第2話 感じる視線

 バイト先に顔を出したことについて、何かしらお小言を賜るのかと思ったが。

 意外にも妹――――小梅こうめの反応は大人しいものだった。

 多少の呆れはあったものの、それ以上に……。


「兄さん……何をやらかしたんですか?」


 悪いことはしていないのだろうけど、何かやらかしはした。

 そんな感じの、探りを入れるような。


 思い当たることといえば、先ほどの大羊との一件だが。

 結果だけ見れば上手く収まったので、やらかしには入っていないと思う。


「心当たりはないんだけど……」


「大羊先輩がおかしなことになってましたよ」


「えぇっ!? お、俺、本当に何も……!」


「……詳細は先輩から聞きましたけど。でも、たぶん、兄さんが悪いと思います」


「信用がない……!」


 お兄ちゃんなのに!

 小学生の頃から一緒の兄妹なのに!


 このままではバイト先に顔を出すことを禁じられる。それは俺にとって呼吸を奪われることに等しい。何とかしなければ――――と、思っていたのだが。


「…………兄さんの過保護に頭を抱えるのはいつものことですし。とりあえず大人しくしてるなら、これからもバイト先に来てもいいですよ。どうせ、元からお店に通うつもりだったんでしょう?」


「それはそうだけど、よくわかったな」


「分かりますよ。兄さん、私のこと大好きですからね」


「小梅は俺の推しだからな」


 バイト先に顔を出すのも、いわば推し活というものだ。


 ともかく、理由は定かではないが、バイト先に顔を出す許可を得た。

 心の中で力強く拳を握ってガッツポーズをして、休日を終えたわけだが。


「ふわぁ…………」


 休日を終えれば、待っているのは平日。月曜日だ。

 既に一年間通い続けた代り映えの無い通学路を、のそのそと歩いていく。

 月曜日の通学路という一週間で最も気力を必要とする難所でも、妹がいれば乗り切れるというものだが……残念ながら、俺の隣は空っぽだ。


 この春、妹の小梅は俺と同じ高校に進学した。


 兄としては妹と肩を並べて通学したいところだけれども……自分の見てくれが妹の学校生活に支障をきたすことは、既に小・中と経験済みなので、朝は通学の時間帯をズラすように俺から提案したのだ。


 そのうち『大熊』という苗字から俺との繋がりは明らかになるだろうけれど。

 ……まあ。俺自身に悪評があるわけじゃない。あってもせいぜい「ああ、あのでけぇ陰キャの」ぐらいの反応だろう。


 わざわざ伊達眼鏡をかけてまで、大人しく過ごしてきたのだ。

 この体格のせいで多少、目立つことはあったとしても、俺自身は地味に目立たず、XLぼっち陰キャとして上手く学校生活を送れていると思う。


 …………上手くいきすぎて、友達は一人もいないけどな!




「あくびしてる……かわいい~………!」




「……ん?」


 視線を感じて、振り向く。

 ……が、いるのは俺と同じように通学している生徒たちがいるだけ。


「視線を感じたような…………気のせいか?」


 誰かに見られている気がする……けど。それ自体は珍しいことじゃないしな。こんな体格をしていたら、視線を向けられることは自然と増えるし……。


「バスケをやろう! おはよう、大熊くん!」


 耳の奥に響く無駄に声量のあるスカウトが、斜め下から鼓膜を貫通した。

 目線を下にやると、真っ白な歯をキラキラと輝かせた小さな熱血漢が、バスケットボールを手にして佇んでいた。


「……おはようございます、冠城かぶらぎ先輩。それと普通は、先に挨拶の言葉から始めるもんじゃないですかね?」


「おっと、すまないね! 幸運にも君の姿を見かけたばかりに、つい言葉が先走ってしまったようだ!」


 三年生の冠城シオウ先輩は、そう言ってキラリと白い歯を輝かせる。

 バスケは身長が高い方が有利なスポーツだけど、この人は百六十七センチ。選手としてはかなり小柄だ。しかし、この人が我が校のバスケ部部長だったりする。


 バスケに対する情熱は凄まじく、去年、入学して早々に俺はこの人に目を付けられ、バスケ部に勧誘され続けている。


「あらためて、おはよう! バスケやろうぜ!」


「ごめんなさい。やりません。放課後はバイトがあるので」


「そこを何とか! やはり何度考えても君の体格、バスケに使わない手はない!」


「チームスポーツ苦手なんですよ。コミュ力ないんで」


「か~~~~ら~~~~のぉ~~~~???」


「そういう無茶なノリ、やめた方がいいっスよ……」


「くぅっ! 正論ッ!」


 悪い人じゃないんだよ。ちょっとバスケになると暑苦しいだけで。


(バスケっていうか、スポーツ自体にあんまり興味ないんだよなぁ……バイトもあるのは本当だし)


 確かに、俺の体格は客観的に見てもバスケには有利なのだろう。

 だが俺は、どちらかというと一人で黙々と走っていたり、筋トレしていたりする方が性に合っている。なんなら、家でソシャゲの周回をしている方が楽しいとすら思えるし。


 何より――――放課後は、妹のバイトを見守るという重大な使命があるしな!

 そして妹のバイトを見守るためには軍資金が必要であり、稼ぐためには俺もバイトをしなければならない。


 それにあそこのカフェ、ちょっと値が張るし……。

 ミルクレープは一つ千円ぐらいするし……。


「まあ、とにかく。俺、放課後はバイトとか、他に大切な用事があるんで。バスケ部にはやっぱり入れません。ごめんなさい」


「フッ。謝る必要はない。君にフラれるのは慣れてるからね! また来るよ!」


 冠城先輩は眩しい笑顔を浮かべながら、きびきびとした足取りで校舎へと向かった。


「あの視線は…………冠城先輩、だったのかな?」


 感じていた視線の正体は、ついぞ掴めず。

 首を傾げながら、俺もまた教室へと足を進めるのだった。


     ☆


「おはようございます。大羊先輩……って、そんな電柱の陰に隠れて、何をしているのですか?」


「ひゃっ!? お、おはよ~。小梅ちゃん。ちょっと……推しの観察を……」


「観察…………?」


「……そ、それよりさぁ。大熊くんって、バイトしてるの?」


「え? まあ、はい。駅前の近くにある本屋さんで働いていますよ。確か、今日も放課後はシフトが入っていたかと」


「へぇ~……そうなんだ…………本屋さんに行けば、会えるんだ……♪」



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一軍女子の推しは俺らしい。 左リュウ @left_ryu

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