魔王軍を反斜面陣地で迎え撃つ王女は異世界からの高校生の言葉に耳を傾ける

愛川蒼依

魔王軍を反斜面陣地で迎え撃つ王女は異世界からの高校生の言葉に耳を傾ける

 じりじりと照り付ける日差し。

 左右の切り立った山の隘路でありつつ、それでも穏やかな丘の頂上付近。眼前の木々は広く切り開かれているから、日差しを遮るものはない。左右の山からの照り返しも痛い。

 土の湿り気を帯びた香りと、乾いた砂の香りが混じる。そりゃそうだ、俺は地面に掘った穴の中にいるのだから。

 耳が痛くなるような静寂が、隣に潜るケンの身じろぎで破られる。緊張が伝わってくる。

 手元のBARのコピーは、木製の部分を除いて手で触れないほど熱い…ああ、これでは射撃時にすぐオーバーヒートする。俺はBARを塹壕の数少ない日陰に立てかけなおす。この異世界の持ち込まれた時代も地域も雑多な兵器とそれらのコピーが混在する状況にあっても、BARは貴重だ。

 ケンの目は、彼の持つ38式歩兵銃から離れBARにおちつき、その後うらやまし気に見つめる視線は少し外れる。塹壕の上へ。

 塹壕のへりには、いつの間にかアナさんが立っている。

 

 男物の迷彩服を、袖からくるぶしからめくりあげ、小柄な体にまとわせている。肩から掛けているのはコピーではない本物のトンプソンと、これまた希少品の89式双眼鏡。

 髪は後ろでくるりとまとめられ、戦闘帽から少しだけ覗いている。98式鉄帽は小脇に抱えられている。

 華奢で小柄なのに、すっと背を伸ばしたその姿は存在感に満ち、ケンですら姿勢を正す。首の傾げ方などは、どうにもまねのできない場違いななまめかしさが醸し出される。

「姫」「姫様!」「王女」

 分隊員が、口々に声をかける。その声には、畏敬の念、親愛の情、信頼、安心、さまざまなあらゆる良いものが混じっている。そりゃあ、こんなかっこよくて気品がありつつなんだか妙に親しみやすい女性はなかなかいない。そういう人が、俺たちを率いているのは悪い気がするわけがない。

 こんな前線まで王女が来るなんてことは今までほとんどなかったようだし。

 アナさんは、小さく微笑んで手を振り、俺にまだわからない王国語で返答を返している。

 改めて、アナさんが、この連合王国の王女であることを気づかされる。

 俺はただ漫然とアナさんを見つめることしかできない。

「晶、大丈夫?」彼女は俺には日本語で声をかける。

「ええ、なんとか。それよりアナさん」

 茶色の目が、俺のみに注がれる。ケンはそんな俺をうらやましく思うのか、それとも姫をひと時でも長く感じられて喜んでいるのか。

「なに?」

「塹壕に入らなくて危なくないの?」

 健康的に焼けた端正な顔が、いたずらっぽく笑みを浮かべる。

「そりゃあ危ないわ!危ないか危なくないかで言ったらね」

「だったら!」

「でもね、晶。まだ敵は遠い。王族の端くれである私が、おびえて壕にもぐっているわけにはいかないわ。兵のみんなの気持ちが折れないようにしなければ」

 そうだ。この反斜面陣地の前陣にあたるここが突破されると、砲兵たちが危ない。ただでさえ敵魔王軍との戦力差があるのだから、長距離攻撃投射力をできるだけ維持しなければならない。

「そうですね。ここを抜かれるわけにはいかないですね」

 アナさんはうなずく。

 彼女はまだそこに立つ。まだ何かあるのだろうか。

 突然、アナさんは俺に向かってかがみこむ。

 俺よりも、むしろ隣で着杖した銃を抱いていた分隊支援魔法使いのノーマが驚いて身じろぎする。

「晶」

「何ですか?」

「あなたは王都に戻りなさい。ここにいるべきではないわ」

「どういうことです?俺だって連合王国の兵ですよ」

「いや違うわ。あなたは旭丘高校の高校2年生。これはあなたの戦争じゃない。ここで死んではいけないわ」

「そうだとしたら、アナさん、あなただって名古屋大学の大学院生ですよ。あなたの戦争でもない」

「これは私の戦争よ、晶。私はフィリピンで生まれたけど、私の父はこの連合王国の王様だし、私はそれを知っていた。私はこの連合王国とその国民のために責任がある。何より、私の人生の目的はここに来て父に会うことだった。それが叶った今、私は父と共にこの戦争を戦うわ」

「しかし、優だってこの戦いに協力している。俺もできることをしたい。逃げたくない」

 アナさんは、首を横に振り、冷たく言い放つ。

「私はここで死ねる。それでもその死に、私にとっての意味があると思えるから。あなたはそうは思えないでしょ?」


 昼を過ぎてしばらくたった。少しは涼しくなってきた。

 偵察隊が帰ってきたようだ。

 魔王軍は、30万人の兵をこちらに差し向けているらしい。その先遣隊が、もうあと十数キロのところまで来ているようだ。確かに、森の静けさに何か得体のしれない重苦しい空気感がある。

