第5話 安全の象徴が、実は一番怖かった(続・3)



タクシーで、

声をかけられた場所まで送ってもらった。


来た道を、

そのまま戻るだけ。


街の景色は、

行きと何も変わっていない。

ネオンも、

信号も、

夜の空気も。


——だから余計に、

何が起きたのか分からなくなる。


彼は、

それ以上何も言わなかった。

名前も、

連絡先も、

残さなかった。


タクシーが止まる。

ドアが開く。


「気をつけてね」

みたいな言葉があったかどうか、

覚えていない。


私は降りて、

ドアが閉まる音を聞いた。


——それで終わり。


夜は、

ちゃんと続いていた。


多分、

そのまま叔父の家に帰った。

鍵を開けて、

静かに中に入って、

布団に入った。


眠ったと思う。

眠ったことにしておく。


——あの夜は、

泣いた記憶がない。

叫んだ記憶もない。


ただ、

「今日も終わった」

それだけだった。


朝が来たかどうかも、

あまり重要じゃなかった。


——今だから言える。

あれは“無事”じゃない。


でも、

生きて帰った夜だった。


それだけで、

当時の私は、

自分を合格にしていた。

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