第2話 落とし前
そして翌朝……。
「ロベルトがエレミア・ファザート嬢と婚約破棄だと? どういうことだ?」
静かに発された問いかけに誰も答えることができない。
なぜならこの場にいる大臣たちは帝国の看板に目が眩んでロベルト王子の所業を見過ごした挙句、婚約破棄の宣言を許してしまうという失態を犯したものたちだったからだ。
「まさかなんとか勝利して帰還してみれば、このようなことになっているなど、予想もしなかったわ」
「もっ、もうしわけございません!」
中央に立っている壮年の男性が謝罪すると、他のものも一斉に頭を下げた。
「許せぬ。そもそも聞けば、ロベルトのやつは3年もエレミア殿を粗末に扱ったという。3年だ。クラメルト、わかるか? 3年だぞ?」
「はっ……誠に申し訳なく……」
「お前には余が戦地に赴く際にロベルトの教育は任せたな?」
「……はい」
「この3年の間、ロベルトの成績や学院での状況を度々報告してきたな?」
「……はい」
「そのどこかに、ロベルトが愚かにもエレミア殿を蔑ろにしているといった記述はあったか? 余の目が腐ったのか?」
「……はい……いや、いえ」
「殺せ!」
「もっ、申し訳ございません……いやだ、いやだ~~~~~」
「「「「「「!?!?!?!??」」」」」
国王の声に反応したのか黒い霧がその男性を取り囲み、他の者たちの驚きをよそにクラメルトという男の叫び声を残して消えた。
これが国王が操る協力無比な精霊の力だ。
他の者たちはもともと青い顔をして立っていたが、恐怖から震えはじめ、何名かは床にへたり込んでしまった。
「もう一度聞くぞ? なぜこのようなことになった?」
「……畏れながら、ロベルト王子はラトファ皇女に接近しており、もしかするとその婚約もありうるのかと考えてしまいました……」
「実際には相手にされていなかったことが昨晩わかったわけですが、というわけか?」
「……はい」
「バカなのか? バカなんだな? バカだよな?」
「ひぃ~~~」
ついに立っているものはいなくなった。
だが、それは幸せなことだったかもしれない。
床に跪いたことで、国王の怒りの表情を目に入れなくて済んだから。
さらに国王の背後で蠢く黒い霧が膨れ上がるのを見なくて済んだのだから。
『マズハ謝罪……全テハソレカラダ……』
「あぁ。しかし許せん。ロベルトが王太子となる話はなかったこととする」
「なっ、何を仰いますやら!? エレミアなど、ロベルトの妖精の動きを阻害する邪魔者ではありませんか! そんな娘を婚約者に選び、その婚約を破棄したら王太子を剥奪するなど、なんと惨いことをされるのですか!?」
突然割り込んできて、怒り狂う女性。
昔は美しかったであろうその女性は、こめかみに青筋を立て、大声で怒鳴っている。
が、国王は動じない。
「ヴェロアか……。まさか、エレミアのことを知らぬのか? いや、知らぬのだな。お前の実家のメガヴェルー公爵家はファザート公爵家とライバル関係にあるが、だからと言って無知にも程があるのではないか?」
「なんと!? まさか長年連れ添った陛下にそのような言葉を投げかけられようとは!」
「なにを言われようとロベルトの王太子はない。そなたは婚姻の際に子の教育について責任を持つと誓ったはず。ゆえに、謹慎を申し付ける」
「いいえ、陛下。そのような仕打ちを受けるくらいなら実家に帰らせていただきますわ!」
「愚かな……まぁよかろう」
言いたいことを言った後、足早に去っていく女性だが、跪いたままの大臣たちは彼女に目もくれず、ただただ震えながら次の国王の言葉を待つだけだった。
「大変申し訳ないことをした、エレミア殿。ルイス殿」
「えっ、いやっ、頭をあげてください陛下」
「そうですとも。この3年、あなた様がいらっしゃらない間、我が可愛い娘は、周囲には婚約者に相手にされていない娘として嘲笑され、社交界でも蔑まれるなどとても悲惨な状況に追い込まれましたが、陛下はご不在でしたので……」
「ル……ルイス殿……その……すまぬ……」
「謝罪は娘にお願いします。私には手を出せなかったことですし、耐え忍んだのは娘です。もちろん我がファザート家も軽んじられ、射止めていた財務大臣のポストも不当に奪われましたが……」
「……すまなかった……」
国王陛下は1人の大臣を睨みつけた後、エレミアとその父ルイスに対して頭を下げた。
睨みつけた相手は恐らくルイスから職を奪ったであろう現内務大臣だ。
彼には大臣の人事権があり、それを悪用したのだろう。
だが、そんなことは今のルイスには関係ない。国王が政治を任せた相手である大臣がファザート家に無礼を働いたのだ。国王にできることは謝罪する事だけだった。
「まぁ、仕方のないことです。我らの力はわかりづらい。一方で皇女の力はわかりやすい。横に並べれば誰しもが皇女を選ぶでしょう。皇女には選ばれていなかったようですが。ふふふっ」
「……」
そんな国王にルイスが畳みかけるようなことを言うが、これは試しでもあった。
どこまで本気で謝罪しているのか?
