「しおが噴けるだなんてクジラかよ」と追放された俺、田舎で女の子と元気にやってるから、パーティには戻りませんよ?

藤原くう

第1話

「塩吹きだなんてクジラかよ」


 アイツは「ホエーホエー」とクジラの鳴きまねをしながら、俺を追放しやがった。


 誰も助けてはくれなかった。


 他のメンバーは、金銀財宝に目がくらんだ。


 俺のことを好きと言っていた女は、今はアイツの腕に抱きついて侮蔑ぶべつの視線を投げかけてくるばかり。


 誰も彼もが、俺を見ていた。


 はやく出ていけと言っていた。


 ……ああそうかい。


 そこまで言うんだったら出て行ってやるよ。


 俺は、マダーン王国でも有数のパーティを『自主的に』抜けて、1人、旅に出ることにした。







 畑をくわですき、うねをつくっていると声をかけられた。


 汗をふきふきそっちを見れば、お隣のジャックさんがいた。


「ジャックさん、どうかしました?」


「ああ、シオヅカさん。すまねえんだが、またヤツが来てよ」


「またですか」


 んだ、とジャックさんが重々しく頷く。


 俺はクワを畑に突きさし、ジャックさんの畑の方へ。


 このおじいさんが持っている畑は、町から少し離れたところにある。山近くのだだっぴろい土地には、四季折々の作物が実っているんだが……。


「これはひどいな」


 あれだけたわわに実っていた果実やら野菜やらは、ものの見事に食べられていた。


 畑に入り込み、ぐしゃぐしゃに踏みつぶされた葉っぱへ手を伸ばす。


 触れると、ねちょりとした。糸を引くような半透明の液体がついていた。


「スライムですね、どこからかわかります?」


「あっこの山の方からやってくるんだ」


 ジャックさんが指さす先には山がある。そこから畑まで草木を倒しながら獣道――スライム道ができていた。


「こういうことはしょっちゅう?」


「最近はな。向こうのスミスさんところもやられたよ」


「ふむ」


「アンタならなんとかできるだろ。頼む、この通りだ」


 ジャックさんが頭を下げた。


 この小さな町では、野菜が食われるというのは一大事だ。捨てるほどご飯のある東京やマダーン王国とは違って、ここにはそんな余裕はない。


 このままスライムに畑を荒らされ続けたら、大変なことになってしまう。


「わかりました、わかりましたから頭を上げてください。なんとかしてみますから」


 顔を上げたジャックさんが、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。


 そこまで信用されているということが、うれしくもあり照れくさくもあった。







「クゥちゃん、いくぞ」


 自宅へ戻った俺は、そう呼びかける。


 すると彼女がのっそり現れる。


 綿の袋をひっくり返したような服を着た少女だ。口を大きく開けた姿は、若い女の子というより寝ぼけたドラゴンだ。


「なあに? ごはん……?」


「ごはんはちょっと前に食べただろ。というか、また寝てたのか」


「寝てないよーちょっとおいしそうなものをおいかけてただけー」


 そんなことを呟くクゥちゃんの口元には涎のあと。やっぱり寝てたなコイツ。


「ま、いいや。スライムが出たらしいからいくぞ」


「やだよ……アレってグジュグジュのドロドロでちっともおなかがふくらまないんだもん」


「あとでたくさん食べさせてやるから」


 瞬間、クゥちゃんの眼がギラギラ輝いた。俺の方まで駆けてくるなりぎゅっと抱きついてくる。


「ホント!? 約束だからねっ!」


「ホント。だって、食われたくないし」


「まっさかあ。ソルトのこと、食べるわけないじゃん」


 などと言いつつ、ペロペロ俺の腕を舐めてくるのはどういう了見なんだい、クゥちゃんや。


「なんだかソルトってしょっぱいんだよね。舐めるのは好きだけど、食べるのはちょっと、きゅーってなっちゃいそう」


 きゅーってところで、クゥちゃんが四肢をまるめるように縮こまる。俺に抱きついたまんまってこと忘れてないかコイツ。


「そもそも舐めるな、抱きついてくるな」


「ちぇっ」


 離れていくクゥちゃんにバレないよう、小さく息をつく。


 彼女はオカクジラという種族だけれども、見た目はどう見たって女の子である。ちょっと考えてみると、今の俺は中学生高校生くらいの子に抱きつかれたわけで。


「マズいよなあ」


「マズいならわたしがもらおうか?」


「そっちじゃなくて……とにかく、行くぞ」


 はあい、とクゥちゃんが気の抜けた返事をしながら外へ出てくる。


 家から十分に離れたところで、彼女の姿が徐々に変わっていく。


 ヒトの姿からケモノの姿へ。


 服を引き裂くように胴体が伸びる。丸太のようにまで大きくなった手足の先には水かきと鋭利なカギ爪がある。


 全身を覆う皮ふは、つるりとしていてスナメリみたいに白い。


 顔はヒトのそれではなくイルカみたいにツンととんがっている。


 それが、クゥちゃんの真の姿。


 これこそが、ヒトを簡単に殺してしまえるオカクジラの真の姿。


 ポンポンと横っ腹を叩けば、クゥちゃんの汽笛のような声が響いた。


 俺は小島のような背に乗れば、その巨体が空へ浮く。脚が空をかくたびに上へ山の方へと進んでいく。


 あっという間に地上ははるか彼方。下を覗き込むだけで、股のあたりがひゅんとする。


 山の真上にたどりつくと、木々をなぎ倒してできた道がいくつも見えた。その曲がりくねった道なき道を追えば、半透明のスライムたちの群れがいた。


「やっぱり居やがったか」


 クゥちゃんの声が頭の中に響く。


 ――どうする、戦う?


「クゥちゃんがいけば倒せるが、山とか大変なことになるだろ」


 ――大変なことって?


 ドシンと着陸し、暴れまわる家ほどの大きさの巨体。


 木々はなぎ倒され、斜面はボロボロ、土砂崩れが起きて畑がめちゃくちゃになる可能性だってある。


「俺がいくから、降ろしてくれ」


 ――大丈夫?


「大丈夫じゃなかったときは助けてくれ」


 ――りょーかい。


 クゥちゃんがスライムの群れへと近づいていく。


 山へと降りたてば、ぴぎぃぴぎぃとスライムの声が出迎える。ぎゅむぎゅむ飛び跳ねながら、俺という空からやってきた獲物へ近づいてくる。


 そんなやつらへと向き直り、俺は――黙って食べられた。

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2026年1月2日 21:21
2026年1月3日 21:21

「しおが噴けるだなんてクジラかよ」と追放された俺、田舎で女の子と元気にやってるから、パーティには戻りませんよ? 藤原くう @erevestakiba

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