 俺たち役割は、ここでできる限り魔王軍を消耗させ、時間を稼ぐこと。

 こちらの兵は、この前陣に600人くらい。いくら、前陣の前の森を刈り取ってキルゾーンを作ってあっても、鉄条網と地雷による障害物があっても、さらにこちらの兵には自動火器と戦闘魔法があるとしても、話に聞く敵の突撃の勢いは何時間も止められないだろう。後方からの砲撃があったとしても、薄く引き伸ばした前陣は、きっと突破される。俺たちは撤退を繰り返しつつ、敵を逐次消耗させる計画とはいえ、最終的にここが突破されるのは時間の問題かもしれない。

 塹壕の上に軽い足音。またアナさんが来たようだ。

 アナさんの隣には、威力偵察に行っていたロバートさんの姿。アナさんの横に立膝の姿勢で、彼女に何事かを早口の王国語で報告している。

 うなずくアナさんは、双眼鏡を手に取り目を凝らす。

 俺もつられてそちらの方を眺める。キルゾーンの先の方。

 身を乗り出しすぎたからか、アナさんは俺に気づき、俺に双眼鏡を差し出す。

 キルゾーンの先の森に、何人かの人影。というか、魔人の人影?全身に震えが走る。初めて見る敵の姿。ほとんど大きさは人間と変わらない…カラフルな鎧を着ているようにも見える。

「敵だ…」

「そうね。魔王軍の先遣隊の先行偵察隊の、さらに先鋒と言う感じ?まだまだ本隊は先のようだけど、このキルゾーンを偵察に来たのかな」

「なんか、白旗持ってませんか?降伏するっていうこと…?」

「晶、ここは異世界だし、白旗に私たちの知る意味はないわ。魔王軍はおろか、連合王国軍だって白い旗を私たちの世界でのようには使わない。それに私たちの知る白旗だって、戦意がないことを示すだけで、別に降伏を意味するわけじゃないでしょ」

「アナさん、あいつら白旗をわざとらしく振ってますよ」

 俺の視線に気づいたわけではないだろうが、白旗が大きく、なんだか応援団が応援の旗を振るように振られている。旗が、そのすべてが白いことを見せつけるように。

「晶、だから、白旗の意味なんて私たちしか知らないんだから、白旗振っていてもそういう意味ではないということよ」

「違うよ、アナさん、本当の白旗を我々に見せるように振っているんですよ!」

 白旗での応援は止まらない。旗が、そのすべてが何も書かれておらず、ただ白いことを見せつけるように。そういえば、太平洋戦争での話があったな。兵隊さんが持っていた大きな日の丸の旗が、旗がしおれていてたまたま赤い丸がひだの中に隠れてしまい、それを白旗だと誤認した相手と揉めたとか揉めないとか。

「だから、その意味は私たち二人が知っている意味ではないわけでしょ。何が言いたいわけ?」

 やや険悪な言い方だ。でも俺はそれにひるむわけにはいかない。

「彼らが、白旗に意味を持たせて振っているのではないかと言っているのです!つまり、魔王軍側にも現代人類がいるんじゃないか、そしてこちら側に現代人類がいることを信じて白旗振っているんじゃないかってこと。サムたちは第二次大戦中のボルダーに、あなたは子供のころのマニラに、俺たちは現代の名古屋に異世界の入り口を見つけ、結果的にこの異世界の連合王国にたどり着いた。俺たちの地球上のいつかどこかの入り口は、魔王軍側の異世界につながって、魔王軍側に地球人類がいるってことじゃないの?」

 アナさんの顔色が変わり、俺から双眼鏡を奪い取る。

 しばらく見ている。

「確かに、何かを伝えたがっているように、こちらに合図するように振ってるわね…」

「ね?」

「ということは、あなたの言う通り魔王軍側に現代人類がいて、私たちの反斜面陣地か何かの様子から、こちらにも現代人類がいると考えて、コミュニケーションを取ろうとしているということ…?」

「俺にはそんな感じしますね」

 アナさんは、我に返ったように立ち上がり、ロバートさんに何事か命令をした。彼もまたはじけるように立ち上がり、彼からの命令を受けた兵が後方に駆けていった。

「これで何度目かしらね。晶、あなたの素直な気づき、とっても貴重だわ」

「よかったです」

「私も、白旗持ってあいつらに会おうと思うの」

「え、それはそれで危険です。それなら、俺もついていきますよ」

「いや、いいわ」

「何言っているんですか。護衛として頼りなくても、白旗の意味も俺が気づいたし、俺がいることで何か気づくかもしれない。意味がありますよ!」

「晶、それより重要なことを頼まれてくれない?あなた、この白旗のことを王都の皆に伝えに行ってくれない?白旗の意味とこの状況を正確に伝えられるのはあなただけだわ」

「いや、前線を離れるわけには…」

「晶!あなたにはもっと意味のある行動をお願いしたいのよ!この白旗のことを王都の皆に伝えに行って。もしかしたらこれで、この戦闘はおろか、魔王軍との本戦争の行く末すら変わるかもしれない。これは、異世界人で、異世界での白旗の意味を知る、晶、あなたにしかできないことよ!」

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