もっと言えば、ファザート家をどのくらい重要視しているのかの確認だ。
この3年間軽んじられ続けたのだから、国王が戻って、これからどうなるのかという確認だ。
「まぁ、過ぎたことは仕方がありません。ロベルト王子は王太子にはならないとのこと。一方で、エレミアは不当に貶められたまま。では、どのようにされるおつもりですか?」
「まず、話しは簡単なので先にロベルトのことからいくが、あれは王太子にはせず、10年間兵役に従事させ、ポートリーに派遣する」
「性根を叩き直されるのでしょうか?」
「治りはせぬだろうが、罰は受けさせる。エレミア殿の力なく何ができるのか。自分が何を失ったのかを突き付ける。それには余が治め、今は戦況は落ち着いたものの、いつ火種を蒸し返すかわからないポートリーはもってこいだ」
「明日には娼館が建っているやもしれませんが、陛下の決定ということですな。また戦争になれば国全体が疲弊するのではないかと不肖ながら心配しますが」
「心配ない。そうなったらまた余が行く」
「また3年かかったのでは政治がどうなるか怖いですな」
「それも心配ない。余はまた強くなるからな」
「ほう……何かあてがあられるのでしょうか? 成熟された陛下が強化されるとなれば、より強い妖精の力が必要なのではないかと思いますが……」
「その通りだ。だから余はエレミア殿にお願いをしようと思う」
「はぁ?」
エレミアは政治の話に移って以降、聞き役に回っていた。
もちろん王妃となる可能性から常に学び続けてきた彼女は多くを理解していたが、婚約破棄によってただの公爵令嬢に戻った自分が関与するのは好ましくないと考えていたからだ。
そんなエレミアに突然話が回って来て、彼女は一瞬揺らいだ。
だが、一瞬だ。
これは婚約破棄の顛末を決める駆け引きの場でもあることを思いだしたのだ。
お願いとはなんだろう?
彼女は純粋にそう思いながらも、心の中で警戒しながら国王の言葉を待つ。
もしかして戦費で厳しいから自分の責での婚約破棄として欲しいと言ったお願いだろうか?
平時であれば例え相手が国王陛下であっても『ふざけるなこの野郎』という反応不可避な横暴なお願いにはなるが、3年……いや、その前の小競り合いも含めて10年以上に渡る戦争の費用負担が重いのも事実だ。
だからこそ父ルイスは財務大臣となって国に貢献しようとした。
それも、ロベルト王子がエレミアを……ひいてはファザート家を軽んじたことでなくなってしまったが。
そんな風にファザート家ばっかり不利益を被るのは酷いと思いつつ、それでもエレミアは国王の言葉を待った。
後年エレミアはこの言葉を待ったのが良かったのか悪かったのかはまだ判断がつかないと言って、国王を激しく動揺させることになるのだが、そのことを今この時点で知っているのはただ一人。
その一人である国王は、静かに、ゆっくりと言葉を紡いだ。
真っすぐにエレミアを見ながら。
「余と結婚して欲しいのだ、エレミア嬢」
「はぁっ?」
次の更新予定
2026年1月3日 10:31 毎日 10:31
冷徹クズ王子に婚約破棄されたら国王陛下に求婚された。どうせ行く先もないので受け入れたら溺愛されて困っています 蒼井星空 @lordwind777
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