屋を完全にふたつに分断していた。

 ロアは縦に伸びた鉄棒のひとつを握り、鉄格子の向こう側に目を凝らした。


 部屋の中央にある天蓋のついた、品格高いベッド。


 男が座っている。


 ロアが息をのみ、鉄の棒から手を放しても、男はうつむいたままピクリとも動かない。


 よく見れば男は、ずいぶん身なりのいい恰好をしていた。

 質のいい紫の服。ベルベットの赤いマント。

 赤いブローチには、王家の紋章。

 それから、さらりとした、黒い髪。


 ひとりだけ、思い当たる人物がロアの頭をかすめた。


「……シェル?」


 もう二度と会うことがないはずだった男の名前を呼ぶ。

 七年前。小さな村から自分の故郷へ帰った、もうひとりの幼馴染の名前。


「うん。おはよう」


 返ってきたのは、知っているよりも、少し低い声だった。


 安心感から、ロアはゆっくりと息を吐く。

 意識の外側にある違和感には、気付いているのに。


 七年間、一度も会わなかったシェルは、あの頃のまま大きくなっていた。

 なにも変わっていない。柔らかい黒い髪も、暗い髪の色が落ちた赤い目も。

 変わったところといえば、前髪を分けた髪型くらいだ。


 元気だった?

 ここ七年、どうしてた?

 結婚したんだってね。ひとこと言ってくれたらよかったのに。

 私もね、結婚するんだよ。


 聞きたいことも、聞いてほしいこともたくさんある。

 それなのに始まりの雑談どころか、社交辞令の挨拶さえ、声という形にならない。


「久しぶり、シェル」


 ロアはやっとのことで、差し障りのない言葉を吐いた。

 それからは、顔を上げるシェルの様子を食い入るように見ていた。

 前髪がさらりと顔に落ち、影を落とす。

 心臓が一度強く打ったのは、シェルの顔に見たことがない笑顔が浮かんでいたから。


「久しぶりだね、ロア」


 柔らかくて、他人行儀な、大人の愛想笑い。

 シェルだと気付いてからあった違和感が、もう押し込められない速度で、膨らんでいく。


「ここはどこ?」

「俺の家だよ」


 シェルの家。

 つまり、マーテル城。


 マーテル地方を治める王の住む城。

 二人が出会った村から、つまりロアの故郷、トアルの村から離れた、王都・マーテル。


「どうして私は、ここにいるの?」

「俺が、ロアをここに連れてくるように言ったから」


 シェルは、あっさりという。

 たいして色のない表情で。


 昔のシェルは、よく笑っていた。

 昔のままのシェルなら、〝ロア! 会いたかった!〟と嬉しそうに言って、きつく抱きしめるくらいのことはしそうだ。


 身分や社会的階層をわきまえない。うっかりときめいて勘違いしてしまいそうな行動を平気でする、メンヘラ製造機。

 それがシェルだったはずなのに、今、当時の面影は少しもない。


 大人になったシェルは、ぞっとするくらいの落ち着きと品格を備えていた。


「どうして、私を連れてきたの……?」

「ロアに会いたかったから」


 シェルは予想通り、メンヘラ製造機の名に恥じないセリフを吐く。

 あまりにもあっさりと。

 ただ感情の上辺を撫で取ったみたいに。


「どうして私は、檻の中にいるの?」

「二人きりで会いたかったから」

「じゃあそう言えばよかったのに、どうして、わざわざこんな……」

「俺が会いたいって言ったら、二人きりで会ったって言い切れる?」


 違和感のような、嫌な予感。

 しかしどうすることもできずに、ただ、シェルが放つ次の言葉を待っていた。


「ロアはもうすぐ、ルイスと結婚するのに」


 ルイス。

 それは、ロアの婚約者の名前。

 同時に、シェル自身の親友だった男の名前だ。


「もうすぐルイスと結婚するロアが、俺と二人で会うとは思わなかった。それがロアが俺の部屋にいる理由」


 何の説明にもなってない。

 しかし、こうやって俺様主義で強制的に話を終わらせようとするところは、間違いなく、ロアの知るシェルだった。


 ロアはむっとした気持ちを隠さず、そのまま表情に出した。


「なにが言いたいのか、全然わからないんだけど。ルイスと結婚すること、言わなかったからふてくされてるの?」


 それを聞いたシェルは、ゆるりと立ち上がる。ロアは身の危険を感じて少し身を引いたが、シェルは無表情のままロアに背を向けて歩き出した。

 シェルが部屋を出て行くつもりだと分かったとたん、ロアは鉄の棒を両手でひっ掴んで、顔を近付けた。


「シェルが結婚したとき! にっ、二年前! 私だって直接なにも聞いてないんだから!」

 

 シェルの向かう先には、一枚のドア。


「ちょっと……! 逃げるなっ! なに考えてるの!?」


 シェルはもう、ドアの取っ手に手をかけていた。


「シェル!!」


 大きくも小さくもないドアが閉まる音、ロアの叫び声。それから、沈黙。


 嫌味な静けさが、部屋の中をいっぱいに満たしている。


 久しぶりの再会は、どんなときも必ず〝懐かしいね〟と語り合って始まるものだと思い込んでいた。

 今から14年前。シェルは世間勉強のために、ロアの生まれ故郷のトアルの村にやってきた。

 そして今から7年前に、トアルの村から、王都・マーテルへ戻った。


「あんの、メンヘラ製造機」


 ロアの強がって出た声は、ぽつりと部屋の中に響いて、あっけなく落ちた。

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