一軍女子の推しは俺らしい。

左リュウ

第1話 妹のバイト先に一軍女子がいた

 Q.妹がバイトを始めた時にとる兄の行動は?


 A.バイト先を訪れ、妹を静かに見守る。


 これが世間一般の常識だ。


 少なくとも俺――――大熊十太おおぐまじゅうたの世界はそうして回っている。


 なので、俺がこうして件のバイト先へと訪れているのは、世界の法則に従っているからに過ぎないのだ。


 『甘四季あましき』という店名が記された看板を構える、ケーキが人気のカフェ。


 中でもミルクレープは絶品で、妹がバイト先をここにした決め手らしい。


「店は一応、清潔にしているらしいな」


 飲食店が清潔じゃなかったら大問題である。


 ……という、世間に契合したような頭の中にある常識は横に置いておくとして。


 あくまでも一人の客ですという空気感を醸し出しながら、店内に入る。

 来店して真っ先に目に入ってきたのは、ショーケースの中に並んだ煌びやかな宝石ケーキたち。


 卵やクリームという原石が、職人の手によってカットされたことで生まれたそれらの宝石ケーキたちは、瑞々しい眩しさをガラス越しに放っている……が、今は宝石よりも美しい、我が妹の奮闘する姿を目に焼き付けたい。


 ……いや。落ち着け。ここで首を振り回して、じろじろと店内を眺めるのは不審者みたいだぞ。


 特に自分の体格が、周囲に対して威圧感を与えてしまうことも承知している。

 ガラスに反射しているのは身長百八十九センチの大男。


 せめて愛読しているラノベ主人公のような細身のイケメンだったならともかく、残念ながら体格は名に違わぬ『熊』の如しである。


 体格は熊だとして、ならば目はつぶらなものでありたいと願いつつ、客観的に見ても『山賊』がお似合いだ。


 目つきは山賊。体格は熊。

 最悪のベストマッチが生み出した、XLサイズぼっち男。

 一瞥すれば女子は黄色くない悲鳴を上げて逃げていくこと間違いない。


 ……うん。だから落ち着け。落ち着け。落ち着け。

 店員さんが席に案内してくれるまで待つんだ。


 そう、紳士的な態度でな。ここで万が一、不審者ムーブでもかまそうものなら妹から「兄さん。怖いので二度とお店に来ないでください」なんて言われてしまうし、言われてしまった日には……フッ。とりあえず、三日……いや。一週間は寝込むことは確定かな?


 だから早く来てくれ、店員さんよ。

 そして俺を妹が働くホールまで案内してくれ!


「ねぇ、君。バイト何時に上がるの? 一緒にごはん行かない?」


 入店してから紳士的な棒立ちを維持していた俺だが、近くから聞こえてきたのは女性店員さんの「いらっしゃいませ」ではなく……大学生ぐらいの男の、テンプレのようなナンパ文言だった。


「ごめんなさーい。そーいうの、言っちゃいけないんですよー」


「じゃあ連絡先教えてよ。これ俺のIDね」


「ごめんなさい。お店の決まりでそれも受け取れなくって~……」


「あ、意外と真面目なんだ? ははっ、大丈夫。黙ってればバレないって。誰も見てないから」


 …………今、シームレスに俺の存在を抹消しました?


「えーっとぉ……本当に、ごめんなさいっ! 私、あなたに興味ありませんっ!」


「は? なに、俺って客だよ? お客様にそんなこと言って言いわけ?」


「……っ」


 都合よく客の立場を使い始めた大学生に対し、バイトの店員さんはとうとう言葉を詰まらせ始めた。表面的には笑顔を保っているが、困っていることは明白で。


 大学生の男はそんな彼女の反応すらも楽しんでいるようだった。

 エプロン越しでも分かるその豊かな胸元に、ねぶるような視線を送っているであろうことが、首の動きから見て取れる。


「てかさ、シフト教えてよ。空いてる日とかどっか連れてくから」


 …………これ。もしかしてあれか。


 この大学生の男が退かないと、妹が懸命にバイトに勤しんでいる姿を目と脳に焼き付けられないってことか?


 ふざけるなよ……! 俺に全力でお兄ちゃんを遂行させろ!


「店員さん。席、案内して欲しいんですけど」


「…………! はーい。今、お席の空きを確認してきますね!」


 バイトの店員さんは安堵を滲ませたような声で応じる。

 だがそれが、大学生男には気に食わなかったらしい。「チッ」と露骨な舌打ちが聞こえてきた。


「んだよ。邪魔しやがっ…………」


 て、という言葉は、ゆるりと俺の顔を見上げてから零れ落ちた。

 百八十九センチ(まだ百九十ではない。ここ重要)の熊男に圧倒されているのか、大学生のナンパ男は口を間抜けに開いたまま立ち止まっている。


「……邪魔してるのはそっちじゃないですか?」


「ぁ……う…………」


 目つきの悪さを和らげようと、せめてもの抵抗としてかけている眼鏡を外す。

 今はこの山賊アイを存分に活かして、殺意を込めて睨みつけてやる。


 実際、兄としてはこんな害虫が妹のバイト先にいたこと自体が殺意に値するし、妹のバイト姿を目に焼き付ける時間を削がれて怒りがふつふつと湧いてきているのだ。


「これ以上その子につきまとうなら、俺が警察呼びますよ」


「す、すみませんでしたぁ!!」


 どうやら、精いっぱいの忠告が効いたらしい。大学生の男は逃げるように店を出ていった。


「…………あ、ありがとね、大熊おおぐまくん」


 バイトの店員さん――――大羊姫華おおひつじひめかが、緊張の糸をたわませるように息を吐く。


「あーいうの、慣れてるつもりだったんだけどなー……あはは。私もまだまだ修行が足りないねぇ」


 大羊姫華おおひつじひめかといえば、二年生きっての『一軍女子』である。


 太陽のように明るく、誰にでもフレンドリーで。彼女がいると教室の中が五割り増しぐらいで明るくなるし、その周りには常に人がいる。


 バスケ部のエースやら、モデルをやってる友人やら、付き合う友人もまあ煌びやかな連中だ。


 告白もしょっちゅうされている。

 夏休みや冬休みなどの長期連休前は、あわよくばと言わんばかりに駆け込みで告白する連中で行列が出来てるとか、他校のイケメンから連絡先の交換を持ち掛けられたとか、そんな嘘か真か定かではない噂も転がっている。


 それが俺の知る、大羊姫華おおひつじひめかという女の子。


 ……なんだけど。


「無理して笑わなくていいよ」


「え?」


「声、ちょっと震えてる」


「あ……」


 笑顔を張り付けて、上手くあしらおうとしていたけれど。

 大羊の声は僅かに震えていたように聞こえた。

 彼女が抱いた恐怖の余韻は、今も言葉を構成する音の波に現れている。


「……怖いよな。知らない年上の男から、一方的に迫られたりしたら。しかも断ってもあんだけしつこいと、なおさら」


「……………………」


「……まあ、こんな図体してる俺が言うのもなんだけど」


 さっきの大学生はチャラついていたけど、細身ではあった。

 対して俺はもう熊だ。なまじ筋肉もあるせいで、今の大羊の目にはことさら恐ろしく映っているかもしれない。


「…………ん。悪い、やっぱ帰るわ」


「え? な、なんで?」


「ここには元々、妹の様子を見に来ただけだし」


「い、いーよ! 入って! むしろ、奢るから!」


「奢る必要はないけど…………っていうか、大羊はいいのか? さっきあんなことあったばかりだし……俺みたいな体格の男がいたら、怖いだろ」


「あ……私のため、なんだ……?」


 そういうことになる、といえばなるのか。

 妹のバイト先の先輩にあたるからな。


「大熊くんって…………けっこー、優しいんだね?」


「普通だと思うけど」


「…………っ。と、とにかく、大丈夫だから。一名様、ご案内しまーす!」


 ぱたぱたとホールへと向かう大羊。

 その弾むような足取りに、金色の波打つツインテールが羽のように揺れる。

 毛先の動き一つ一つに至るまでが眩しく見えるのは、彼女が陽キャだからなのか、俺が陰キャだからなのか。


「注文していいか?」


「あ、うん……」


「いちごケーキ一つ。ドリンクセットのカフェオレで。それと、テイクアウトでミルクレープも頼む」


「はーい。……甘いもの、好きなの?」


「この店のミルクレープ、妹が好きなんだ。バイトを頑張ってるご褒美にプレゼントしようと思って」


「~~~~っ……。妹さん想いなんだぁ……」


 大羊おおひつじはぎこちなく注文を記載し、テーブルから離れていった。


 ……ところでさっきから妹の姿が見えないな。

 もしかして休憩中だったか?

 くそっ。俺はバカだ。なぜその可能性を考えなかったのか。


 妹が運んでくるミルクレープはきっと世界で一番美味いに決まってるのに……!


     ☆


「………………………………」


「大羊先輩、休憩終わりました」


「………………………………………………」


「先輩?」


「小梅ちゃん……あそこにいる大熊くんって…………」


「……あっ! に、兄さん、どうして……! すみません先輩、あれは確かに私の兄です。何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」


「……や。ご迷惑どころか助けられたっていうか…………ギャップが、えぐいっていうか……」


「……え?」


「……大熊くん、推せる」



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